13 偵察
エリアナは、アルフの背中に乗って王城までやってきた。歩くと距離があるが王都に住んでいる貴族は割と気軽に王城に行くことができる。
自領の屋敷に住んでいる場合には移動に時間がかかることもあるが、こういう政治的な物事が大きく動く場面では王都住まいというのは、いろいろと便利だ。
王城の周りには高い塀が設置されていて、正門には直属の騎士が配備されている。
彼らは出入りする馬車に不審なものがないかを確認して、常に警戒するのが仕事だ。
そんな彼らにわかるように、アルフにつけているハーネスのポケットから、紋章のついたペンダントを出し、クリフォード公爵家の遣いでやってきていることを示しながらその場を抜ける。
さすがに変な噂をたてられていようとも、国の中でも有力貴族の紋章を掲げている従者を止められるほどべルティーナの権力は王城内に広がってはいない様子だった。
……まぁ、いくら聖女って言ってもこのソラリア王国出身じゃないし、文化的な違いもあるだろうしね。
例えばあちらの国は容易に他国に攻め入り、国を攻め落としその支配下に入れる性質を持っている。
一方このソラリア王国は、海に面しており大きな港を抱え、多くの国と国交を開くことによって発展してきた。
なので戦争をするよりも貿易をする方が儲かるし、何より便利な生活になるという事を国民たちも知っている。
そういう点も大きな違いだろう。
と考えていると建物が近づいてきて、エリアナは、アルフの毛をくんっと引っ張って、方向を変えさせる。
「こっちこっち、ここなら人も来ないから」
「ねー、エリアナさま、いっぱい走って気持ちよかった! また帰りも走っていい?」
「いいよ、めいっぱい走りな。ランニングは健康にもいいしね。アルフは足が速いんだから、走らないと損だよ」
「そうだろー! 俺、さんぽ大好きだ!」
喜んでそういう彼を翼でよしよしと褒めて、王城の中であまり人がいない場所に待機するように命令する。それからエリアナは外廊下から中へと入った。
王城は見知った場所なので、鳥の姿でも人がいない事を確認して少しずつ廊下を飛行して移動する。
アリアンナに初めてこの姿にされた時には、せめて四足の動物にしてほしかったと思ったが、慣れてくれば小鳥の方がずっと自由に動くことができる。
それにエリアナはもともと身体能力が高い方だ。空を飛ぶのも慣れてみると案外と楽しい。
お城の使用人たちは小鳥を見つけても騒ぎ立てることはない。微笑んで窓を開けてくれるような人たちばかりだ。
そんな中とても焦った様子でバタバタと走っている侍女を見つける。エリアナは彼女に見覚えがあった。
……たしか、べルティーナのお付きの侍女で、アドリアといったっけ。
彼女はとても焦った様子で、客間の隣にある侍女の部屋へと入っていく。
その鬼気迫る様子が気になって、エリアナはついっと空を飛んで彼女の後ろをついていった。
部屋の扉を閉めるのも忘れて、自らの部屋の中を荒らさんばかりに探し物をしている。
「ないっ、ないっ、どうしてないんですか!? しっかりと取っておいたはずなのに!」
真っ黒の髪を振り乱して探し物をする彼女は、大きな独り言を言いながら次々に引き出しを探っていく。
「べルティーナに今度こそなくさないようになんて言われたのにっ、どうしてなくなるんですか! おかしいでしょう!」
彼女はとても焦っている様子で、エリアナが中に入ってきていることも気が付いていない。
ソファの陰に隠れて、エリアナは彼女の様子を見て少し可哀想になった。
……口ぶりからして、預かりものかな……主に託されたものなら、なくしたら大変だよね。
あまりにも必死に探しているので、エリアナは少しだけ良心を働かせてその探し物を思い浮かべてみた。
魔力を込めて自分のギフトを使う。転生者の力はアリアンナのように派手で利用価値の高いものもあれば、エリアナのようなあまり使い道のわからないものも存在する。
エリアナの持つギフトは神の導きの力だ。主に探し物をするのに使うことができる。
転生者のギフトは、転生者の生まれ変わった目的を達成するためにおおむね存在していることが多い。
だからこそそう考えるとアリアンナには変身願望があったのかもしれない、エリアナは……見つけられるようにだろうか大切なものを。
しかし今そんなことを考えても仕方がない。
魔法を使ってみれば、エリアナの視界に淡く魔力を纏う光が見える。
こうして思い浮かべるだけで使うことができるので、本当に探し物に対しては便利に使えるのだが、貴族の仕事や日常生活に応用するのはあまり向かない。
……この部屋には無いみたい……というか、隣の部屋…………。
その結果と、彼女が「どうして、どうして」と言っている言葉からしてその理由がなんとなく察せられた。
導いてあげようかとも思うが、隣の部屋に彼女がいるとするならばエリアナがそれをするのは少しリスクが高いだろう。
そんなことを考えていると、開け放ったアドリアの部屋の向こうから、忘れもしない間延びした声が響いた。
「あらぁ? まだ見つからないのぉ? アドリア」
なんだかその声はとても満足気で、聞くと少しいらっとした。
「っ、べルティーナ……様!」
ばっと振り返って恐ろし気にアドリアは彼女を見つめる。
彼女の後ろにはアドリアをあざけるような顔をしている、ほかの侍女たちが数人いた。
「あれは大切なアルカシーレ帝国からの手紙なのにぃ、せっかく返事を書こうと思ったら見つからないなんてそんなの、わたくしの事を侮辱しているとしか思えませんわぁ」
「ち、違いますっ、たしかにここに、この机の引き出しにしっかりとしまっておいたはずなんですっ」
「でもないんでしょう? 主から預かっていた大切なものをなくすなんてほんっとうにあなたって、ドジで間抜けで、どうしようものないのねぇ!」
べルティーナがそういうと周りの侍女たちがくすくすと笑って、アドリアはそれ以上の弁明は無駄だと思ったのか拳を握って俯く。
「ほら、跪いて許しを請いなさいよぉ、あなたがそうして無様に謝ってくれれば、許してあげない事もないわよぉ?」
彼女はニマニマと笑いながらそう口にしてアドリアの反応を楽しそうに見つめている。
これはきっとアドリアは悪くはないのだろう。
預かりものがアドリアのまったく知らないままべルティーナの部屋にあるということはきっと、意図的にかってに誰かが移動したのだ。
そしてそんなことはこんなに楽しそうに、アドリアを糾弾している彼女以外はありえないように見える。
エリアナはソファの陰に隠れたまま、彼女は誰に対してもこんなふうに性格が悪く一貫して最低なのだなと思った。




