12 対抗心
エリアナは唐突に姿をかえられたにもかかわらず、平然と従者の獣人とともに王城に向かうらしい。
フィルはその常識外れの事態に少し緊張していて、彼女たちが去っていくのを見ていた。
いくら身近な存在である獣人が姿を変えられるとは言っても、人間はそんなことは当たり前ではない。
それなのに、アリアンナの魔法に慣れているエリアナは平然と鳥として生きたことなどない癖に羽ばたいて飛び上がり、くちばしを開いて話をする。
ちょいちょいと自分の毛並みを整えるしぐさなどまるで本当の小鳥のようだ。
誰もエリアナがそんなふうになって王城に侵入するだなんて考えないはずだ。
……そんな簡単に自分の姿が人外になることを受け入れられるのは転生者であるからなんでしょうか。一度死を経験し、僕たちよりも達観していて、強く高潔な存在だから……なんでしょうか。
周りの人間がいくら何と言おうとも、フィルはそのことを負い目に感じてしまうことが多い。
けれど、エリアナが鳥然として、さっさと王城に向かうことができていたのは言葉通りアリアンナの魔法に慣れているからであって転生者であるということはまったく関係がなかった。
しかし、関連付けて考えてから、フィルはふるふるふるっと頭を振ってその考えを忘れることにする。
アリアンナに出会った時、彼女はフィルに言ってくれたのだ。
大切なのは、過去ではなく未来だ。
彼女にとってフィルはまだまだ頼りない存在なのだろうが、努力して追い付こうとすることを忘れてはならない。それにエリアナにもフィルだから信じるんだと言ってもらった。
その気持ちを否定するようなことはしたくはない。
気持ちを切り替えて、そんなことよりも、と思う。
エリアナはとてもいい人で、兄の婚約者として申し分ない才覚を持ち合わせた平和主義者だと思う。
しかし同時に、彼女はフィルの恋敵でもあった。
なぜなら、アリアンナはエリアナの事が大分気に入っているからだ。
その笑みを見ればわかる。フィルだってまだキスも、耳に触らせてもらったことだってないのに。
「……はぁー、行った、行った。これで少しは何かつかめるといいが……」
ひと息ついて、エリアナの座っていた場所にどっかりと腰かける彼女に、フィルは意を決して聞いてみた。
「アリアンナ」
「ん? そういや来てたんだったな。ほっといて悪かったフィル。それにしてもこういう事があるから突然来るなって、あれほど━━━━」
「あの、僕もその耳、触ってみたいです」
真剣にそう申し込むと、アリアンナはピコッと耳を動かして、それからヘナッと下げる。
「あのなぁ、この耳はそう簡単に他人に触らせるものじゃないんだ。わがまま言うな」
「……でも、エリアナには触らせていたじゃないですか」
「それは…………」
アリアンナは腕を組んで紅茶を用意している忙しない侍女を見守りつつも、フィルにはつれない態度だ。
その様子に、フィルはやっぱり転生者じゃないから、こんな扱いなのかと、そういう気持ちが顔を出す。
しかしそれをすべての言い訳にしていたら、今後の人生ずっとこのままなのだ。そういうわけにはいくまい。
「僕ではだめなんですか。僕はアリアンナに認められていないという事ですか? 乱暴になんてしません。ちょっとだけ、ほんの指先だけ優しく触れますから」
「……」
「お願いです、アリアンナ。僕とアリアンナは婚約者でしょう? 昔は姉のように慕っていましたが今は、彼女に嫉妬してしまうぐらいアリアンナの事大好きなんです」
少し子供っぽいかと思いつつも、フィルはどうにかアピールしてエリアナに負けないようにお願いする。
実はこういうお願いの仕方をした方が、アリアンナが折れてくれやすいという事を自覚していてこうしているというのは秘密である。
しかし、アリアンナの表情は渋いままで、望みは薄そうだ。
それでもフィルはぎゅっと手を組んで、彼女に懇願するような瞳を向けた。
「……」
「お願いです。とても高貴で素敵な耳だと思いますから、触れてみたいんです」
「…………はぁー……」
下品だと言われたことを気にしている様子だったので、褒めてみれば、アリアンナは仏頂面のまま大きなため息をついて、それからロッドを振ってフィルに魔法をかけた。
「!」
「……”男”にはそうそう触らせるものじゃないって、家訓があるもんでな。そっちの姿なら好きにしろ」
フィルの姿は、王子らしいベストにきっちりとしたジャケットの姿ではなく、可愛らしい青を基調とした華やかなドレスになっているし、胸も少し膨らんで髪なんか王族特有の白髪がさらさらと靡いた。
……お、女の子の姿だ!
そうだ、たしかにこれならばべたべたしていても誰にも咎められないし、男だから触れなかったというのならばエリアナに負けたことにはならないだろう。
「はいっ、それじゃあ、さっそく」
そう思ってドレスの裾を掴んで淑やかに彼女の方へと向かった。
もともとこうして女の子の体になることに、フィルはまったく抵抗がなかった。
というのも、幼いころから変身の魔法をアリアンナの面白半分でかけられて、変装をして街にデートに行ったりすることが多かったからだ。
面倒なしがらみが多い王家の人間でも、性別が違うだけでぐんと自由になれる。
だからこそ、この姿が好きだった。
なんなら自意識は半分ぐらい女の子だった。
アリアンナのそばによって、こちらを見上げるアリアンナの肩に手を添えて耳に触れようと手を伸ばす。
「そっとやってくれ、あの時は頭にきてたらよかったが、冷静になると、こそばゆいんだ」
そういってふいに目を逸らし、ソファの背もたれに体を預ける彼女にフィルは震える手を伸ばす。
女の子の体になったとしても手をつないだり、ハグをしたりしたことはあっても、耳に触れたことなんてない。
こんな繊細な部分に触れて、彼女はそれをくすぐったがって、そうしたら……そうなったらフィルは、どうしたらいいのだろう。
「っ……」
「なんだよ。触らないのか? ほら」
そうなったら、フィルは彼女の耳の体温を感じて、エリアナが言っていたような肌質を感じてそれから、と想像をしていると、アリアンナはふいに手を取って耳に触れさせた。
「ひゃあっ」
「なんつぅ声出してんだ」
それに驚いて、彼女の耳に触れてフィルは女の子みたいな声を出してしまった。
「っ、う……ご、ごめんなさいっ!」
もちろん声帯が女の子なので、女の子みたいな声が出るのは当然なのだが、とにかく突然アリアンナの耳に触れてしまい思春期が始まったばかりのフィルには、刺激が強く慌てて離して女の子のままアリアンナの前から逃げ出してしまったのだった。




