11 ギフトの魔法
それから、何のかんのといろいろなことをフィルと話をしていると、いつの間にか屋敷の中はあわただしくなって、走っているような音が応接室に近づいてきた。
その音に伏せをして目をつむっていたアルフの耳が動き、ぱっと顔をあげた。
同時に扉が乱暴に開き、フィルの後ろに控えていた騎士たちは何事かと腰の剣に手を伸ばす。
けれどもそこにいたのは、この屋敷の令嬢であるアリアンナであり、王城に行っていただけあってとても豪奢なドレスを着ていて、高いヒールを履いていた。
そんな彼女ばバーンと扉を開いてから、必死においかけてきた侍女が「お嬢様っ」と声をかける。
しかしアリアンナはそんなことを気にせずにフィルを一瞥して、それからエリアナを見つけずかずかと寄ってきた。
「エリアナ!! 会って来たぞ、悪名高いクソ聖女に!!」
「っう、うん……?」
腰に手を当てて怒っているような様子で、彼女はエリアナにぐっと顔を近づける。
アルフは驚きつつもソファーの上に飛び乗ってエリアナのそばに寄った。
「あいつ、俺に会ってすぐになんて言ったと思う!」
「え……? う、初めまして、とか?」
「いや違う! この耳をな、聞き耳立てるのに便利そうな下品な耳だって言ったんだ!!」
「あ……なるほど」
たしかに、彼女ならばそういう事を言いそうだという意味で、エリアナは咄嗟にそう返したのだが、それにアリアンナはすぐに顔を真っ赤にして「なんだとぉ!?」と口にする。
「見ろよ、よく見ろ、可愛い耳だろ! ほら、こんなに長くて高貴な耳だろ、触ってみろいい耳だろ! なぁ! エリアナ!」
「へ? うわ、うわわっ、ちょ、エ、エルフって耳をこんなふうに触らせたりしちゃ駄目なんじゃっ」
「いいからほら、もっとちゃんと確認しろ! どこが下品だってんだ!」
普通に人間でも人の耳を触ることなど多くない。そのうえエルフの耳はとても繊細で、不躾に触れることは相手を侮辱するような行為だ。
しかし、アリアンナはエリアナの手をとって自分の耳に手を滑らせる。
たしかにしっとりしていて人の耳よりも何というか柔らかで、それこそウサギの耳のような触り心地だ。けれども、繊細な部分をそんなふうに手に押し付けないでほしい、爪で傷をつけてしまったら大変だろう。
「うわわぁっ、しっとりしてて、ひ、人肌だようっ」
「遠慮してんなもっと触れよ! ほら、ほら! この耳はそんな下世話なことをするためのものじゃないんだってんだ」
「わかった、わかったから。いい耳だね。可愛いよ。高貴さの塊みたいな触り心地!」
「フンッ、そうだろ。ったく、あー腹立つ。なんだあいつ。あれで本当に今世の貴族かよ」
「……」
エリアナが褒めると満足した様子でアリアンナはぱっと手を離す。エリアナは触れさせられた可愛い耳の感触が指先に残っていて、なんだかちょっと恥ずかしい。
しかし目の前にいるフィルは、うらやましそうにエリアナの事を見つめていて、アリアンナにこういう事をするならば彼にすればいいと思う。
フィルは、アリアンナの事が大好きなのだ。それだけは多くの人が知っているフィルの情報である。
「無礼で、高貴さのかけらもない。自分の地位の事しか考えてないんだろ……それに…………」
アリアンナはどこか悩んでいるような様子で、腰につけているロッドを手に取って軽くパシンと手に打ち付ける。
「ま、いいか。なぁ、エリアナ」
そうして切り替えてから、少し顔を赤くしているエリアナにアリアンナは言う。それに目線だけでエリアナは返事をするように見返した。
「……俺は絶対、あんな間延びした話し方をするような“下品”な女と姉妹になるなんて御免だ。国がどんな方向に傾いてて、何をするにしてもあいつとは相いれない」
「……うん?」
「ってわけで、エリアナ、ちょうどいいから覚悟決めて探ってこい、それで俺に協力しろ」
「?」
「弱みでもなんでもいい、掴んでさっさと引きずり降ろそう」
アリアンナは決定事項のようにそういって、ロッドを軽く振り、くるっと回してエリアナに向けた。
すると一気に視点が低くなり、エリアナは髪の色と同じ真っ赤な小鳥になって大急ぎでアルフの上に着地した。
「な、急にもほどがあるじゃん!」
エリアナはくちばしを開いて、アリアンナに抗議の声をあげる。
あっという間に変身させられて、これは自分の力では元に戻ることができない。
これがアリアンナに与えられたギフトで、他人の姿をいじることができる変身の能力だ。
「仕方ないだろ。自分には使えないんだから、それに今は暇だろ。やることないなら協力しろ。大丈夫だ。俺以外にこんな魔法使うやつもいないんだからバレっこない」
「そういう問題じゃないんだけど!」
「いいから、行ってこい。エリアナが俺の魔法に一番慣れてるんだし、頼むよ。な?」
彼女は優しく笑ってエリアナを両手で掬い上げて掌に乗せる。
それからエリアナのご機嫌を取るようにその小さな赤い羽毛の頬にチュッと唇を寄せた。
「もー! こういう時ばっかり、かわい子ぶって!」
「あははっ」
歯を見せてニカッと笑っても彼女はとても美しい。エリアナはしかたない気持ちになりながらも、まあいいかと思う。
もしかしたらカイルにも事情があってあんなことになっているのかもしれないのだ。
そういう事ならば知らない事には始まらない。納得できるような理由があればエリアナも吹っ切ることが出来るかもしれない。
そういう気持ちで、ディーナには待機の指示を出し、アルフの毛並みをくちばしでつかんで今度はエリアナが王城に向かうことになったのだった。




