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短編集

兄になる

作者: 暮 勇

 僕には、会いたい人がいる。

 病気で死んだ、妹だ。

 

 妹が生まれた時、僕はお父さんとお母さんを妹に取られたような気がして、すごく寂しかった。だから、僕はあんまり妹に優しくしてあげられなかった。妹が手に持っていたおもちゃを取り上げたりして、いつも意地悪ばかりしていた。その度にお母さんに怒られてばっかで、それが面白くなくて、妹にもっと辛く当たった。

 その頃の僕は、妹が病気だったことをよく知らなかった。なんとなく、風邪みたいに寝ればすぐに治るようなものだろうとしか考えなかった。「病気なんだから」は「お兄ちゃんだから」と同じくらい嫌な言葉だった。そう言われるたびに、妹が特別扱いされていると思い、気に食わなかった。

 そんな、僕にとってつまらない日常は、突然終わった。

 僕が最後に見たのは、小さな箱の中で身動きひとつせずに目をつむる妹だった。何故、こんな狭いところで寝てるのだろう。人が死ぬ、ということがよく分からなかった僕は、最初、そう思った。周りの大人たちーお父さんやお母さん、爺ちゃんや婆ちゃんとかーはずっと暗い顔で、静かに涙を流していた。「もう2度と、会えなくなるんだよ」お母さんは僕にただそれだけ言って、黙ってしまった。妹が居なくなるから悲しいとか、そういうことはその時の僕にはよく分からなかった。

 ただ、周りの大人たちの悲しみの波に飲まれ、涙を流していた。


 お葬式以来、僕の家の中はどこか暗くなってしまった。どんなに僕が頑張っておどけて見せても、お父さんやお母さんに、妹のことを忘れさせることができなかった。ただ、寂しそうに笑って、お仏壇の方を見てしまう。そんな日々がずっと続いた。

 妹のものはちょっとずつ片付けられていった。ベッドに、おもちゃ。絵本なんかが段ボールに少しずつ入れられていく。そうやって広くなっていく部屋を見て、ようやく僕は、妹が死んだということが悲しくなった。死んだら、こんなふうに片付けられていって、そうやってやっと、忘れていくんだ。生まれて初めて、妹が可哀想だと思った。

 部屋が小さなお仏壇だけになった頃の夏休み、僕たちは爺ちゃんと婆ちゃんの家にいた。山が近くにあって、虫取りをしたり、川辺で魚釣りをしたり、僕はこの家が大好きだった。そんな楽しいことで一杯のはずの家にも、僕の家の中のような薄暗さがあった。お昼間のぎらぎら照る太陽が沈んでしまうと、なんだか悲しい夜がやってくる。ここにはないはずのお線香の匂いがするような気がしてくる。僕はそんな静かな夜が嫌いだった。

 夕飯を食べた後、スイカを婆ちゃんと食べていた。そんな時に、婆ちゃんがお盆のことを教えてくれた。お盆の時期になると、死んだ人が戻ってくるんだって。その為になすやきゅうりで馬や牛を作るんだって。

 僕は婆ちゃんとその乗り物を作った。なすで作った牛は足の長さが揃わず、なんだか乗り心地が悪そうになってしまった。

 僕は妹の顔を思い浮かべながら、そのナスを作った。せめてお盆の時だけでも帰ってきてくれたら、みんな笑顔になってくれるんじゃないか。そんなことを考えていた。

 

 その夜、僕は夢を見た。

 白くもやが立ち込める中、妹が遠くからはいはいして僕の方へやってきた。

 手には、僕が作ったなすの牛が握られている。

 妹は僕の足元までくると、どすんと腰を下ろし、なすの牛で遊び始めた。「ぶーぶー」と言いながら牛を左右に動かしている。僕は、それはぶーぶーじゃなくて、もーもーだぞ、と腰をかがめながら言った。妹のまん丸で、きらきら光る2つの目で僕を見つめて、にっこり笑った。そして今度は、牛を動かしながら「もーもー」と言った。僕はあぁよかった、と何故かとても安心して、目をつむった。

 

 目が覚めた時、僕は初めて、妹と遊んであげたんだと気付いた。

 妹が本当に帰ってきてくれたのか、それとも、僕がこうしてあげればよかったって思いが夢になったのか、僕には分からない。

 それでも、僕は妹に会えて、とても嬉しかった。

 最初で最後かもしれないけれど、僕は”お兄ちゃん”として一緒に居ることができた。

 みんなが起きたら、この話をしよう。

 そうすれば妹が僕たちのそばにいてくれたんだ、と思える。それはきっと、僕だけじゃなく、みんなにとっても嬉しいことのはずだ。

 いつの間にか流れ落ちた涙を、僕は静かに拭って、起き上がった。

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