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張朴はどう見ても演技が下手だった。
-53 まだ淋しさが残る-
好美には張朴と王麗が美麗に気を遣っているのが分かった、何処にも山葵など無かったからだ。龍太郎がわざわざ中国から来た師匠の料理に悪戯などするだろうか、いや十分あり得る話だ。
しかし、店主はこう語りそうだった。
龍太郎「そんな冒涜の様な事が出来るかよ。」
昔から龍太郎が料理に真摯に向き合っている事は師匠である張朴が一番知っていた、王麗もその姿に惚れて結婚したのだという。娘の美麗も料理をする父の姿が好きだった。
一方その頃、レポートを書いていた守は不自然さを感じていた。好美が電話に全く出なかったのだ、ただ好美本人が酔っていただけとは知らずに。夕方ぐらいからずっとかけていたが全く反応がない、心配になった守は松龍へと走った、無我夢中で走った。
守「好美!!」
会いたいという気持ちが前に出過ぎたが故につい大声を出してしまった守、それを聞いた好美は思わずビールを吹き出してしまった。
好美「何よ、唐突に。」
守「全く電話に出なかったから心配して・・・。」
その言葉を聞いた好美は懐から携帯を取り出した、守からの着信が何十件、いや何百件もあると通知があった。
好美「ごめん、ずっとサイレントモードにしてたの。美麗と金上君のお墓に言ってたから、流石に墓前で電話に出るのもあれかなと思ってさ。」
無念にも亡くなってしまった美麗の愛する恋人で、自らを救った良い友人に対するせめてもの敬意を表す行動であった。
王麗「こうなりゃもう彼氏じゃなくてまるで親だね。」
ただ恋人の突然の登場に嬉しくなった好美は守に抱き着き唇を重ねた、赤らめた顔を動かしながら強く唇を押し付け合った。
王麗「キス魔なのはいつも通りってか、もう本当に変わらないね。」
ただ思った以上に濃厚なキスだった為か、秀斗の事を思い出した美麗は涙を浮かべた。
美麗(中国語)「秀斗・・・、もう淋しい想いをさせないって約束してくれたじゃん・・・。」
秀斗が松龍で大体的に行った告白を思い出した美麗、直前に自らが流した涙の重さを皆に訴えている様だった。
十数年、ずっと我慢していた涙。
美麗にとってあれ程辛かった、そして幸せになれた涙はなかっただろう。
王麗はずっと美麗を抱きしめていた、何も言わずただただ抱きしめていた。
王麗(中国語)「もう次に進むって決めたんでしょ?」
母が優しく聞くと、娘は首を縦に振って涙を拭った。
美麗(中国語)「うん・・・。」
王麗(日本語)「父ちゃん、いつもの用意しているんだろ?」
龍太郎「ああ、勿論だ・・・。」
女将の言葉を聞いた店主は振っていた中華鍋からトロトロの餡をカリカリに揚げた麺へとかけた、美麗の大好物の一つである餡かけ焼きそばを前もって準備していたらしい。
美麗はいつも泣き崩れた後にこの大好物を1人でやけくそ気味に食べていたらしい、しかし今日は違っていた。
美麗(中国語)「好美と・・・、食べる・・・。お酒・・・、頂戴・・・。」
王麗は美麗の意図を察していた、墓参りに付いて来てくれた好美へのせめてもの礼だ。
王麗(中国語)「あんた、ちゃんと日本語で言わなきゃ好美ちゃんに伝わらないでしょ。」
美麗(日本語)「パパ、好美達と食べるからビール3本とグラス1個頂戴!!」
王麗(日本語)「馬鹿だね・・・、逆だろう・・・。」
冷静な対処が出来ない位に震えていた娘を、母が再び抱きしめた。
ずっと心として、そして心の中に生きる秀斗がそうさせているのだろうか。




