閑話 side.白月:牢の中
嫌な夢を見た。
狭い箱の中。体中が痛くて、背中の焼き印が燃えるようで、苦しくて、苦しくて、死にたくないと、まだ生きたいと、そう叫び続けた。
箱の向こうには、信頼していた者達がいる。でも、ここから出してとどれ程懇願しても、申し訳ございませんと、そんな声しか返ってこない。
――、――っ! お願い、ここから出して……!
誰かにそう叫んだところで、ハッと目が覚めた。
固く冷たい石畳の上。
自分の汗か、それともここの空気か。とにかく、ジメッとしていて、気持ちが悪い。
ここはどこだろう……?
周囲を見回せば、黒っぽい石壁に鉄格子が嵌められた場所だった。しかも、手枷足枷を嵌められている。後ろ手に拘束されているわけではないけど、動きにくいのは変わりない。
夢の感情を引きずっているせいか、頭がぼうっとして、今の自分の状況を、うまく咀嚼出来ない。
「ええっと……なんでこうなったんだっけ……」
そう声に出して、ようやく頭が働き出した。
事の発端は、鴉天狗の首領の突拍子もない思いつき。
驟雨との戦から半年。未だに戦後処理でバタバタしている中、新しい娯楽が欲しくて仕方のない首領は、戦に協力した見返りに新しい遊びを教えろと、事あるごとに幻妖宮へ使いを寄越した。
……それこそ、目に見えて璃耀が苛々しだすほどに……
首領との約束なので、忙しいと突っぱね続けるわけにもいかないし、何度も使いを寄越されては、璃耀の八つ当たりに巻き込まれる周囲の精神状態が悪化する。
だから、一つ作ったら複数の遊びができるトランプを首領にプレゼントすることにした。
月一くらいの頻度で定期的にトランプの遊び方説明書を送れば、1年くらい時間稼ぎできるだろうという狙いだ。
そうして、第一弾として、ババ抜きの手順を添えて送ったのが三月程前。
結果、リバーシしか娯楽のなかった鴉天狗の山で、瞬く間にババ抜きブームが到来したらしい。
リバーシの時も、仕事を抜け出し遊び始めるおじさんがいたが、どうやら今回も同じ状態になったようで、使いとしてやってきた、当のおじさんの側近である夜凌に疲れ果てた目を向けられた。
……すみません。
そして、夜凌が持ってきた要件というのが、幻妖宮と鴉天狗合同のトランプ大会の開催提案だった。
もちろん、この忙しい時期に、幻妖宮側に賛同者なんているはずもない。丁重にお断りをしたはずだった。
それなのに、
『こういう時こそ、息抜きに娯楽が必要なのではないか』とか、
『まさか、交流を約束した半年で貴重な交流機会を断られるとは思わなかった』とか、
『我らとは友好的な付き合いは望めないとでも言うつもりか』とか、
『復興が忙しく手が足りぬなら兵を貸してやっても良い。ただし、相互交流のトランプ大会が条件だ』とか、
『せっかく復興に手を貸してやろうと申し出ても、それすらも断るのだ、幻妖宮は我らの協力は不要と見える』とか、
もはや脅しに近いものすら混じった、怒涛の手紙攻撃がやってきた。
璃耀の苛々は頂点に達するし、この不安定な時期に鴉天狗との軋轢を作るわけにもいかないし、ということで、渋々、その提案を受け入れることになったのだった。
……娯楽おじさん、お願いだから、こっちの身にもなってください。
やる事だけは決まったものの、合同大会となれば準備が必要になる。そして、それには人手が必要だ。
でも、さっきも言った通り、戦後復興の超多忙な時期。仕事に追われてどうしようもない者達の手を借りるわけにはいかない。
結果、ボランティアを募って開催することに決定した。
有志だなんて、当初集まるかどうか不安だったけど、意外に手を上げてくれる者達が居て、文官だけじゃなく、軍団や近衛、検非違使なんかからも応募があった。
「息抜きにはちょうど良いのかもしれませんよ」
柔軟性のある蒼穹は、そう笑っていた。まさか、瑛怜が部下に許可を出すとは思わなかったけど。
そうやって、合同トランプ大会開催が決定し、準備ボランティアも集まった一ヶ月後。つまり、今日。鴉天狗の領地での合同準備委員会が行われた。
準備委員会のメインは大会ボランティア達だけど、大会実行委員長は首領と私だ。第一回準備委員会は、私も鴉天狗の山に向かうことになった。
もちろん、私が行くことへの反発は大きかった。
主に璃耀と、幻妖宮での仕事を押し付けられるカミちゃんからの。
けど、首領の熱量と圧力に逆らうことなど出来るわけもなく、そんなに言うならと璃耀に説得を任せてみたけど、璃耀でさえも首領の勢いには勝てなかったようで、不機嫌そうな笑顔で準備委員会参加決定の知らせを持って帰ってきた。
その後の周囲への八つ当たり被害はお察しである。
さて、準備委員会と言っても、やる事は、リバーシ大会準備の拡大版だ。
大会参加者の募集要項を決め、不正が起こらないようトランプの規格を決め、募集要項が決まったら参加者集めの為のポスターを作り、開催場所の選定や配置決めをしていく。
各々がいくつかの部屋に跨って作業している様子を、私と首領が巡回しながら見学していった。
どの部屋も、最初は順調に進んでいるように見えた。幻妖宮の者と鴉天狗とで、ぎこちないけど互いにコミュニケーションを取り合いながら決めていく様子を見て、こんな風に交流できる機会も悪くないなと思うほどに。
問題が起こったのは、それからしばらく後。
ある一箇所で、烏天狗と幻妖宮の者との間で諍いが起きた。
首領が別の部屋へ行き、璃耀と凪が当日の警備について確認したいことがあると呼び出されている僅かな隙の出来事だった。
凪の代わりに桔梗と別の護衛が私についていたけれど、突然私の前で怒声が響き、互いの胸ぐらを掴むような取っ組み合いが始まった。原因は定かではない。
周囲の者が慌てて止めに入り、その間に諍いの事情を説明すると言われてその場にいた一人に呼びだされた。首領が居ない場での出来事だし、私が状況を把握して対処しないと、鴉天狗との間に変な禍根が残っても困る。
とりあえず事情を聞こうと動き出したところで、諍いを止めようとした群衆が突然大きく動き、私の方に雪崩込んできそうになった。
危険を回避しようと桔梗ともう一人の護衛が前に出る。その瞬間、ふわりと腰の辺りを掴まれ、口と鼻を濡れた布で覆われた。そこから先の記憶はない。
警備体制は万全だったはずだ。でも、烏天狗の領地の造り上、空を飛べば、結界が張り巡らされている幻妖宮ほどには逃げ出すのに苦労しない。
そうして、まんまと連れ去られ、目が覚めたらここにいた、というわけだ。
私はハアと息を吐きつつ、石の天井を見上げる。
ここから出るだけなら、たぶん、そんなに難しくない。やったことはないけど、人界との間の結界に穴を開けて人界に出てから、また妖界に戻ってくれば良い。
でも、枷が邪魔だし、そうやって妖界に戻ってきたところで、一人で幻妖宮や鴉天狗の山に帰れる気がしない。
何より、人界に行くと考えただけで、心の中がざわりとして、原因不明の恐怖が押し寄せる。
「……もうちょっと、助けを待とうかな……何処かで逃げるチャンスもあるかも知れないし……」
あんまり使いたい手ではないけど、問答無用で殺されそうになった時の逃走手段にはなる。驟雨に掴まった時のように拷問されてるわけでもないし、しばらく様子を見ても良いだろう。
そうやって、どれ程の時間が経ったか。
気づけば膝を抱えて再び眠ってしまっていたようで、ガチャっと牢屋の扉が開く音で目が覚めた。
そこに居たのは、顔半分に犬の面をつけた者が二人。そして、その二人に両脇を抱えられて引きずられている、人界で言う高校生くらいの男の子。
「……検非違使……?」
犬の面の二人の格好は、幻妖宮でよく見るものだ。本物だろうか。それとも、検非違使を装っているだけだろうか。
「ねえ、貴方達、なんでそんな格好してるの? ここは一体、何処なの? なんで私をここに?」
しかし、二人はチラッと私を見ただけで答えない。まるで作業のように、抱えた少年をドサッと牢屋の中に放り出し、再び外にでてガチャガチャと鍵をかけ始める。
「ちょっと待ってよ! 何の目的があって、ここに連れてきたの? 貴方達は誰? この子は一体なんで……!」
そう声を上げたけど、二人は用は済んだとばかりに私に背を向け、こちらを振り返ろうともしない。結局、何のヒントも出さないまま、二人はさっさと姿を消してしまった。
仕方なく、私は少年に目を向ける。
同じように枷をつけられ、意識を失っているように見える。奇妙なのは服装。妖界の者達は着物を来ていることが多いのに、この子の服装は、人界で見ていたものと同じなのだ。Tシャツに膝丈の短パン。
人間がこんなところにいるわけがない。でも……
「……ていうか、生きてるよね?」
さっきから、この少年はピクリとも動かない。
息をしてるかどうかだけでも確かめたくて、動きにくい体を捩って近づき、口元に顔を近づける。
一応、スウスウと微かな呼吸の音が聞こえてきた。でも、近づくとよくわかる。何か薬草のような、強烈な匂いがするのだ。
「まさか、毒……?」
サアっと血の気が引いた。
慌てて、首もとに掛けてあった蓮華の花弁と山羊七のところの温泉の入った小瓶を取り出す。
口をこじ開けて花弁を放り込み、少量の温泉水で流しこんだ。
ゴソゴソとやっていたせいか、少年は少しだけ、うぅん……、と呻き、その拍子にゴクンと喉を動かす。
温泉水だけでも良かったかもしれない。けど、量が少ないし、ここから先に何があるかわからない以上、残しておいた方が良いものだ。
両方をちょっとずつ飲ませて相乗効果が出ればいいんだけど……
そうやって、しばらく、少年の様子を見る。
……っていうか、この子、なんとなく、どこかで見たような顔なんだよね……
少年は、初めて見るはずなのに、誰かに似ている。大事な誰かだったような気もするけど、それもよくわからない。ピンと来ないのは、本当に少し似ているだけで、別の者だからなのかもしれない。でも、その大事な何かを思い出そうとすると、人界に意識が向き、芋ずる式に、嫌な感覚が全身を支配しようとする。
……やっぱり、人界でのことなんて思い出そうとしちゃダメだね。
歯抜け状態で覚えている人界での思い出に、大切だっただろう者達は一切居ない。
そして、さっき見た夢も、初めてこの世界に来た時に見た夢も、気持ちが悪くなるから思い出さないようにはしてるけど、多分、出どころは同じものだと、なんとなくわかる。
私はきっと、向こうで碌でもない死に方をしたのだろう。
ぼうっと少年をみて、そんな事を思っていると、少年がモゾッと動き出した。
ムクリと体を起こし、ぼうっと周囲を眺めている。私がここで目を覚ましたときと同じ。状況の把握をしているのだろう。
「目が覚めた?」
そう声をかけると、少年はビクっと肩を震わせた。私は少年が無駄に警戒しなくて良いように、ニコリと笑って見せる。
「なかなか目を覚まさないから心配してたの。変な薬草の匂いがしたから毒でも飲まされたのかと思って。蓮花の花弁が効いたみたいで良かった」
温泉の事まで、わざわざ言う必要はない。あれは秘薬で、あんまり外に出すようなものではない。蓮華の方は、紅翅が蓮華畑周辺で配っていたものなので問題はないけど。
「助けてくれたんだ。ありがとう」
少年は、ぱちくりと目を瞬いたあと、ホッとしたように表情を緩ませた。
「私は……ハク。貴方は?」
自分から名乗ろうとしたところで、白月と素直に名乗るべきか迷い、少しだけ濁して伝える。
帝の名前が白月だと、結構広く知られてしまっているので、余計な情報を与えて混乱を招かない方がいいかもしれないと思ったからだ。
「俺は、奏太」
「……奏太……?」
私はピタリと動きを止めた。
「どうかした?」
「あ、ううん。なんか聞き覚えのある名前だなと思って。でも、多分勘違いだと思う」
引きつりそうになる頬を上げて、何とか笑みの形を作る。
何故ここにきて、妙に人界の事を思い出すのか。なんで、この少年の名前に聞き覚えがあるのか。一体、この少年が誰に似ているというのか。
記憶の奥底に閉じ込め封印していた、思い出したくもない悍ましい記憶を引きずり出されることになるのは、それから、間もなくのこと――
『結界守護者』の方が完結間近なので、宣伝SSです。あちらの17話、白月視点。
『結界守護者』の妖界編は、白月の過去を辿る物語でもあります。
お時間許せば、覗きに来ていただけたらうれしいです〜




