プロローグ1
初めての作品になります。
コンセプトとしては
クラシックがどれだけ楽しいかを世の中に広めるために作品を書きます。
私の作品タイトルはいろいろと悩みましたが、結局これになりました。
頑張って最後まで書こうと思います。よろしくお願いします。
石川県輪島市内、23時ごろ。袖ヶ浜のキャンプ場には、とある2組の親子以外、誰も来ていなかった。
大人たちはラジオでクラシック音楽を聴きながら談笑している。まだ小さな3人の子供たち――女の子と男の子、それから彼の幼い妹は、少し離れたところで、天体観測を楽しんでいた。組み立て式の天体望遠鏡を持ってきてもらったのだ。
子供たちは楽しく話をしながら、望遠鏡を動かしている。
そこにどんな宇宙が広がっているのかは、本人達にしか分からないことだ。
男の子と女の子の間に幼女が一人が歩いて来た。望遠鏡で宇宙を見るのが飽きたのか男の子のお父さんの目の前に現れる。不思議そうな顔でお父さんを見つめた。
「お父さん……何の曲を聞いてるの……?」
ラジオから流れていたのは、チャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲op35」。どうやら男の子はこの曲について知らないらしく「ヴァイオリンの有名な曲」とまでしか把握していないらしい。
「この曲かい? これはね、『星の音色』を聞いているんだよ……」
「星の音色……?」
「今日は楽しかったか、奏護? たくさん遊んだから、ぐっすり眠れそうだな」
「うん……」
眠い目をこすりながら、奏護と呼ばれた男の子はうなずく。
楽しい時間と言うのは過ぎ去るのが早く感じるものだ。
この楽しい時間をいつまでも忘れない様に胸に留めて明日を迎えようとする。一生の思い出を忘れない様にすることなど簡単な事ではないのかもしれない。
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2040年、日本は世界の技術推進国のひとつでとなって、世界をリードしていた。各国技術の競争はあるものの、人工知能の開発やVR技術の開発に至るまで日本は世界のトップレベルである。
読者の皆様の時代からは年月も進み、この時代の世界情勢は大きく変動していた。良くなったことも、悪くなったこともある。
だが、科学技術だけは進歩する一方であった。その様な世の中であっても、世界の人々はみな宇宙にロマンを抱いていたのだ。
新たな惑星を発見したり、近くの惑星に探査機を送り込んだり、近くの惑星の移住についての話などで各国、国民共々盛り上がっていた。
宇宙進出はどこの国も目指している。
そこで開発されたとあるゲームが世界各国で流行っているのだ。
そのゲームはVRゲームであり、宇宙を舞台としたゲームである。
埼玉県所沢市の巨大ゲーム会社『ソウルメア』社。
この会社は航空公園の隣に存在する、元アメリカの「通信基地」が存在する。そう、この土地は2025年に国に返還され国有地となりその後、ソウルメア社に払下げとなった。2020年から東京都内のオフィスビルで
営業していたが、この年の2年後2027年、正式にソウルメア社が本格営業を開始した。ビルは10階建て、地下は3階まで存在する。
各階の社員たちは、パソコンに向かってあたふたと、とある準備を進めていた。一世を風靡した、VRゲームのサービス終了が決まったのだ。
その一方で、役員と研究員20人程度は地下会議室に集まっていた。
ある者は深刻な表情で手元の資料を眺め、またある者は緊張のためか、ペットボトルのお茶に、しきりに口をつけていた。
「では、この手筈で」
一人の椅子に座ったスーツを着た男性が資料を見ながら言った。
「うむ」
神妙な表情でうなずいたのは、恰幅の良い中年男性。おそらくは、彼の上司か取締役と思われる
「マスコミには私が対応します」
「あぁ、よろしく頼むよ……」
「……本当によろしいんですか?」
白衣を着た別の人物が、中年男性に聞いた。少し深刻そうな顔である。
「…とりあえず国の政策である『ムーンショット目標』2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現する社会を構築する前段階はここまで完成した。そしてゲームのサービス終了まで決定した。後は…いやここまで来たんだやるしかない」
二つ隣の社員がメガネを拭きながらこう言った。
「政府の掲げる政策は『ムーンショット目標』我々の掲げるのは『ムーンショット計画』…この計画に全てをかけてきた」
「やはり実行は今しかありませんぞ」
そして、テーブルの中央に座る人物がこう言った。
「好機は我々に………」
そして各員不敵な笑みを浮かべた。
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石川県加賀市にある百万石高校のグラウンドに、下校する生徒たちの長い影が伸びている。
静まりかえった校舎の窓をのぞけば、まだ帰宅していない生徒の姿も見えた。
居残り勉強をするか、若しくはカップルで会話をするかして過ごしていたのだ。
もしくは……部活動の練習などで教室を使用する生徒もいるだろう。
一階にある音楽室で、ひとりの男子高校生が、熱心にヴァイオリンの練習をしていた。背は高く、髪も短めで、真剣な表情を浮かべている。椅子には詰め襟の上着をかけていた。あまり熱中していて、体がほてってきたのだ。
1曲弾き終わると、彼は満足げに汗をぬぐう。椅子にかけた上着を着ると、楽器ケースにヴァイオリンを入れ、譜面台を片付けようとした。
「谷内先生、本日もご指導ありがとうございました」
彼は女の先生にペコリと頭を下げた。
彼女は百万石高校、管弦楽演奏部の顧問であり、指揮を担当している。
谷内先生は彼の元に歩み寄り、楽譜を譜面台から拾い上げた。
「天富くん」
「はい」
「練習していたクライスラーの『前奏曲とアレグロ』は、やっぱり後半のアレグロ部分がキモね。ハイポジションばかりを弾くことになるから、次の音符を弾く準備をしないと出遅れるわよ」
谷内先生は、楽譜の2ページ目を指さした。
「それと、フォルテ、ピアノ、フォルテ、ピアノって続くでしょ。ここをはっきりと表現した方がいい出来になると思うわよ」
「はい、わかりました、家で強弱の練習をしてきます」
奏護は言った。
谷内先生のアドバイスは、いつも奏護たち生徒の役に立っている。生徒たちの苦手なところをよく見て、ひとりひとりに合わせたフォローをしてくれるのだ。今日遅くまで残ってくれたのも、奏護たち熱心な生徒の要望に応えてのことだった。
「俺、もっと頑張ります。今度のコンクール、絶対に金賞をとりたいんです!」
奏護は、次の県内コンクールでの優勝を目指していた。ここで3位以内に入れば、秋の全国大会に出場することができるのだ。
「そうね、今回の大会が君たち3年にとって最後の大会になるだろうから気合入れないとね」
そして先生はこう続けた。
「『音楽とは何の為に存在するのか』私はずっとこれを考え続けて来たわ、天富君、君は何の為にヴァイオリンを弾くの?」
「自分は…そうですね…最優秀賞、金賞を取る為?ですかね」
「ふふ、他の生徒も似たようなことを答えるわよ、毎年先生はこの時期の3年生に『音楽とは何か』を聞いているわ」
谷内先生は一息おく。
「結局それは生徒たちが今出す答えであって、将来出す答えとは違うのよ。今はそれで良いのかもしれないけど、そう私はそうね~」
谷内先生は窓際まで歩き窓の外を見た。
「『自分の心を現すモノ』それが音楽かな?人は皆、自分の心にあった音楽を聴くものよ、けどね、先生はこう思うの『これは自分が出した答えであって本当の答えではない』とね」
「じゃぁ先生本当の答えって何ですか?」
奏護の帰る準備が整い先生の隣に来て一緒に窓を見る。
「『本当の答え』そんなのは各自違うのよ、これが音楽の正体よ」
「だから日々演奏する時こう心に留め置きなさい、自分の心に素直になって演奏すれば見えてくる物があるわよ」
「…はい」
「今日もお疲れさま、天富くん。気を付けてね」
窓の外から部活動中の生徒の声が聞こえて来る中、先生のねぎらいを背に受け「先生、また来週!」と奏護は音楽室のドアをと閉めた。
・・・
・・
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奏護が通学路を歩いていると、誰かが後ろから近づいてきた。
「テ・ン・ゴ。今日の練習どうだった?」
見覚えのある顔だった。彼の幼なじみ、東矢千宙だ。彼女が奏護を「テンゴ」と呼んだのには訳があるが……。
「なんだ、千宙か、まぁ上出来だと思うよ」
千宙と奏護には、共通の趣味が二つあった。
一つは音楽だ。奏護はヴァイオリンを、千宙は小学1年の時からピアノを演奏している。小学4年生のころに、コンサートへ一緒に参加したのが、二人の仲良くなったきっかけだった。当時はケンカも絶えなかったが、今はすっかり仲良しだ。そしてもう一つは……
「ヴァイオリンの練習も終わったし、今日は大切な日だから、ちゃんと来なよ、3週間ぶりだからね」
千宙が言った。その言葉尻からは、寂しさがヒシヒシと伝わってくる。
「大切な日? それって、『LKO』のことだよな」
「そうよ! 私たちの遊んでる、あのゲーム。今日でサービス終了なのよ、テンゴ!」
これが、二人のもう一つの趣味。世界中でブームを巻き起こした『ラニアケアオンライン』、通称『LKO』というオンラインゲームだ。今日7月6日を過ぎれば、アカウントは消え、ログインすることもできなくなる。「テンゴ」という呼び名も、「天」富奏「護」がこのゲームで使っているニックネームだった。
「忘れずにログインしなさいよ。ギルドの仲間とも最後の集まりだから。それと、ヴァイオリンの練習もほどほどにね!」
「なんだ、お前いたのか?ちっとも気づかなかったぞ」
「だって、練習見たかったんだもん♪それに今日は一緒に帰ろうと思ってさ、ほら、ログイン忘れているかもしれないじゃん」
千宙は部活で音楽をやっているわけではないが、ときどきこうして演奏を聴きにくるのだ。
「ははは、そうかよ。ま、見られて困るもんでもないけどさ」
「それにちょっとした話もあるし。まぁログアウトが終わったら電話できる?」
千宙はニコニコ顔で奏護に聞いた。
「あぁ全然大丈夫だぜ、話が長くなければな。それより、今日は久しぶりにログインするし、ギルドメンバーから何言われるんだろうな~、あいつらちゃんとログインするんだろうな」
「うん、皆、今日はちゃんと来るよ、だから奏護もちゃんと来てね」
千宙は奏護とは現実にいる際は本名で呼び、LKOにいる時はニックネームである「テンゴ」と呼んでいる。
そもそもこの「テンゴ」と言うニックネームは千宙自身が付けた名前である。ゲームに疎い奏護がネーミングで迷っている所、千宙が「テンゴ」にしようと言い出したのがきっかけである。
これ以降、千宙が奏護の名前を呼ぶ際、定着した。
そして奏護自身どっちの名前で呼ばれても問題がないのだがそれは現実の話、ゲームでは「テンゴ」と呼ばれないと身バレに繋がってしまう恐れがある。
「うん。じゃ、私こっちだから」
「あぁ」
神社近くの丁字路にさしかかり、二人は別れの挨拶をした。ここから先、千宙と奏護がはそれぞれの自宅に別々に帰るのだ。
夏の夕暮れ時の涼しい風が、境内の桜の木の葉をそよそよと揺らしている。
「言ったからには絶対にログインしなさいよ! 待ってるからね!」
千宙は手を振りながら、強く念を押す。ログインしなければ何をされるか分からない。
「あぁ! もちろんだ、今日は皆とのお別れ会だからな!」
数週間ぶりに、『LKO』のギルドの仲間と会う。
奏護は楽しみで仕方なくなっていた。こうして笑顔で自宅へと向かった。
登場人物
天富 奏護 18歳 百万石高校3年 管弦楽部
東矢 千宙18歳 百万石高校3年 元ピアニスト
天富 奏音 14歳 中学2年
谷内先生(やち先生) 百万石高校 管弦楽部 顧問 30歳 婚活女子