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序章 出会い

 その日、帝国軍はランデヌ王国軍と睨み合っていた。灰色の空の下、帝国軍は複数のコホルス(大隊)で形成された三列の戦列、ランデヌ王国軍は一列の単純な横列隊形を組んでいる。


草木が揺れ、雨が降り始めても両軍の兵士達は微動だにしない。動きがあるとすれば、盾と剣を握りしめ直す時くらいだ。



 ランデヌ王国は、戦争皇帝リマシスが東の島国へ遠征中に死んだことで帝国侵攻を画策。諸侯軍と水軍による総攻撃を行ったのだ。


帝都は包囲され、村々は焼かれた。


しかし、帝都軍の必死の防衛によって、肝心の帝都占領は果たせなかった。辺境地域から増援に駆けつけたプロティンス将軍の精鋭軍によって帝都の包囲は解かれ、王国軍は自分達の領土に撤退。


帝国軍は一挙に王国領を攻めた。


 攻める側から守る側に代わったランデヌ王国は、野戦や防衛戦で敗北。町や砦を奪われ続けた。

 

 ランデヌ王国は王都まで数百リーグの地点まで攻め込まれていた。


「兵士達よ! 帝国の子らよ! 遂にこの日が来た! 敵を罰する時が! 我らの勝利を決める時が!」


 散兵隊が敵戦列に攻撃を加えている間、将軍は軍団兵の戦列前を馬で駆け、剣を高く掲げながら叫んだ。


鎖帷子に身を包んだ軍団兵の男女達は、将軍が自分の前を通りかかると剣で盾を鳴らし、歓声をあげる。


志願兵の彼等は、徴兵された者や畑を追われた農奴、金で雇われた傭兵らで編成されている南方王国軍に比べて士気が高く、鉄の軍規によって完璧に統制されている。


(サーヴェよ、どうか今日死にゆく仲間と敵に慈悲をお与えください。死者の罪を許し、貴方の国にお迎え下さい)


 百人隊長ダリオンは、将軍の演説を聞きながら冥界の神サーヴェにそう願った。彼は南方王国の戦列を見つめ、剣を強く握りしめる。


 猫人族──言葉を喋る二足歩行の猫。で編成された散兵隊が槍を投げ終わり、戦列に戻ってくる。そのとき一人の軍団兵がダリオンに声をかけた。


「隊長。退役前だからって油断しないで下さいよ」


「人の心配より自分の心配をしろ、ドゥリアン」軽口を叩く部下にダリオンは笑ってみせた。「油断してると、また妹に助けられるはめになるぞ」


会話を聞いていた兵士達は笑い、ドゥリアンは苦笑い、彼の後ろにいる妹レイベスはニヤニヤと笑った。二人は兄妹で、ダリオンの一番の部下だ。


「退役したらどう暮らすんです?」レイベスが聞いた。


「わからん。故郷で農業を始めるのも悪くないな」


「隊長が土いじり? ふっ、 ドラゴンが復活するより、あり得ませんよ!」


兵士達の笑い声。ダリオンも微かに笑った。


(確かにあり得んな)





「力と名誉を!」


 散兵隊が戦列の間を通り抜けると、将軍が叫んだ。兵士達は鬨の声をあげ、盾を強く鳴らす。


「大地を敵の血で赤く染めよ!」


 将軍は剣を振った。


それを合図としたラッパ隊がラッパを一斉に鳴らした。


「前進!」


ダリオンら第一戦列のコホルス群は前進を始め、将軍は後方に戻っていく。



「射手!」


 南方王国軍の戦列から射手隊──自由民の射手達。が前に出てきた。。


「射ち方、用意!」隊長の号令で王国軍の弓兵らは矢を弦につがえた。「放て!!」


一斉に矢が放たれ、空は矢の嵐で黒く染まる。


「亀甲隊形!」


 ダリオンが命令を出すと、百人隊は素早く反応し、盾を空に向けて密集した。


矢が襲いかかり、盾に刺さる不気味な音が隊列内に響く。他の百人隊も各自で亀甲隊形を取り、矢の雨を耐えしのいでいる。


 不運な者は矢の餌食となったが、盾のお陰で全体的な被害は微々たる物だった。


「あああ! 目が!!」


射ぬかれた者が出る度に、後ろの兵が前に出て隊形の穴を塞ぎ、隊形の崩壊を防ぐ。


 斉射を受け続けた第一戦列のコホルス達は隊列を保ちながら前進。敵の顔が認識できる距離まで接近すると、ダリオンは首にかけられた笛を勢いよく鳴らした。


 それを合図に兵士達は隊形を素早く組み直し、ダリオンの百人隊は密集隊形で敵の戦列に突撃する。


 大盾を敵に押し当てたり、腹部にグラディウスの一撃を食らわせる軍団兵。


突撃してきた帝国兵の首を大剣で斬り落とす王国の騎士。


突撃むなしく盾で弾き飛ばされる農民兵。


両軍の兵士達の断末魔や雄叫びが戦場に響いた。


 質量と質量のぶつかり合い。両軍は相手の戦列を崩そうと必死に戦った。


しかし、最初の突撃以降どちらの兵士も中々死なず、戦闘は膠着し、両軍の兵士は疲弊し始めていた。


常に最前列で戦闘しているダリオンの大盾は斧で壊れかけ、剣は血で染まり刃こぼれしている。



「しねえ! しねえ! しねえ!」


「……くそっ!」


「ドゥリアン!」


幾度と振り下ろされる斧。押し倒された兄が盾で必死に防御しているのを見たレイベスは、前列に出て傭兵の腹にグラディウスを突き刺した。


ダリオンはレイベスが前列に出た段階で笛を鳴らし、部隊を前に進めた。部下が兄を助けるのを援護したのだ。


ダリオンが部隊を前進させなければ、レイベスとドゥリアンは敵陣に孤立していただろう。彼が部隊を前に上げた事で、レイベスは敵と規律違反の罰から逃れることができた。


後方に下がる兄を横目で見つつ、レイベスはダリオンと盾を並べた。


「すいません、隊長」


「構わん」


ダリオンはそう言うと、向かってきた敵を盾で叩きのめし、倒れた所をグラディウスで突き刺した。





 ダリオンと部下達の疲労がピークに達したとき、ラッパの音が戦場に響き渡った。


 後ろの百人隊が突撃を始めたのだ。


(よし)


 ダリオンは目の前の敵に盾の一撃を食らわすと、再び笛を鳴らした。


 彼の百人隊は小さな正方形にまとまり、その隙間から後方の百人隊が敵に突撃する。


ダリオン達は盾を敵に向けながら後退し、前線から離れた。


部隊のローテーション。大きな一つの塊の様に戦う王国軍と違い、帝国軍は定期的に前線部隊を交互に入れ替えていた。

王国軍兵士が疲れる一方なのに対し、帝国軍は常に準備を整えた兵士達を前線に当て、戦闘で疲れた部隊を後方で休息させることができた。どちらが長期戦で有利なのかは言うまでもないだろう。


 この日、ダリオンの部隊は何度も敵に突撃した。 敵は粘り勇敢だったが、日が暗くなる前に崩壊した。


敗走するランデヌ王国軍の将兵は帝国の騎兵隊と軍団兵に追いたてられ、多くが斬り殺された。


 実際の戦闘で戦死したのはほんの僅か。ランデヌ王国兵らは他の多くの合戦同様、撤退戦で命を落としたのだ。


 帝国軍の犠牲者はたったの数百。最後の野戦軍を壊滅させられたランデヌ王国は正式に帝国に降伏した。


戦役から一年三ヶ月後の事だった。





◇◇◇◇





「勝利に!」


 戦争が終わり、軍の野営地では勝利の宴が催された。帝都から駆けつけた元老院議員や有力者と共に兵士達は勝利の美酒を味わっていた。


 ダリオンは挨拶もそこそこに、宴会場を後にした。

 

 自分の天幕に戻ったダリオン。 彼が椅子に腰かけると、 テントの幕が静かに開いた。


「将軍」


 ダリオンは立ち上がり、帝国式の敬礼をした。


「ダリオン」


 パルパダイン将軍。プロティンス大将軍の副官である彼は笑みを浮かべ、ダリオンの向かいに座った。


「祝宴には出ないのか? 宴に讃歌している王国軍の将軍達の悔しそうな顔を拝めるぞ? 後、元老院議員や貴族達のご尊顔も」


「どちらもゴメンですね」


「ハハッ、私もだ」パルパダインは逆さまにテーブルに置いてあった二つの木製コップを起こし、ワインを注いだ。「それにしても良かったな、ダリオン──」ワインが満たされた杯をダリオンの前に置いた。「最後の戦いが勝ち戦で」


「ええ、まぁ」


「しかも、その戦いで帝国はランデヌ王国との戦争に勝った。永遠に自慢できるぞ」パルパダインはワインを一口飲んだ。「……しかし、お前が軍を辞めるなんてな。てっきり終末の日まで軍に仕えると思っていたのだが」


「まさか。二百年の従軍で私は満足ですよ」


「そうか」パルパダインは笑みを浮かべた。「軍を辞めた後はどうするんだ?」


「まだ決めていません」百人隊長は遠慮がちに笑う。「農園でも開くか、国から貰った金で事業でも起こすか。とにかく終末の日までのんびり暮らすつもりです」


「のんびり気ままにか」


「ええ」


「それも悪くないな」パルパダインは微笑する。


「ええ、悪くないです。悪くない」





◇◇◇◇





「ふむ、左手の骨折が酷いな。これは、しばらく復帰は無理だ」


「はぁ……サーヴェよ」


 ドゥリアンは軍医の診断を聞き、ため息をついた。盾を構えられないほど痛んでいたので、軽傷ではないと思ってはいたが、実際に告げられるのは辛い。彼にとって軍務をこなせないのは何より耐え難い事だった。


「帝都の療養院に移送だな」


「そんな!」


 思わずベッドから起き上がろうとしたドゥリアンを、レイベスが押さえた。


「兄さん、安静に」


「だけど……」


「お前の傷を手っ取り早く治すには魔法治療の助けがいるんだ」


「……うええ」ドゥリアンは表情を強張らせた。「療養院の魔法使いの妖術なんか──」


「療養院で治療魔法を受ければ、完治するのに数か月かかる傷も数日で治る」


 百人隊長の声。ドゥリアン達は声のした方を振り向いた。


「それに軍も食料を無駄にしないですむしな」と、ダリオンは笑みを浮かべた。


「ふっ、隊長」


 レイベスはにこりと笑い、ドゥリアンはため息をついた。


「ありがとう、軍医」


「いえ」


 軍医が立ち去ると、ダリオンは彼が座っていた椅子に座り、ドゥリアンの腕を軽く触った。


「痛っ!」


「これじゃ軍務は無理だ」ダリオンは優しい表情で部下を見た。「大人しく療養院にいけ、ドゥリアン」


「そうよ。隊長の言うとおりだわ」レイベスが言った。「変な迷信なんか捨てて、素直に従いなさい」


「迷信?」


 ダリオンが顔を向けるとレイベスは頷き、「魔法をかけられると、終末の日に船に乗せてもらえないって信じてるんです」と笑いながら言った。


 世界が滅びる日、冥界の管理人サーヴェを船頭とする巨大な船が現世に現れ、様々な生命を助けにやって来る。これがパラント人に伝わる終末予言だ。


 富める者も貧しい者も、罪人も罪を悔いていれば救済される。そう伝えている予言が主流ではあったが、それにあらゆる物を付け足した物も広まっており、ドゥリアンの様な迷信を信じている者も多かった。


「ハハッ、そんな迷信、どこの詐欺師に吹き込まれたんだ」


「……母親です」


「え? 母親?」ダリオンはレイベスを見上げた。


「兄さん、あの人の言うこと本当に信じてたんだ」レイベスはクスクスと笑った。「占いの結果だからって、私を売ろうとした人だよ?」


「ああ、だけどお前が産まれていない頃は母親もまともだった。その頃に俺はそう聞かされたんだ。」


「ふっ、その頃もまともだったとは言えないと思うけど」


「……お前は昔の母親を知らないからそう言えるんだ」


 レイベスはムッとした表情で兄を睨んだ。


「まぁ、ともかく」ダリオンが口を開いた。「迷信が真実にせよ、療養院送りは覆らないんだ。だから大人しく従え、ドゥリアン」


「……はい」


「よし」ダリオンはドゥリアンの肩を叩き、立ち上がった。「じゃあ、ゆっくり休め」


「隊長、ありがとうございます」と、レイベス。


「いいんだ」


「土いじりを始めたら手紙を下さい。必ず行きますから」レイベスは敬意のこもった笑みを浮かべた。


「ああ、分かった」





◇◇◇◇





 退役が認められると、ダリオンは帝都に向かった。


彼は壁の外で、ダリオンの生まれ故郷、大陸辺境の国スレンバリルに向かう隊商を探した。帝都は人で溢れており、ダリオンは空いている荷馬車を見つけるのに苦戦した。


「スレンバリルまで乗せてってくれませんか?」


「満席だ。悪いが、他を当たってくれ」


「そうですか……」


「待って!」


 四度、荷馬車への乗車を断られ、その場を後にしようとした時、女性の声がダリオンを呼び止めた。


「今、隣を空けるわ!」


 胸元が開いた黒いドレス、茶色のブーツ。ブロンドの美しい女性が元気良く手を挙げた。彼女は席を占領していた自分の荷物を膝にのせ、ダリオンを手招きした。


「はい、掴まって。……よいっしょ!」


 ダリオンは親切な女性に引っ張られ、馬車に乗った。馬車の乗客は皆、無愛想で、明るいのは隣の女性ただ一人だけだ。


「ありがとう、今日はもう馬車に乗れないかと思ったよ」


「ふふっ、私もやっとの思いでこの馬車を見つけたのよ」女性は笑みを浮かべた。「百人隊長の鎧なんて着ちゃって、軍の任務?」


「いや、軍は退役した。スレンバリルは私の故郷なんだ」


「そうなんだ。私の家族も昔はスレンバリルに暮らしてたのよ」


「本当に?」


「ええ、本当。小さい頃だけどね」レリアは微笑み、手を差し出した。「レリアよ。レリア・プランティス。貴方は?」


「ダリオン・ザレンだ」


「宜しく、ダリオン」レリアは微笑み、ダリオンと握手を交わした。「私は冒険の第一歩を踏み出そうしている所よ。スレンバリルには数多くの遺跡があるから、まずはそこを探検するつもりなの」


「……たった一人で?」


「いいえ、現地で仲間を募るつもり。……だったんだけど」レリアはダリオンを見た。

「ゴホン……貴方、なにも予定が無いのよね?」


「ああ、まぁな」


 レリアは微笑み、ダリオンの肩に手を回した。その目は輝いている。


「だったら暫く私とコンビを組まない?」


「……ええ? 君と?」


「そう、“君と”。お金も払うし、悪くない話だと思うけど? ……お金そんなに持ってないんでしょ?」


「まぁ……」


「だったら話は決まりじゃない! 百人隊長さん! 貴方は私に武術を、私は貴方に銀貨を提供する。ウン! 私達、きっと良いコンビになるわよ!」


(これも何かの運命か……)


「わかった、宜しく頼む」


「へへ、こちらこそ宜しく!」レリアはダリオンの肩を叩いた。「実を言うと貴方を一目見たときから仲間に入れたいなと思ってたんだ! ほら、貴方凄く強そうだから!」


「フッ、それはどうかな」


 荷馬車に揺られながら、レリアとダリオンはお互いの事を話し合った。


レリアは親に連れていってもらった旅行での小さな冒険談や、帝都の下水道を友達と探検した(そして怒られた)事を面白おかしく言い、ダリオンを笑わせた。


 一方のダリオンは二世紀の軍隊生活で起きた緊迫した出来事や、戦地で遭遇した不思議な動物のや、野営地として使った遺跡で起きた怖い体験談を淡々と語り、レリアは青い瞳を輝かせ、ダリオンの話を興味深そうに聞いた。


 話を続けていくうちにダリオンとレリアは故郷が同じどころか、同じ町の出身で同い年だった事を知った。もし子供の頃に出会っていたら良い友達になれただろうに、そう二人は笑いあった。


「不思議な巡り合わせね。同じ町で同じ年に生まれた者同士が、何百年後にこうして初めて会うなんて」


「そうだな。まったく不思議だ」


「ふふ、これも何かの運命かもね」


そう言うと、レリアはダリオンの顔を見た。月明かりに照らされた彼女の顔は美しく、その青い瞳は輝きを増している。


「ダリオン、これから宜しくね。仲間として、同志として」


「ああ、宜しくな」

最後までお読みいただきありがとうございます

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