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魔王「勇者がスローライフを始めてしまい我を倒しにこない件について」

作者: 茅野

 剣と魔法の世界「アンジェラ」は、今から300年程前に魔界から現れた魔王レヴュアタンによって危機に瀕している最中だ。

 これまで幾億もの勇者が現れ魔王討伐を行ったが、未だに魔王は健在であり、人々はいつ唐突に現れるかわからない死に怯えて生活することを強いられている。


 そんなある日のことだ、人類の最大拠点ともいえるエニシカル王国の神殿にスパイとして送り込んだ神官から、ある報告が届いた。


 「ついに来たか……勇者よ……」


 魔王城にある王の間、王座に座する魔王の手には、一通の手紙が握られている。

 その手紙は何の変哲も無いただの羊皮紙。

 だが、すでにこの世界の8割を手中に治め退屈していた魔王から見れば、特別なものであった。


 「魔王様を討伐するため、異世界から勇者が召喚されました」と、書かれていたからだ。


 神官曰く、勇者はおっさんとのこと。 

 神官曰く、召喚されてすぐエニシカル王と揉め事が起こし王国から追い出されたとのこと。

 神官曰く、追放された先の「人類ではクリアできないダンジョン」を1日でクリアしたとのこと。

 神官曰く、実は最初からレベルがMAXでステータスがMAXだったとのこと。

 神官曰く、実は全属性の魔法が使えるとのこと。

 神官曰く、奴隷を3名買ったとのこと。

 神官曰く、スマートフォンとやらを装備しているとのこと。

 神官曰く、召喚からわずか3日でエニシカル王を倒し、勇者が新たなエニシカル王国の王になったとのこと。

 神官曰く、前エニシカル王は悪政を敷いていたため、悪政から解放された国民は大喜びだとのこと。

 神官曰く、勇者の名はタカキとのこと。


 「なるほど……これらの所行、そしてこの世界では珍しいタカキと言う名前……これがあやつの言っていた『冴えないおっさんだった俺が異世界に行ってチート無双してTUEEEEEするお話』系とかいう勇者か」


 100年ほど前、かつて魔王の側近として使えていた魔術師の占い結果を思い出す。


 「魔王様、いづれ現れる勇者タカキにお気を付けくださいませ、出来れば会わないようにしていただきたい……この名のものは、『魔王様の物語』を終わらせ、『魔王様の世界征服』を永遠に封じ、『魔王様に最悪の終わり』を、『この世界ごと魔王様を永遠の奈落へと落とす』存在でございます。後味が悪くなりますゆえお気を付けください。なにせ相手は『冴えないおっさんだった俺が異世界に行ってチート無双してTUEEEEEするお話』系勇者でございますから」


 『冴えないおっさんだった俺が異世界に行ってチート無双してTUEEEEEするお話』系勇者とはなんぞや?と当時は思っていたが、神官からの報告で大体理解ができた。なんかよくわかんないけどとりあえずTUEEEEEらしい。


 「勇者タカキよ、早く我の前に現れるが良い……ククク、今から楽しみだ」


 何年ぶりだろうか、魔王は笑った。

 ちょうど王の間を訪れた忠実な僕であるガーゴイルのエリックが魔王へとおじぎし、話しかける。 


 「ほう、魔王様が喜ばれるとは、側近である私も嬉しいところでございます」

 「おおエリックか、聞くがいい、ついに勇者タカキが現れた。これを喜ばずしてどうする?」

 「それもそうでございますね。あと、魔王様、今月の罪人を連れて参りました」


 エリックが指をパチンとならすと、部下が3人の人間を魔王の前と連れ出した。

 3人ともそれなりに恰幅のよい人間だ。


 「全員とも魔王様の支配下の町の人間どもでございます」

 「どのような罪を犯したのだ?」

 「はっ、この者は、ギルドメンバーに1日6時間以上働かせたのに残業代を支払わなかった罪。この者は、ギルドメンバーに年間5日以上の有給を使わせなかった罪。この者は、ギルドメンバーが任務でケガをしたのにそれを隠蔽した罪でございます」

 「ふむ、同じ人間でありながら、人間を道具のように扱う外道共か……人間を道具として扱ってよいのは魔王である我と魔族の者達のみ、人間にそんな権利は認められん。そやつらに対して市中引きずりの刑を行え」

 「御意、ただちにこの者らに罪を与えます」


 エリックは罪人共を引き連れ王の間を去って行く。


 「ククク、今日も人間を断罪してやったわ……さあ早くこい勇者タカキ……でないと次は人間の労働時間を1日最低7時間にしてやる。このままでは人間は過労死をし滅びの道を歩むことになるだろう、クークックック」 


 ………………

 …………

 ……


 勇者タカキが王であり勇者として正式に行動が始まってから1ヶ月、スパイとして勇者のパーティーに潜り込ませた忍者から連絡が届いた。


 忍者曰く、初めての仕事はドラゴン退治であり敵はSSS級とのこと。

 忍者曰く、勇者は剣を一振りしてドラゴンを退治したとのこと。


 「SSS級か、この私でも倒すのに5秒はかかる敵では無いか。それを倒すとは……さすが勇者だ。いまごろ人間達は希望に満ちあふれてきたころだろう。希望をコナゴナに粉砕され絶望に歪む人間達の顔が容易に思い浮かぶわ、クークックック」


 またある日、忍者から連絡が届いた。


 隠者曰く、はじまりの町から3つ目の村で、勇者が豪邸と畑を買ったとの事。

 

 「ほう、拠点を作り出したか」


 それから1年が経過したある日、忍者から連絡が届いた。


 忍者曰く、トウモロコシが無事収穫できたとのこと。

 忍者曰く、収穫されたばかりのトウモロコシをお送りしますとのこと。


 「エリックよ……どうなってるのこれ?ぜんぜん勇者タカキは我のところに来ないのだが?」

 「ははあ、どうやら今流行のスローライフというやつでございます」

 「あれか、目的があって召喚されたのにも関わらずダラダラとイベントを過ごすアレか」

 「そうでございますな」


 それから再び1年が経過したある日、忍者から連絡が届いた。


 忍者曰く、勇者が孤児院を運営するとのこと。

 忍者曰く、忍者が結婚するとのこと。


 「ほう、忍者が結婚するのか、これは祝い金を送らねば……って違うわ!!いつになったら勇者は我の元へと来るのだ?」

 「たぶん来ないかと」

 「では我はどうすれば良いのだ!?」

 「これまで通りに人類支配を目指されれば良いのでは?」

 「……それもそうだな(なんか正論言われたんだけど……)」


 ………………

 …………

 ……


 魔王が世界の9割を手中に治めたある日、魔王はなかなかやってこない勇者の元へとエリックを率いて自ら訪れていた。


 「貴様が、勇者タカキか?」

 「ああ、そうだ。あんたが女神が言っていた魔王ってやつか」


 魔王の目の前には農夫姿であり冴えない顔のおっさんがいる。

 どうやらこいつが勇者のようだ。 


 「そう、いかにもわれが魔王。魔王レヴュアタンである……単刀直入にいう!なぜ我を討伐しに来ないのだ!勇者は魔王と戦うのが運命であろう!!」

 「うるっせー俺だって好きで勇者になったんじゃねえんだよ!!!!」


 勇者は激怒した。


 「第一、魔王を倒したら俺は元の世界に戻されちまうんだ。そんなのまっぴらごめんだ!!俺はこの世界でスローライフを満喫する!」

 「それでいいのか?人間共は我に支配されて苦しんでおるのだぞ?現在は1日7時間も働かされておるのだぞ?このままでは人間達から笑顔は失われ、過労死するだけの……」

 「8時間だぁ?ホワイト企業じゃねえか!!第一なにが苦しんでるだぁ!?お前の支配下の人間たちはみんな活き活きと暮らしてるじゃねえか!もといた世界じゃあ俺なんかは1日15時間、しかも残業代なしだったんだぞ!」

 「なんという過酷な世界だ……くっ」


 絶句し、勇者の異様な強さを魔王は理解した。

 そのような地獄に身を置いていたなら致し方ないと納得する。


 「魔王!良く聞け、お前にこの世界をくれてやる、俺はこの世界を満喫する。それでいいだろが!」

 「良いわけがあるまい!我はこの100年近く、貴様と戦うのを待っていたのだ!いざ尋常に勝負!」

 「話がわけんねえ魔王だな、わかったよ、お前の両手足を切り落とし、俺はスローライフを満喫してやる!」


 勇者がくわを構えて魔王へと突撃する。

 だが、


 「ふんぬっ!」


 魔王が腕を一振りすると、分子レベルで勇者の身体が分解され、勇者はこの世界から消滅した。


 「弱い、弱すぎる。こんな結果なら……魔王城にずっと篭もって勇者と戦わずワクワクしていたほうが良かった……のう、お前もそう思うだろ?エリック」

 「そうでございますな」

 「にしても、オチは?こういうのは普通にオチがあるんじゃないのか?大どんでん返しとか?魔術師の占いは外れたのか?『永遠の奈落』とかはなんだったのだ?」

 「おそらくですが……永遠の奈落とは、永遠に落ち続ける所のこと。言い換えてしまえば……永遠にオチることがない。つまりオチがないということでしょう。つまり……魔王様の物語はこのようなオチのない終わりということでございます」

 「腑に落ちん!」


 魔王は吐血しながらそう吐き捨てた。


 「さすが魔王さま、「オチがない」に「落ちん」をかけるなんて。では、おあとがよろしいようで」


 こうして、この世界の物語はオチがないという最悪の終わりで幕を閉じたのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 茅野様 いえ、あくまで私の個人的感想ですので、また面白そうなのを読ませていただけたら幸いです
[一言] 途中まで面白がって読んでいましたが、最後のところで階段の踏み板が外れたか足場が崩れた如く、転げ落ちました。何だか少々虚しい気分に…
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