海亀の追憶 前編 テーブルトーク・RPG
今治、もとい、遠矢幸人の過去編です。
きっかけを書くだけのつもりが、白熱して長くなってしまいました
アメリカのとある企業が運営する某大手動画サイト、ComTubeが日本にある支社を引き払って、はや八年。
その頃は、日本における動画サイト市場はどろんこ動画とComtubeの二強であり、まだクーリエtuneは試作段階であった。
ComTubeはクーリエtuneと同様に動画に広告がつき、そのうちの数割が動画投稿者の取り分となる。撤退当初、動画投稿を生業とする大勢の人が路頭に迷うことになるところを、間一髪でクーリエtuneが救った。
クーリエtuneは広告代理店三社の共同グループが広告を管理し、設立当初はそのうちの一社が運営管理を行っていたが、今はその子会社、株式会社クーリエがその役割を担っている。
現在、クーリエtuneでは三通りの投稿者がいる。
まず、芸能事務所に属する芸能人ないしはアーティスト達。彼らは通称アクターと呼ばれ、広告企業からの依頼で商品のPVなどを作成、投稿する。
ふたつめは専属タレント。動画投稿を行う一般人のなかで、クーリエtuneにタレントとして登録され、他サイトに動画を投稿しない代わりに率先して高額な広告をまわしてもらえるよう契約を交わした人間だ。関口陽太、佐々木淳平はこの専属タレントにあたる。
そのどちらにも属さない人間は、俗語で野良投稿者と呼ばれ、前の二者と異なり、投稿した動画に自身で広告をつけたりはずしたりすることができる。
アクターが台頭する時代である以上、専属タレントならいざ知らず、野良の投稿者が再生回数やファンの数で彼らを越えるのは非常に稀有だ。
だが、それを成し遂げた者がいる。
VONU。
これは四年前に謎の失踪を遂げた、とある実況者二人組の話だ。
ソーラーノイズ
第六話 海亀の追憶 前編
テーブルトーク・RPG
駅から歩いて三十分、寮からはおよそ八分。
大学のキャンパス区域に入り口から入ると、まず講義用の学生棟が二つ、道をはさんで対にあり、そこを越えると広いグラウンド。右奥には長いプレハブがあり、そこでは主にサークル活動が行われている。左奥には細長い建物がふたつあって、そこは教授が使用する研究棟だ。もうひとつは資料を管理する図書の役割を果たしている。
今日は登校初日……から一日たった二日目だ。
単位の説明は昨日受け、配られた資料からもう受ける教科は決めていた。新学期の準備は万全だ。……友達は、まだ出来ていないけれど。
とりあえず図書から回ってみよう。どうやらそこにはラウンジがあるらしい。学食も同館とのことだ。一度見ておきたい。
「テニスサークルでーす」
「新歓会きてねー!」
チラシを配る先輩方が目立つ。入りたいサークルがあるわけではなかったが、漫画は好きだから、漫画に関するサークルには興味がある。
校庭をぐるっと回るように歩いていると、突然腕を引かれた。
驚いて振り返ると、見ず知らずのなんだか先輩そうな人が額を汗で濡らしぜえぜえ息でまくし立ててきた。
「君だ!君しかいない!混沌の世を統べる勇者!」
なんだこの人怖い。だがなんだかとても必死そうである。
好奇心もあって、腕の引かれるままついていくと、サークル棟の、地下へと通された。
地下にはスタジオが四つ並んでおり、そのうちのひとつ、ゲーム研究部使用中、と貼り紙がされた扉の前で、
「携帯切って」
言われるがままに携帯をオフにする。それを確かめると、先輩そうな人は扉を開けて手を叩いた。
「注目!!注目!!助っ人つれてきました!」
部屋には大きな木製のテーブルが置かれ、その上にサイコロやなにか細々としたおもちゃが並んでいる。中の人間がいっせいにこちらを見た。
怖いです。
「イツキ、どこの人だ、その人」
そのうちのひとりが怪訝そうな顔で、近づいてくる。イツキ、と呼ばれた先輩そうな人が、こちらを見る。
「君、どこの人なの?」
「えっと、文芸学部の……」
「新入生?」
「はい」
「ここに入りたい子?」
「あ……えっと」
イツキが頭を叩かれた。暗がりのなか、申し訳なさそうな顔で話し掛けてくる。
「俺、ここの部長の津名っていうんだけど……今から生放送を撮りたいんだ。今忙しいかな、すぐ終わるんだけど」
「すぐは嘘っすよ」
津名の言葉にイツキが鼻で笑う。津名の二発目が飛ぶより先に、口が開いた。
「自分にできることでしたらお手伝いしたいです」
「マジか、ごめんね。ほんと助かるわ」
礼もそこそこに、津名が奥に向かって「お前ら準備しろー!」と声をかけている。イツキが両手を合わせ、
「本当ありがとう!助かった!ところで君、名前なんていうの?」
不意に部屋の明かりがついた。光源や音を操作するオペレーター部屋で、誰かがスイッチを入れたのだろう。
テーブル周りに四人、オペ部屋に三人、たったこれだけの人数なのに、なんだかたくさんの人が自分のことを見ている気がして緊張してしまう。
「遠矢、幸人と申します。よろしくお願いいたします」
頭を下げると拍手が聞こえた。
それは、聞きなれない響きをもって、しかし確かに、遠矢の心を叩いたのだった。
* * *
「みなさんは、ある神殿の一階にいます。その神殿は、石造りでとても古く、ところどころ蔦が絡まっています。
みなさんはそれぞれ異なる村の住民です。
神殿にみなさんが集まっている理由はひとつ、今、自分が住んでいる各々の村から、人が消えていくという現象がおきており、その問題を解決してもらおうと、神様にお願いするためです」
机を囲って三人のプレイヤー、イツキ、津名、そして先程の自己紹介で名前がわかった西条はつみが座っていて、いわゆるお誕生席には先の文を読み上げているゲームマスター、その横に記帳係がいる。遠矢はオペ室の照明側に座っているが、音響側にも人はおり、しきりに表を確認していた。
「自分は何かした方がいいですか?」
ヒソヒソ声で音響卓に話しかけると、音響卓にいる女性、吉澤美穂は手でオッケーマークを作った。
遠矢はあらためて、テーブルを見る。
テーブルには模造紙がしかれており、六マスある横長の長方形に一から六までの数字が書かれ、中央にダイスが二つとコインが置いてある。プレイヤーらはそれぞれ手元にキャラクターの設定の紙を数枚とチェスのポーン兵とチップのようなものを置いて、マスターの話を聞いている。
「みなさんには、自分のこと、村のこと、そこにまつわる神殿の各々の村の伝説だけわかっています」
ゲームマスター、波田望の言葉を受け、プレイヤーらは一様に設定をめくった。
イツキが、なるほどね、と頷く。津名はじっくり読み込み、ところどころメモをいれていた。はつみがはい、と手をあげる。
「他人の村の伝説や、他人の村の評価はわからない状態ですか?」
はつみの問いに、波田が資料をめくった。波田の手元にも紙束がある。
「隣り合った村なら分かります」
「隣り合った村ってどこだ」
「ダイスで決めましょう」
はつみ、イツキ、津名がそれぞれ黒筒でおおわれたガラスのコップでダイスを振る。コップは上から覗きこまなければ数字は見えない。波田は席を回って全員のダイスを確認したあと、各々に紙を手渡した。
「みなさんの今出した目の数字は、そこの升目の紙の数字の位置と同じです。今、皆さんには、みなさんそれぞれの隣接した数字の村の噂話をお渡ししました」
「ほおほおほおほおはいはいはいはい」
ニヤケ顔を押さえながらうんうんと頷くイツキを津名がじっと見ていると、イツキは見せてあげないよ!と撥ね付けた。
質問、と津名が手をあげる。
「お互いに会話することはできますか」
「できます。勢揃いしてます」
津名ははつみの方を向く。
「こんにちはー、今日はどちらから来たんですか?」
「観光客か!」
イツキのツッコミに方々から忍び笑いが響く。はつみはダイスを手に取った。
「ダイスを降ります」
「えっ?」
予想だにしない反応に素っ頓狂な声をあげる津名の前で、ダイスはそれぞれ10と5を示した。ダイスの目を見た波田が発言を許すサインをする。
そんなに警戒心が強い村ってこと?と津名がぼそりと呟いた。
はつみはダイスを戻して津名に向き直る。
「こ、こんにちは」
「こんにちは」
「イチの村から来ましたはつみと申します」
「どうも、えっと、ロクの村の津名です。ここには何しに来たんですか?」
「ちょっと神様に用事があって」
「え、奇遇ですね、俺もです。俺の村で人が消える事件があって、なんとかしてもらうためにここに来たんですよ」
吉澤がちょいちょい、と遠矢の肩を叩いた。吉澤から差し出された飴を受け取って、遠矢がありがとうございます、とヒソヒソ声で言うと、吉澤はテーブルを指差し、
「冒頭で、ゲームマスターが各々の村から人が消えてて、それを何とかしてもらうために神様に会いに来たって言ってたんだけど、それはプレイヤーの知る情報だから、探索者に落とし込む必要があるの」
探索者、とは、プレイヤーが盤上で動かす駒、キャラクターのことである。
「プレイヤー同士はゲームマスターから教えてもらってるから、もうお互いの境遇がわかっちゃってるんだけど、探索者はまだ情報を得ていない状態だから、あらためて自己紹介する必要があるってわけ」
「なるほど……話す度にサイコロ振るんですか?」
「ううん、多分だけど、はつみちゃんの村にある制限として、ある村の人間と話すときには警戒しろ、みたいなことが書かれてるんじゃないかな」
「警戒?」
「制限がかかってる、って方が正しいかな。質問に対して、答えるか否かをダイスで決める、って制限とかね。でもまだ村が分からないから、とりあえず応じるか否かをダイスで決めた、ってところかな」
「俺も混ぜてくださーい」
イツキが、津名とはつみに手をあげる。はつみの出目が23であることを確認すると、イツキはよし、と、ガッツポーズをとる。
「ゴの村のイツキです」
津名が手元の紙に目を落とす。噂話として得た情報を確認しているのだろうか。はつみはちらりと手元の紙を一瞥したが、特に気にした様子はなく、津名に自己紹介したままの内容を話した。津名も同様に自己紹介したあと、こう切り出す。
「とりあえず、探索を始めましょうか」
音楽が変わり、それと共に波田の声が続いた。
「建物の天井から、なにやら引き摺るような音が聞こえ始めました」
制限時間か、とイツキが呟く。
今回は、会話をひとつ行う度に時間が経過し、ストーリーが進行していくようだ。
「引き摺るような音はひとつではなく、また所々声も聞こえます。どうやら上の階に何かがいるようです」
「ちょっと別々に探索して、また集まりましょうか」
津名が提案すると、はつみとイツキが波田に、
「この部屋を探索して、階段を探します」
「じゃあ俺、落ちてるものがないか探します」
俺は一応待機で、と津名が言うと、波田が頷いた。
「まずはつみさんから。部屋はだだっ広く、岩が転がっています」
「ちなみに床は?」
「床には一面に模様が描かれています」
「模様?」
「階段は、パッと見見当たりません」
「模様……私はこの模様を知っていますか?」
「知識でダイスを振ってください」
はつみがダイスを振ると目は75を示した。
「はつみさんは、この模様の記憶がありません」
「もしかしたら、私以外の二人が知ってる可能性もある?いや、ないか」
「どうでしょうね」
波田がはぐらかすと、はつみはイツキに、
「知ってる?」
「うーん」
イツキが転がしたダイスの目は63だ。
しかし、波田が口を開くより先に、そのとなりに座る女性、今までずっとパソコンでやりとりを記帳していた中西みなとが手を上げた。
「イツキさんは落ちてるものがないか探索中だから、はつみさんと会話できないです」
あ、そうだった、とイツキがダイスをもとに戻した。
何が起こったのかわかっていない遠矢に、オペ室の吉澤が解説をする。
「いわば今は別行動タイムだから、一度合流しないとお互いに干渉できない状態ってわけ」
「わかったようなわからないような……」
「RPGをゲーム機でやったときの、通常に行われている処理を人力でやってると思えばいいのよ。探索が一通り終わると、イベントが進行する、あの感じを思い浮かべたら分かりやすいと思う」
その後はつみはいくつか能力を使って情報を集めると、探索の締め切りを宣言した。
次はイツキの番だ。
「イツキさん。あなたは落ちているものがないか、探しましたが、パッと見たところ、岩くらいしかありません」
「部屋に、柱はありますか?」
「ありません」
「部屋の中央にも?」
「……ありません」
「えっと……じゃあ、床は」
「床には模様が書かれています」
「床にかかれている模様について、知識振らせてください」
イツキが改めてダイスを振る。
「17が出た」
「えっと……イツキさんは、その模様を知りません。イツキさんの村には存在しない知識です。ただ……」
「ただ?」
「あなたはひとつ記憶を思い出しました。ある村では、不思議な模様を書いて怪しい儀式を行っている、という噂です」
「なるほど。その模様を擦ってみると?」
「模様は床に直接掘られ、擦っても変化はありません」
「模様の上に岩はありますか?」
「あーえーっと、ある、ことにしましょうか。あります」
イツキは探索タイムが終え、合流宣言をした。はつみが手元にあるメモを見ながら口を開く。
「じゃあまず私が見つけたものからね。ノートと、ツルハシを見つけました。ノートを読みます」
はつみが宣言すると、波田が頷く。
「はつみさんが見つけたノート。こちらは、床に書かれた模様と同一の模様が描かれ、横に神を呼ぶ紋様、と書かれています。次のページには長い計算式が書かれ、その解には-2、と書かれています」
「ツルハシは使えますか?」
「使い込まれたツルハシですが、まだまだ使えそうです」
そこで、イツキが手を上げた。
「ちょっと、はつみさんと津名さんそれぞれと一対一で内緒話したいんですけど」
「聞き耳使います」
「俺も一応」
はつみと津名がダイスを振るが、失敗したようだ。ちなみにその聞き耳に成功すると、内緒話は筒抜けとなる。
「じゃあ、まずちょっと津名さんスタジオの外に」
「ガチ場外?」
「もちろん」
波田が頷くと、津名はスタジオの出口に向かった。いなくなったのを確かめると、イツキははつみに、
「はつみさんに聞きたいことって本当はないんですよね」
「そうなの?」
「本当は津名先輩に揺さぶりをかけたいんですけど、津名先輩にだけ時間とったらあやしまれるじゃないっすか、だからちょっと時間潰し付き合ってほしいんすけど」
「おー、てことは、イツキは津名君が怪しいと思ってるんだね」
「まあ一応」
「じゃあこっちからも一個いい?イツキくんツルハシ使える?」
「え、あー、これですか?体力は一応高めなんで、ダイスの目次第ですけど一応成功しやすくなってるはずです」
どこで使うんだろうねー、などと当たり障りのない話をして、はつみは津名と交代する。津名が席につくなり、イツキは身を乗り出した。
「俺、はつみさんが嘘ついてると思うんですよ」
「え?はつみ?」
「俺がもってるとなり村の噂に、まじないとか儀式に特化した村があるってのがあって」
「イツキ、五の村だっけ、隣接してるのって二、四、六のどれかってことだよな」
「いや、ゴってのは嘘です。ほんとうはサンの村なんですけど、二の村がどうやら魔術系に特化してるらしいのと、なんか、疫病が流行ってるらしいんですよ」
「ほうほう」
「だから、この場所って三の村の、儀式の神殿みたいなものじゃないですかね」
「なるほど。はつみが黙ってる情報があるんじゃないかってことだな」
「そうっす。なんか聞き出せそうな技能ありますか?」
「そっちには振ってないんだよな、体力とかに全振りして」
「あー、わかりました」
長引くと怪しまれるから、とイツキは会話を切り上げてはつみを再度席に招き入れた。
そこで、音楽が変わる。時間制限により、ストーリーが進んだのだ。遠矢は吉澤の指示により、青ライトを点灯させた。
「はい、では時間の経過により、新たな変化が表れました。突然爆発音がしたかと思うと、探索者達が入ってきた入り口が音をたてて崩れ出しました。突然閉鎖空間に閉じ込められ、SAN値チェックです」
SAN値、というのは探索者らの精神力だ。ダイスの目に応じてダメージを受け、数値が低くなりすぎると錯乱状態になるなど、今後の展開に制限が増える。
「はつみさん錯乱、イツキさん錯乱、津名さん正常です」
「ちょいちょい待ち!おい!ダメージでかすぎるだろ」
「錯乱は三ターン解除なので」
イツキがむくれる。津名は思案げに口を開いた。
「俺が三回動けるってことね。とりあえず、壁づたいに歩いて、どこか脆そうな場所を探します。ツルハシを持っていきます」
「出口をつるはしで掘るってことか」
イツキの問いには答えず、津名が波田をうながす。波田はうなずき、設定を読み上げ始めた。
「壁はみな岩で作られていますが、手で叩いて歩くうちに、一部だけ強度が脆い場所を見つけました」
「ツルハシで掘ります」
「あなたがツルハシで壁を叩くと、壁は崩れ、その先に階段が見えました」
階段?とはつみが声をあげる。ここに来て、上に上がる選択肢が出てきたのが意外だったのだろう。
「他の二人はまだ動けませんか?おれにはあと二回アクションが残ってるのかな」
「……そうですね」
波田の言葉に津名が頷く。手元の資料を見て、どう動くか考えているようだ。
「じゃあ、階段上ります」
「上には何があるんだろう……」
「引きずる音、とか言ってたけど」
はつみとイツキはわくわくしながら波田の言葉を待つ。
それは遠矢も同様で、はやる気持ちで波田の先の言葉を待った。
「遠矢くん、音楽フェードアウトさせて」
吉澤の言葉に慌てて遠矢が音を下げると、波田が口を開いた。
「あなたは階段を上っていきます。階段はそこまで長くなく、上りきるとそこには、縄で締め上げられている人間が数十人、周りには白装束の人間が囲うように立っています。床には模様が描かれています。白装束の人間はこちらに向かってあるいてきます」
「会話します」
「会話すんの?大丈夫なの?」
「俺ら次のターンで動けるから一度こっち逃げた方がいんじゃね?」
はつみとイツキが抗議するが、津名が会話します、と続けた。
「長、二人、連れてきました」
照明が徐々にフェードアウトしていくにつれ、波田が言葉を紡ぐ。
「白装束の人間は頷くと、背後にいる定位置に立つ白装束らに合図をした。白装束らが呪文を唱えると、一階と二階、それぞれの床の紋様が光り、辺りを照らしていく。ゴゴゴゴ、という音とともに、このさらに上の階に、なにかが降り立つような音がしました」
照明が完全に落ちるのを待って、遠矢が音楽を付ける。エンディングに似つかわしい、しっとりとした曲が流れ、薄暗いオレンジの照明がともると、はつみとイツキは同時に声を上げた。
「は!?」
「なにそれ!!どういうこと!?」
ネタばらしをするとね、と津名が設定をひらひらとさせる。
「多分、俺の村だけ設定が違うんだと思う。イツキが言ってたんだけど、俺の村は疫病が流行ってて、それを何とかしてもらうためにこの神殿に来ていたと」
「じゃあロクの村ってのは嘘だったの?」
「ウソウソ。で、どうやらその神様の生け贄として、他の村から人をとってたらしい。それで、二人足りなかったところに、ちょうど二人来た、みたいな感じ」
うわー!とイツキが頭を抱えた。
「なるほどー!つまり、他の村から人が消えてった理由と、津名先輩の村から人が消えてった理由は違うんだー!うわあー騙されたー!」
「イツキ君、津名が怪しいって言ってなかった?」
「いや、すみません。完全にはつみさんを疑ってました」
イツキの唸り声を遮って、津名がはい、じゃあ挨拶、と手を叩く。
「部長の津名です」
「副部長のはつみです」
「二年イツキです」
「二年波田です」
それぞれがカメラに向かって軽く挨拶をする。
「今回のテーブルトークRPGのシナリオは文芸サークルの中西みなとさんより提供いただきました。撮影協力は映画サークルまる文字さんにご協力いただきました。ありがとうございます」
ありがとうございまーす、と面々が復唱した。
「我々こんな感じで活動してます。今回行ったのはテーブルトークRPGってゲームなんですけど、他にも色々やってるんで」
「アクションゲーとかね」
「アクションゲーとかやってるんで、是非、興味があったら遠慮なくお越し下さい」
最後に全員でお疲れ様、と復唱する。
カメラが止まるのを確認すると、津名がはい、と手を叩いた。
「お疲れー」
「お疲れさまでしたー」
「いやあー騙されたなー」
「一応、ツルハシで長と津名を殺すって流れもあったんだよ」
「それで二人補充ってことかー!うわー!」
各々がわいわい離席するなか、吉澤が遠矢にお疲れさま、と声をかける。
「どうだった?」
「いや、面白かったです。自分、ゲーム全然やったことないんですけど」
「ほんと?色々教えたくなるねー」
コンコン、とオペ室の扉が叩かれ、イツキが顔を覗かせた。
「みっちゃん先輩、ありがとうございました」
「いえいえー」
吉澤がなんでもないようにニコニコする。イツキは吉澤に一礼すると、今度は遠矢に向き直った。
「いやあ、本当申し訳ない。助かった」
「あ、いや、こちらも楽しかったので」
遠矢の言葉にイツキが破顔した。心底嬉しくてたまらないと言ったような様子だ。
「もうサークル決まってんのか?」
「いえ、まだ」
「うち来いよ。これもなにかの縁だし」
「ゲームとか、あんまりわからないんですけど」
「そんなん全然。新しいゲームはみんな初心者よ」
ちょっと待ってて、とイツキの顔が引っ込み、しばらくして入部届けの紙を持って戻ってきた。
「まあ、別に今日じゃなくても全然いいから。このあと俺ら片付けしてから打ち上げなんだけどどう?」
「……あー、その、一度考えます」
遠矢がスタジオから外へ出ると、外は眩しいほどの青空だった。ずいぶんと長い間そこにいた気がするが、実際には一時間もたっていない。
「ゲーム研究部か……」
そして後日、入部届けを握りしめた遠矢が彼らと再会を果たすのは、また別のお話。
遠矢はガチガチのオタクではないので、ゲーム実況をさせるまでの導入に悩みました。
アクション系よりもトランプとかウノのようなテーブルゲームの方がゲーム未経験の遠矢には刺さりやすいかなと思い、前々から個人的に気になっていたTRPGの話をいれてみました。
今までも作中に出てくるゲームはその場で考えたものなのですが、TRPGにいたっては何度も実況動画を見て練り直しました。
しかし初見で分からないところはあえて調べず、細かい設定で読んでる側が嫌にならないように削れるところは削り……としていたので、非常に簡略化された描写になっていると思います。