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ソーラーノイズ  作者: 暑中見舞
3/6

恐怖の実況

遠矢幸人=今治

関口陽太=ねり梅、ねりー

精肉屋、床屋、豆腐屋。

まばらに店が立ち並ぶ住宅街のモノクロ写真を背景に、「終わらないニちじょう」という赤い文字が浮かんでいる。

土曜深夜一時を回る頃。遠矢幸人の眼前のパソコン画面にうつるのは、ホラーゲームのタイトル画面だ。遠矢はソフトのレコーディングボタンを押し、平常心を保って語りかける。


「ある男の、夢の話をしましょう」


ソーラーノイズ

第三話 恐怖の実況


遡ること二十四時間前。

動画の投稿後の深夜一時、メールの確認をしていた遠矢は、ねり梅からのメールに気付き動揺していた。

メールにはパソコンゲームのリンク先と、動画の投稿方法を説明した動画のURLがギガファイル便で貼られていた。

パソコンゲームの方のリンク先には三つのゲームの案内とそれぞれのダウンロードボタンがあり、ホラーゲーム醒まさない夢・三部作と案内が出ている。

どれもプレイ時間は八時間だ。


「こんにちは。いつも今治さんの動画楽しく見させてもらってます。

ときに、今治さんは、二十四時間耐久プレイをご存じですか?

二十四時間カットなしで動画をアップするのが、どろんこ動画って動画で若干流行ってます(・ω・)!!

今治さんは今年で三周年とのことだったので、僕のおすすめゲーム三作品をプレゼントします。有料ですけど、僕が先にお金を払ったので、画面右上のパスワード欄にパスワードを入れたら無料でダウンロードできます。

今治さんの二十四時間動画、楽しみにお待ちしてます!


ねり梅」


メールを読んだ遠矢は唸る。

ホラージャンルは大の苦手だ。

映画を見たこともなければゲームをやったこともない。

だが、せっかくもらったのに、やらないままにしておくというのももったいない。

それも、なにしろあのねりーが推すゲームだ。きっと面白いに決まっている。

遠矢はとりあえずダウンロードだけすることにして、デスクからノートを取り出した。

各プレイ時間八時間で、三部作。首尾よくいけば綺麗に二十四時間でおさまるということだろうが、そううまくいくのだろうか。

それに、ノンカットと言われたが実際そうもいかないだろう。おそらくゲームは謎解き系であるから、どこかで詰まればそこは編集で短くするべきと思う。ならば、タイムロスの上限時間は事前に計算しておくべきだ。受験問題と同じで。

レコーディングプランを考えるうちに、ゲームのダウンロードは済んでいた。

あと必要なのは、腹をくくること。

そして時は、二十四時間後へ続く。



「ある男の、夢の話をしましょう」


流れる字幕を、遠矢が読み上げていく。

ある男の夢の話。

舞台はモノクロームの街。

その世界はゴーストタウンとなっており、そこにはある一族と、一人の少女だけが住んでいる。

主人公となる自分は、その一族に見つかることなく少女を探さなければならない。

もしも見つかってしまった場合は……。


「ゲームオーバー、かな?多分。他考えられないですよね」


思案げに遠矢が言う。


「夢で殺されると現実でも死ぬ、みたいな。そのバットエンドは見ておきたい気もしますね。ちょっとホラーゲームは不慣れなので、さくさく回収できるか自信ないんだけど……んっ?」


ペースを取り戻して調子良く喋っていると、画面がぐるぐると回りだし、突然歪んだ顔の女性がぎょろりとこちらを向く絵が出てきた。咄嗟のことに悲鳴を上げてのけぞる。


「ひっ、なに!?なに!?」


断末魔と共に赤い画面に切り替わる。

ゲームオーバーの文字。


「……え、なんで?」


遠矢が今にも泣きだしそうな掠れ声でささやく。


「もしかして、操作しない時間が長くなるとゲームオーバーになるの?」


マイク付きヘッドホンでレコーディングをしていたが、もう今すぐにでも外してしまいたい。

コンマ数秒の沈黙のあと、遠矢はえーっと……と躊躇いがちに口を開き、何事もなかったような調子で、


「早速やっていきまーす!さあさくさくやっていくぞー。みなさん、怖くないですよ。私がついていますからね!おっ、主人公はこの男の人かな?」


今治の操作に応じて、部屋にいるキャラクターが動く。マウスのスクロールボタンを操作すると視点が切り替わり、画面がアップになる。


「あ、なるほど。これで散策をしていくってことか。気になるところをクリックしていくと」


ガラッ、と妙にリアルな音がなり、勉強机の棚が開いた。同時にバザバサ、と手紙が落ちてくる。

手紙をクリックすると、まるでフラッシュ動画のように手紙の写真が十数枚、連続で現れて消えた。その手紙はどれも不思議な絵が描かれており、ところどころペンでつぶされている。


「なんっ、なんだよもうっ!おどかさないでよね!馬鹿!」


テンパって自分でもよく分からない口調になる。


「でも俺、この画像見たことあるかも。昔掲示板で見つけたんですけど……わっ!!」


どんどんどん、と扉を激しく叩く音がして、遠矢は息を飲む。


「どちらさまですかー?」


ヒソヒソ声で声をかけるが、当然答えはない。

そろそろと部屋の扉の前に行くと、ドアが激しくガタガタとゆすられだした。


「あー、これやばいやつだぁあ……もうーなんですか!?宗教なら間に合ってますよ!!テレビですか!?受信してません!!」


ピロン、と電子音がなって、ドアの揺さぶりがピタリと止まる。

どうやらメールの着信らしい。

携帯を確認すると、そこには文字化けしているような見たこともないアドレスのメールが来ていた。

『手稿を見たあなたを、彼らは殺しにきます。気をつけて』


「手稿?さっき出てきた紙切れかな?冒頭のプロローグで一族って出てきましたけど、ある一族の秘密を知った人間は殺されてしまう、みたいな感じですかね。だったら口伝伝承してくれたらいいのに」


恐怖を紛らせるように、わざと軽口を叩いてみる。深夜の静まり返った室内が妙に広く感じられて、さらに怖い。

そんななか、遠矢はひとつの可能性を思い浮かべていた。

手稿、という言葉と不可解なイラストの紙切れ。思い起こされるのはオカルト掲示板で有名なヴォイニッチ手稿の存在だ。

古代より伝わり、今だかつて誰も解読したことがないと言われる書物。

その秘密を管理する一族と、鍵となる少女。

そして冒頭で語られた、ある男の夢、という設定。

面白い。

沸き上がる興奮に、遠矢の胸は高鳴っていた。

もっともそこには、恐怖もあったのだけれど。



「今治をどろんこに呼んだのはいい。問題は僕だ」


今治が恐怖と戦っているその頃、陽太はパソコン用ゲームショップのサイトからめぼしいゲームを物色していた。次に今治をどろんこ動画に誘い出す口実になるような実況を出せるのがベストだが、なかなか指針が定まらない。


「やっぱりバカゲー?いや、どろんこ動画だとあまり需要がないか……」


そこまで言いかけて、陽太は苦笑する。そうだ、今回の動画は視聴回数に関わらず広告費が入らないんだった。それならまずは好きなものを好きなようにやった方が良い自己紹介にもなるし、評価を見て今後の方向性を定めやすい。


「思いっきりオカルトホラーってのもいいけど、その路線なら今治にすすめたやつが最高作なんだよなあ」


惜しいことをした。といっても醒まさない夢シリーズは何度もプレイしているし、どうしても手慣れた感じが伝わってしまうだろう。それでは面白くないのだ。


「逆に、僕がやり込んでるゲームとかでもいいか」


思い浮かんだのは、妖怪大全という、妖怪を集めて図鑑を作るゲームだ。バトルはなく、謎解きが主体となっている。

このゲームの面白いところは、プレイヤーは神様で、ゲームの世界の住民、一般大衆に語りかけ、妖怪を意図的に誕生させて図鑑を埋めていくというプレイスタイルにある。妖怪は大昔のものから現代のものまで幅広くおり、神様は時間を超越して妖怪を集めていく。条件が揃わないと発生しないパターンもあり、攻略なしにすべて埋めるのは本当に時間がかかるのだ。


「よし。それにしよう」


陽太は一人うなずく。妖怪大全なら二作目、三作目も出ているし、派生ゲームも多い。今治の動画は本気のオカルト系のものが無さそうだったから、既存の投稿動画と被ることも無いだろう。


「今治、パズルゲーが苦手なのかな。おお、もしかして弱点見つけちゃった?」


今治の冷静さと丁寧な口調は余裕の大人を彷彿とさせる。かたやユーモラスなツッコミを入れたりつめが甘かったりするそのお茶目機能搭載なところが彼の魅力だ。

たまに乱暴なトークのアクション動画をあげることもあるが、そんなときの動画はほとんどNG集と化しており、荒ぶるプレイ動画に被せて「この穴に落ちないように注意しましょう」などと字幕で冷静な解説をいれているギャップも面白い。


「ゲーム、やってくれてんのかなあ」



「はい確定、もう確定。俺は、絶対コイツに復讐します」

遠矢の眼前の画面には血の海に倒れる少女がおり、彼女を挟んで主人公と老人が立っていた。

手稿の存在を知った主人公を消そうとしてくる一族から逃げ回り、主人公を助けようとする少女とようやく対面できたその直後のイベントだ。

プレイに慣れ、いくばか気が大きくなった遠矢がマウスの軌跡で老人にグリグリ円を描く。


「女性を傷つけるなんて最低ですよ。ましてや高校生なんて聖女ですから。もう私のなかでは重罪ですね。大重罪」


画面には二つの選択肢があらわれる。『老人の言い分を聞く』と『老人を殺す』の二択だ。

遠矢は老人を殺す、を選択する。

一瞬ザザッとノイズ音が聞こえた、ような気がした。

画面にぽつぽつと字が現れる。


『僕ハ……老人ヲ……』


先の言葉を見ようと画面をクリックすると、真っ黒い画面になり、そのままエンドロールが流れてきた。


「……え?どうなったの?これは黒幕を倒したってことでいいのかな?お疲れさまでした……いやまだ終わってないけど。まだ二本ありますけど」


遠矢は実況中にメモしていたノートを見返す。


「えーっと、このまま二部に続くんですが、ちょっとおさらいしましょうか。

夢の中の主人公は、ヴォイニッチ手稿を数枚手にしていて、それを守る一族に追われていました。少女が……これは誰かまだ明確にわからないのですが、少女が主人公をその一族から守ってくれていました。最後、少女は一族の長に殺され、主人公である僕は長を殺しました。

途中で、地下世界への入り口を見つけましたね。カエルみたいなものがたくさんいて、本の話をしていました。これは二部で明かされるんでしょうかね………あっ」


遠矢がそこまで喋ったところで、先程のものクロームの景色から一変、画面に青い世界が広がった。


「おー!夢から醒めたのかな?」


字幕が流れてくる。


『ずいぶんとはっきりした夢だった。

夢の中で、僕はなにか重大な選択をしてしまった気がする。

寝ぼけ眼で目を擦ると、ベットから降りてリビングに向かった』


リビングのテーブルには朝食が並んでいる。

つけっぱなしのテレビからは、アナウンサーの声が聞こえてきた。


『僕は気づいてしまった。この世界から、「人間」という概念が消えてしまっていたことに』


「え?どういうこと?」


遠矢が眉をひそめる。


「少女は実は主人公の頭の中の機能の象徴で、壊されたことによって主人公は人間でなくなったとかいうこと?」


だが、世間から概念がなくなった、という言い方が引っ掛かる。


「これは気になる展開ですね」


遠矢は、次作、「かゲの世界」をクリックした。

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