今治
「ハハハハハ!!どけどけ貧民共ー!このロックミサイルの餌食にしてくれる……あっ、死んだ。アハハハ!誰だよぉーチクショー!」
飛んだり跳ねたり、テレビの画面に広がる街中を自在に動き回りながら敵を緻密に、時に大胆に射撃していくキャラクター達。
サバイバルゲームの対人戦のまっただ中だ。といっても、通常のサバゲーと異なりキャラクターはマシンガンやショットガンの代わりに楽器を持っている。
BGMは有名なクラシックをアップテンポにリメイクしたものが流れており、プレイヤーが操作するキャラクターらはどこか踊っているようにも見えた。
その画面を前に、一人の男性がグラスに注がれた焼酎を脇にコントローラーを握っている。
「あーやっぱ仕事明けの実況は最高だなー!もう何杯でも飲める。あ、シラフですよ?水だからこれ、透明な水。ちょっと甘い香りがするけど。あとカラスミがウマい。あー明日仕事生きたくねえなー!っと、よいしょ!ほい、撃破!」
彼が操作するキャラクターの必殺技、ロックミ サイルが炸裂し、敵が激しく吹っ飛んだ。
「よっし、今回調子いいしあとは縛りプレイでいくか!じゃあねぇ……今日は、残り時間を敵陣で、ノーダメクリア!死んだらごめんみんな!ハハハ死にそー!」
ひとしきり笑ったあと、コントローラーを握る手に力を込め、表情を引き締める。
敵の集中砲火をバリアで突っ込み、必殺技で一気に蹴散らす。そのまま高く飛んで距離をとったら狙い撃ち。着地と同時にバリアをはり、攻撃がやむとすかさずため技の範囲攻撃。
多対一をものともしないプレイスタイルは、一時の武将を思わせた。
「イイィィィィイヤッホオォォォォゥウ!!!フィニーッシュ!!」
コングの音共にゲーム終了の字幕が出る。拍手の演出と共に表れたのは……。
you lose。
「うっそ、負けたの俺ら!?うわー相手のスコアが高かったのかー!まあたしかに俺も集中切れたしなあ。でもめっちゃ楽しかったなー!くそー負けたの悔しいわー!」
焼酎で喉を潤し、締めの言葉を口にする。
「もう夜も遅いんでここらでおしまいにします。じゃ、次回またお会いしましょう!今治でした!お疲れさま!」
ソーラーノイズ
第二話 今治
「……何してんだよ俺」
次の日の夜、仕事を終えて帰宅した今治、こと遠矢幸人が溜め息をついた。
眼前のパソコンからは、昨晩レコーディングした実況が流れてくる。
「こんなんただの自己慢動画じゃねーかクソ」
動画に使えそうな部分を探すが、どこを切り取っても飲んだくれサラリーマンの愚痴にしかならない。しばらく編集画面とにらめっこしていたが、椅子にもたれ掛かって大きく息をついた。
「やめだ、没。別のにしよう」
諦めて、別の日に撮ったゲームの録画を探す。しかし、どれも似たような実況ばかりだ。ジャンルは違えど「俺を見てくれ」感が透けて見える。
自分の実況だから尚更そう感じるのだろうか。
「実況ってなんだよ」
哲学である。
息抜きに他人があげた動画を見ようとクーリエtuneで検索をかけると、ちょうど自分があげた実況と同じゲームをプレイしている動画を見つけた。ねり梅の動画だ。
「あ、ねりーじゃん」
面識はないが、勝手にそう呼んでいる。
彼とは投稿時間が重なることが多く、投稿後に自分の動画の確認する際、新着動画の欄でよく見かけるのだ。
再生ボタンをクリックすると、快活だけど控えめな声が流れてきた。
若そう。
ちなみにゲームの内容は日本人形と彼女になる、というバカみたいなゲーム、通称バカゲーだ。
ある日、高校生の主人公が動いてしゃべる日本人形に告白されるところから物語が始まる。
彼女を家に帰したはずが戻ってきている、髪の毛の伸びる速度が早いなど要所要所に日本人形の要素があり、ハッピーエンドでは「彼女を人間にする」という比較的ありきたりな、しかし美しい話で締めくくられている。
「に、日本人形と付き合うのかあ……これ、断ったら呪われんだろうなあ」
最初の選択肢でねり梅が渋る。
「これなかなかうん、付き合おう!って言えるヤツいないでしょ。なに、女ならなんでもいいみたいな?全員抱いたぜ的なこと?それとも僕の目が日本人形に見えてるだけで本当は美少女とかだったりすんのかな。えー……」
こういう逡巡が、ねり梅の動画には多い。明らかにイエスを選ばないとストーリーが進まない場合でも、必ず迷う。
だがそれは、ゲームに入り込み、楽しもうとしているからだろう。
遠矢から見ると、ねり梅の実況したゲームはすごく面白そうに見えるのだ。
「うーん、僕、人間やめられません!ノー!」
「ノーかよ!」
流れるようなバッドエンド。日本人形の顔が次第に近づいてきて、画面が真っ暗になる。
「わー!死んだ!」
ねり梅がけらけら笑う。バットエンドを一番最初に回収するのも彼の動画の定型だ。遠矢は動画を見ながら、顎に手を当てて思案する。
「ねりーのは独りよがりに見えないんだよな。なんでだろう」
遠矢としても、自分が楽しいだけの動画はあげたくない。見ている側にプラスになるような、なにかメリットがあるような動画にしたいとは常日頃から思っているのだ。どんなエンターテイメントだって、見る側が楽しくなければなりたたない。
「ゲームに対してもっと言及する?作り手にもっと言及する?そんなん見てて楽しいか?それなら爽快プレイで画面映えしたものがいいんじゃないか?」
それに、語りを増やしたところで自分の知識をひけらかしている自己顕示欲のかたまり動画にしかならない。
最近は、録画ごとに自分の嫌なところが見えてくるのが辛くて投稿の頻度も落ちていた。
それでも遠矢が投稿を続けていられるのは、ある友人との約束と、なによりも応援してくれるファンがいるからだ。
「……昨晩録ったヤツ編集するか。すげえ失敗したとこばっかにして。道化になろう、そう、俺は道化だ」
そう無理矢理自分を納得させて、遠矢は動画編集の画面に戻る。
この時、遠矢のもとに一通のメールが届いたが、そのことに気づいたのはもう少しあとの話だった。
同日、夜十一時。
ねり梅、こと関口陽太はほの暗い部屋のなか、ベッドに横になり、タブレットで動画を見ていた。部屋にはそのタブレット以外の光源はない。
見ているのはどろんこ動画にあがっている【24時間耐久】突撃したい心霊スポット50選、というタイトルの動画だ。
めがね、パパイヤと名乗るひょろながとぽっちゃりの二人組が、日本各地にある心霊スポットを、ヒッチハイクでめぐるという企画である。
「昔はこういうのしょっちゅう見てたなあ」
陽太が苦笑混じりに言う。
どろんこ動画の面白いところは、最長二十四時間の動画が投稿可能であるという点だ。ちなみにクーリエtuneは十二時間が限度である。
陽太はこの二十四時間投稿を理由に、今治をどろんこ動画に引きずり出そうと考えていた。
挑戦のメールなら先程送ったばかりだ。ご丁寧に、どろんこ動画へのアップロードの流れを表した動画のリンクも添付して。
「見てくださいよ、ほら、みなさん。この石、帝釈天って書いてありますよ」
「おおー!帝釈天って、民話によく出てくるんですよねー。大切に育てていた娘が実は帝釈天で、育てた夫婦は涙ながらの別れをしたあとほこらをたててやったっていう」
「授業でやりましたねー」
タブレットから二人の声が流れてくる。心霊スポットと言えば夜の実況が定番だが、ここはさしずめパワースポットといったところか、昼間なので辺りがよく見えて風情がある。背丈ほどもある石が湖のほとりに安置してあり、細身の体躯で眼鏡をかけためがねがその石と背比べをしている。
どうやら二人は大学生で、民俗学系の学部に所属しているようだ。
「へー、結構真面目なやつなんだ」
見ているうちに、だんだん羨ましくなってくる。自身に大学時代に充実した時間を過ごした記憶はないが、その当時一緒になってつたないゲーム実況をした友人との思い出はとても懐かしい。
「そういやあいつ今なにしてんだろ」
かつての親友、今は佐々木猫の名前で活動している佐々木淳平のことを思い出す。
大学時代、自分と同じゲーム研究サークルに所属していた友人だ。
卒業後にぱったりと音沙汰がなくなったが、風の噂……もとい、SNSで彼もまた自分と同じように動画を投稿しているという話だけは聞いていた。
かつての友人という気恥ずかしさから、ハンドルネームを知っていながら動画を検索したことすらなかったが、思い出すと俄然、興味が湧いてくる。
陽太は今再生している動画を止め、クーリエtuneを開いた。佐々木猫、と検索すると、ゲーム実況もさることながら、猫とふれあっている動画もたくさんヒットする。
どうやら飼い猫の育成動画らしい。
「色々やってるなあ」
あいにくというのか案の定というのか、佐々木の姿は動画にははっきりとはうつらず、うつっても腕しか見えないので、自分の知る佐々木のままかどうかは分からない。
「あいつもどろんこ動画に誘ってみようかな」
少し迷ってから、携帯を取り出す。
「……うーんと」
はじめの言葉、なんて切り出そう。
久し振り?だろうか。それとも元気?とかかな。
堅苦しいのもコミュ障っぽくてバカにされそうだけど、なれなれしいと思われるのもなんだか嫌だ。
って僕とあいつ、本当に友達かよ。
「よーし、こんなもんで」
時間をかけてメールを打ち、送信ボタンを押したが………。
『宛先エラーで送信できませんでした』
「やっぱり!!!!」
メインの登場人物がちゃくちゃくと出揃いつつあります。
書ききりたいなあ