二十九話 昔々とある男の話
■500年前──エルフの森 【ジェド=???】
最悪だ。
暗転した視界が晴れると、見覚えのある景色だったんだ。
それは見渡す限り巨木が立ち並んで、木々の間の雑草からは可愛らしく花が顔を覗かせている。
ウウサギやリスス、といった小動物もちらほら見える。妖精は煌びやかな粉を振り撒き空を泳いでいる。
そんな平和な森のことだ、もちろん辺り一帯に視界を奪うほどの霧なんてあるはずもなく、日の光は燦々と降り注いでいる。
そこを、その五百年前のエルフの森を、誰もがイメージするであろう平和極まりない時代のエルフの森の道無き道を、五百年前の僕は歩いている。
──僕の意志とは無関係にね。
そんな事はさておき。
ひとまず、この状況を整理しよう。
僕が撃った魔法、思い出せ最悪の悪夢をは、魔法を撃たれた者のトラウマやその者の人生を一変させた最悪の思い出を無理矢理引き出し、追体験させるといった幻術なんだ。
だからあくまでも追体験、簡単にいえば意識だけを過去の最悪の思い出にどっぷり浸からせて、せっかく忘れていたような嫌な思い出を溢れんばかりに浴びさせて精神崩壊させるという物だ。
しかし、こんなの魔法で意識を遮断すれば簡単に無力化できるじゃないか、とか思うだろう?
残念。
そんな誰でも思いつくような抜け穴を僕が想定していない訳がないだろう。誠に残念なことにこの幻術は、受術者の意識は一切反映されない。
幾らその悪夢から抜け出そうとしても出られない、やりたくないことでも強制的にやらされる、喋ろうとしても喋るとこもできない、勿論動くことも。
過去の自分がしたこと以外の事は何一つ行うことは許されない。
つまりは、この幻術は過去を変える事は出来ないと言うことを再確認させるんだよ。悪夢をもってね。
だから最悪。
あぁ、そう言えば今喋っているのはあくまでも頭の中だからね、判定には入らないんだ。寧ろ判定に入らないからこそ、考える事は出来るからこそ、一層効果が増すというのもあるしね。
喋り方については気にしないでくれ、完全に趣味だから。
でだ、なんで僕がこんな所にいるのかってことなんだが……考えるだけでも悍ましい。
本来ならば自分の展開した魔法を自分自身で受けるなんて僕のレベルの魔法使いなら故意的でなければあり得ないんだ。
しかしながらなぜ僕が、懐かしの最悪な場所にいるのかと言えばやはりあの女。少年の前に立ちふさがったあの女に思い出せ最悪の悪夢をを弾き返されたから、と言うことになるのだろう。
なぜだ。
そんなことできるはずがない。
──とは思ったが。
まぁ、実際のところ魔法だから跳ね返す方法がないわけでないんだよ。
しかしながら、その上位魔法を彼女が使えるとは思えないし、ましてやあの男が使えるとも思えない。
上位魔法と言えば、彼女が使っていたあの暗闇を反転させる稲妻、あれも上位魔法だ。それをなぜその魔法をあの程度の魔法使いが使えるのだろうか。
結果としては全くと言って使えたとは言えないけれど、しかし発動自体はできていた、いや起動か。
そう考えると彼女はいったい何者なんだと言う疑問が出てきてしまう。
ああもうわからなくなってきた、思考放棄だ。投げ捨てよう、不法投棄でもしてやろう。
今こんなところで考えたって、仕方のないことなのだから。
でだ、僕が今いるこの場所にいるのかという話に戻ろう。ここにいるのは確か僕の妻、すなわちソフィアを探しに来たからだったんだ、この後に何があるのかということも何にも考えずに。
いやぁ、ソフィアはとってもかわいいんだよ。
金髪でね、それでいてその髪はとっても長いんだよ、しかもしかも身長はとっても低くてそれはもうお人形みたいに可愛いんだ。
さらにソフィアは純粋なエルフだからね、僕と同じく長生きなんだよ。ああもう最高だろう、これだけで幸せなのにさらにあの鈴のような声、あれに魅了されないものなんていないんじゃないかな。
それぐらいの美声の持ち主なんだよ。
おっと、話がずれてしまったね。ここにいる理由だったっけ、ここにいるわけはさっき言った通りソフィアを探しに来たんだよ。というのもねソフィアその日はとても帰りが遅かったんだよ、確か遠くのほうまで山菜を取りに行くとかなんといって出て行ったのはいいんだけどそのまま夜になっても帰ってこなかったんだよ、山菜を取りに行ったのにも関わらずそれを食べる時間にいないなんておかしいだろう?
だからね、僕は家に一人娘を置いてエルフの森へソフィアを探しに行ったんだよ。