二十八話 教えます、加速装置の使い方!
「……ええええ!!」
エゼルの放った魔法、それが起こした惨状に思わずそんな声が漏れる。漏れるっていうレベルじゃなく叫んでるけど。
もう、すごいとかとか、とんでもない、とかとかそんな言葉じゃ到底表せないほどにものすごい事が目の前で起こっていることに、え、という衝撃の言葉しか出ない。
でもそんな中、エゼルは平然としている。
どうしてそんな平然としていられるのか最初はわからなかったけど、そのまっすぐな表情を見て俺は思いつく。
もしかして、これがエゼルの本当にしたかった作戦なのではないかと。
でも、確か作戦では──。
◇◇◇
それは俺とエゼルの作戦会議をしているときまで逆戻る。
「作戦会議よ、作戦会議」
「なんか作戦会議ってかっこいいね!」
作戦会議とはなかなかそれっぽい。それっぽいといっても、それがいったい何なのかは全く分からないけど。
とりあえずかっこいいということだけ伝わればいい。
「そんなこと言ってる暇ないでしょー、ひとまずこれから囮作戦をします」
「囮作戦? 囮作戦って、あの一人が囮になってもう一人が攻撃するあれ?」
「そうそう、単純な何のひねりもない囮作戦。それでね、説明するとまずメグミちゃんが囮になります」
「おっけい!」
おっけい?
あれ、何で今俺は囮役を一身に引きうけちゃったんだ? しかもよく考えたらエゼルは何のためらいもなく俺のこと囮にしてるし。
まぁいいや、エゼルには何かやることがあるんだろうし。
「それで、ゼルが攻撃役をしまーす」
「おっけい! というか、それしかないじゃん」
俺のツッコミによほど満足したのかエゼルは頭をかいて「でへへ」と照れる。そして「おしまい!」と、手をパンと叩く。
ありゃ?
「おしまい、って作戦会議もう終わり?」
──サムズアップ+ドヤ顔。
「待って待って、作戦会議というか、いまのじゃ役割分担を発表しただけじゃん!」
「あーそうだ、忘れてた!」
ぱっと、何かを思い出したのか俺のほうに掌をひっくり返して向けてくるエゼル。
だよね、さすがに弓を投げてまで当ててまで、俺を呼んだのにこれだけなんてないよね。
きっと何か凄い事を言われるのだと(凄い事を忘れるなんてどうかしているとも思うが)覚悟して、身構える。
「さっきの加速装置貸して―」
思ったより簡単な注文だった。
「加速装置? 別にいいけどどうやって使うの?」
訊くと、エゼルは待ってましたと言わんばかりに語り始める(そんな語りたかったことを何で忘れていたのかはさておき)。
「加速装置ってのは、その名の通り加速、すなわちほかの人と同じ空間にいながらもその何倍の時間も時間が使えるってことでしょー?」
それはそうだ、この加速装置の最大火力を出せば自分以外の人間の動きがとても遅く、まるで止まったように見えるほど加速することができる。もちろんその負荷は相当な物であるが。
だから、とエゼルは続け。
「魔法を詠唱しているときに使えば本来の何倍もの威力の魔法が撃てるってわけー」
「おお!」
言われてみれば確かにそんな使い方もできるかも。
魔法なんて使わないからそんな使い方一回も考えたことなかった。
「すごいよエゼル! さすがだ!」
「まぁねー。というわけでメグミちゃん、ゼルが魔法を詠唱するための時間をできるだけ稼いでくれない?」
「おっけい! じゃあこれ加速装置」
キューブ状にした加速装置をエゼルに手渡す。
「ありがと」
あれ? 渡したときに少し頭に残ったことがある。
「でもさ、こんなって言っちゃ悪いけどジェドならこんな作戦すぐにわかるんじゃない?」
だと思うでしょー、とエゼル。
その目は待ってましたと言わんばかりだ。
「そこが盲点なんだよねー。そして私たちが勝てる唯一のポイント。ほら、見てあの感じだとジェドはさっきまでの戦いでゼルたちのこと大したヤツじゃあないって侮ってるでしょ?」
そう言うエゼルに合わせて視線をずらすと、どこから出したのかバーベキューを一人で楽しんでいるジェドが見えた。
ああ、お肉食べたいなぁ。
なんて考えて眺めていると両頬をエゼルが触り、そのままエゼルのほうへと首を無理やり向かせられる。
そして続ける。
「でもこれって戦いにおいて一番考えちゃダメなことなの、少しでも舐めたこと考えてると隙ができるから! だからこの作戦は成功する。絶対にね」
俺たちへの油断が、甘えが、命取りになる。
これは確かに一理あった、先までの戦いで俺は全力を出していったが何一つダメージを与えられていない、これによって俺に対する余裕が出てくることは当然。そしてエゼルはそもそもなにもしていない、が故に戦いもできない弱いヤツもしくは戦闘要員ではないと考えられるのが普通だ。
「確かに、これならいける!」
ポンと手を叩いた。
◇◇◇
というわけであとはそのまま。元いた位置に戻って俺は攻撃役とみせかけ囮役、エゼルはその場にとどまり魔法の詠唱をしていたというわけ。
そして、見事エゼルの攻撃はジェドに完璧と言っていいほど命中した。
うまくいっていればジェドを一撃で沈められて、俺らはここから解放されていたはずで、少し威力が足りなかったとしてもジェドを戦闘不能にするぐらいのことはできたはずだった。
でも。
なんで、何も起こっていないんだ?
「エゼル! これは一体……?」
わからないなら訊くしかない、答えてくれるかはともかく訊けば何かしらの事はわかるはずだ。
そう考えて、エゼルに向かって叫んだ。
「ごめん! メグミちゃんやっぱり無理だった!」
両手をパンと合わせるエゼル。
「へ?」
ダメって、もしかしてこのすんごいチャンスを俺たちはだめにしちゃった?
でもあの作戦はぜんぜん悪いところなんてなかったし、これはやはりジェドが強すぎるってことなのか。これが一位と二位の埋められない深すぎる溝ってやつなのか、いや全然違うなこれは。
考えても出てこないその答えは、砂煙の向こうから聞こえてきた。その声は聞き覚えのある嫌みったらしくて毒々しいむかつく声。
「はっはっはー甘いね、圧倒的に威力不足だ」
「……ジェド」
その姿は先ほど何も変わっていない、無傷だった。
「加速装置をそのように使うと言う所は褒めてあげよう。だがな、どうやら使う本人がダメだったらしい。実力の見合わない力を使おうとするからそんなことになる。自分の実力ぐらい把握しておくんだな……でも、り」
「でもり?」
なんだでもりって、デモリって言うモンスターのことなのか? なんて考えていた時間があれば一体どれだけのことが出来たのだろうか。
でも今更遅い。
考えてもみろ、こっちから攻撃を仕掛けた後にそんなモンスターの話をするはずがないだろう、寧ろあり得るとしたら、反撃。
「思い出せ最悪の悪夢を《リレーヴ》」
文脈から逸脱した、瞬間的に発せられた詠唱。
その光弾は、今度は完全に俺を狙ったものだった。
きっとエゼルを狙わなかったのはさっきの戦いでエゼルの弱さが露見したからだろう。
もしくはジェドからして相手にするまでもないと、そういう判断を下されたんだろう、だからまだ戦う意志のあった俺から先に潰そうとしたんだと思う。
でも、結果としてはその光弾は俺には当たらなかった。
ジェドが魔法詠唱をした瞬間、同時に聞こえた声があった。
「危ない!」
声の主はエゼル。
エゼルは俺に光弾が当たる直前、大きく手を広げ目の前に立ちふさがった。
そして──直撃。
エゼルはその場に倒れ込んだ、ジェドと共に。
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