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二十六話 逃げてもいいんだよ

「再起不能?」


 その言葉を繰り返す。噛みしめるように。納得したくないその言葉を理解するために。


「そう、再起不能だよ。夢を見ていた君なら分かるだろうけどあの惨状を経験したあの女がそれを再び、経験したとする。

 勿論本人視点で、しかもそれは新しく仲間になった人たちと楽しく過ごす間に段々忘れかけていた頃に再び、思い出したくもないのに、脳みそから引っ張り出されて無理矢理思い出されたものとする。

 どうだい? 気が狂いそうになるだろう?」


「あぁ、考えるだけでも嫌だ」


 さらに言ってしまえば、エルミルはあの聞かなくてもいい罵詈雑言を完全に真に受けて全て受け止めて、攻撃も受けれるだけ全て受けようとしていた。


 それですべてが終わるのならそれでいいと。

 たった一人で。


 二回目で、結果もなにもすべて自分がどうなるかを知ってるのに逃げることもなく同じ選択をして、同じ心無い言葉を浴びせられ、最後には突き刺された。

 エルミルがなんで同じ選択をしたのかはともかくとして、そんなのを経験して気を保てる筈がないだろう。

 保てていい訳がないだろう。


「そう言うことだ、あの女は単純に気が狂っちゃったんだよ。自己犠牲のし過ぎだよあれは。可哀想だねぇ、僕に攻撃しなければそんなことにもならなかったのに」


「だからって、おまえが反省しなくていい理由にはならないよな」


「なるよ。悪いのは僕じゃあないんだ、もう一回よく考えてみなよ。僕は出来事を再起させただけであってそれ以外には何にもやってはいないんだ、悪いのはあの場面にいた全ての人間……あぁサキュバスか間違えた間違えた、失礼。この間違いは痛いね」


 またも気楽そうに笑う。

 心無い笑顔で。

 思ってもないようなことをいけしゃあしゃあと。


「ほら、そう考えるとあそこで彼ら彼女らが何にもしなければあの女はああはならなかった訳だ。だから僕は悪──」


「メグ……?」


 ジェドの言葉に重なるように、下から声がした。

 その言葉の主は考えるまでもなくたった一人しかいない、俺は考える暇もなく体に見合わないほどのか細い声の彼女を抱きかかえる。

 焦りながらも、しかし優しく。


「エルミル! 大丈……調子はいいか?」


 言いかけた言葉を飲み込む。思い起こされるのは、あの夢でエルミルが体験したあの光景。

 そしてその苦しさをごまかすように唱え続けていたあの言葉。


 『大丈夫』


 口にしたくない、出来ればエルミルにも言ってはもらいたくない。この世から消してしまいたいぐらいに憎い言葉。

 

「ええ、大丈夫、大丈夫よ」


 それを、それを彼女は、言いなれた常套句のように、自分自身で気づかぬうちに枷を掛けるように、平然と言ってのける。


 しかもその様子からかんがみるにエルミルは全く大丈夫ではなかった、額から零れ落ちる汗はいまだに止まらず、言葉だって途切れ途切れでたどたどしい。


 まるであの夢のように、エルミルは自分自身をごまかしている。

 

 エルミルにとって先ほどまでのあの夢がどれだけ恐ろしいものなのかということなんて俺にはわからない、いくら同じ映像を見たところでそれはただの記憶の再起であって現実ではない、俺が経験したものではない。

 だから俺にはわからない、エルミルの気持ちなんてわかるはずがない。


 でも。


「俺は……大丈夫なんて言わないでほしいな」


 それでも言う、エルミルが今まで頼り切っていた言葉と縁を切ってほしいと。


「…………」


 エルミルは俺を見つめると、察したのか一度黙る。

 しかしまた焦るように口を開く。


「で、でも──」


 が、そこまで言って噤む。それ以降はきっと同じことの繰り返しだと気づいたのだろう、開いた瞳孔がそう語る。


 でもそれじゃあただの思考停止だ、大丈夫と言うことしかプログラムされていないロボットとなんら変わらない。


 そんなのだめだ。

 たしかに大丈夫って言葉で誤魔化すのは一つの方法かもしれない、でもそれは応急処置に過ぎない、それだけじゃ深い傷は治せない。


 だから言う、俺は思いを、ぶつける。


「大丈夫って言葉で誤魔化さないでよエルミル、つらいときはつらいでいいんだよ。嫌なことがあったら嫌だって言っていいし、苦しいなら苦しいって言っていいんだ。もっと逃げていいんだよ、言葉で誤魔化して感情を押し込めてなんて、そんなの続けていたらいつか壊れちゃうよ。俺はそんなエルミル見たくない!」


 確かにこんな状態のエルミルを、俺はエルミルとなんて認めたくない。俺が見たいのは優しくて、面白くて、いつでもツッコミを入れてくれるけど急に魔法を放ってくる、最高に心強いエルミルだ。


「そういうのいいからさぁ、どうせ何を言ったってその女には届かない。すでに崩壊したものはもう二度と元には戻らないんだよ」


 それを上から聞いていたジェドは、悟ったようなことを言ってくる。


 こんな時にもまだ何か言ってくるのかジェドは。

 はじめっから、何もやっていないのにそんな風に決めつけるなんてふざるのも大概にしてほしい。


「確かにもとには戻らない。でも壊れたらまた作り直せばいいだけ、今それができないならできるまで努力し続ければいいだけだ!」


「だがこの場合少年が何をしようと意味がないんだ、努力しようがしなかろうが、はなっからそんなことは求められていないんだよ。これは完全にその女自身の問題だからねぇ!」


「違う!」


 珍しく怒鳴ったジェドの言葉を俺は遮る。


 これは確かにエルミルの問題でもあるけど、それ以外の要因のほうが圧倒的に悪い。

 罵詈雑言を浴びせた挙句武器を投げつけた彼ら彼女ら、それを見て見ぬふりをしていた人たち、この人たちはもちろん最悪だ。


 でも──。


「ジェド、一番悪いのはおまえだ」


 あの夢で起きたことが昔現実に起きたことなのだとしたらあそこににいた彼ら彼女らが悪い、でも今はその記憶をわざと思い出させて、必死に忘れようと努力していたエルミルの思いを無碍にして、同じ行動を繰り返させたジェドが一番悪いに決まっている。


「おいおいまさか、戦力もなしに戦うとか言わないよね」


 睨み続けているとジェドが言う。


 当たり前だ、戦うなんて言わない。

 俺は持っている武器のストレージボックスをすべて開け放ち装備する。

 加速装置、超能力発動機、飛行装置、超視聴覚能力、筋力増強機、火炎放射器、変装装備、深海活動装置、全身武器。


「これは戦いじゃない、一方的で理不尽な蹂躙だ! 行くよエゼル!」


「あ! やっと呼んでくれたー!」


 エゼルの声とともに、戦いの火ぶたはいとも簡単に切って落とされた。



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