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二十五話 再起不能

『……て』


 終わらない悪夢の途中、変な声が聞こえた。

 罵詈雑言ではない、何か俺へのメッセージのような何かが聞こえてくる。


『おき……』


 その声と共に何故か体中がだんだんと痛くなってくる。まるで何かで叩かれているかのような、そんな痛みが頭、手、足、腰、その範囲は広がっていくばかり。

 収まる気配はまったくない。


 五度目の追撃、頭部への大打撃でとうとうそれははっきりと聞こえるようになった。

 声の主はエゼル、愛らしいその体躯、粉雪のように潔白なその掌が持っていたのは弓──。


「起きて! 起きて起きて起きて!!」


「痛い痛い痛い痛い!!」


 目覚めた瞬間、襲ってきた。

 荒れ狂ったような彼女がその手に持つのは彼女自身の二倍はあろうかと見える巨大な弓。


 彼女はそれを何度も、何度も何度も、井戸水を汲み上げる女性のような動きでその弓を俺に叩きつけていた。


「あっ、起きたー!」



 ◇◇◇



「悪気は無かったんです、ほんの出来心で……いてっ!」


 目覚めてるとエゼルは満開の笑顔で俺に抱きついたかと思えば直ぐに土下座を始めた。

 それはもうどこかの道場で完全なものを学んだのかって言うぐらいの本格的な土下座だった、頭を地に着けピシッと揃えた指の角度は九十度ぴったり(多分)、頭から腰への緩やかなカーブがその誠実さを物語っている。


 しかーし! そんなことじゃ許されなーい!


「嘘付けぇい! めっちゃ痛かったもん! 起こしてくれたのは良かったけどめっちゃ痛かったもん!」


 とはいえここでずっと駄々をこねてても終わらないので全然許す。

 あんな夢を見るぐらいなら、起こしてくれた方が全然いい、こんな痛み屁でもないや。


 ひとまず痛み続ける頭を押さえながら起き上がる。

 その隣にはエルミルがうずくまって眠っている。苦しそうに歯軋りをし、脂汗を滲ませて。

 よくはわからないけど、たぶん寝てる、寝息があるから死んではいない。

 それに、エゼルがさっきエルミルも一緒に起こしたから夢からは覚めてるとは思うって言っていた。


 でもそれだけで十分だった、エルミルがこの場にいるってだけで安心できるから。


「エルミル……」


 一言呟いて、俺は未だに土下座を続けるエゼルに話しかける。


「それで、エゼル。起こしてくれたのはありがたいけど、なんであんな強引に起こしたの?」


 色々質問したかったけどやっぱりこれに尽きる。

 起こしてくれるならもうちょっと優しくでもよかったと思うんだ。

 エルミルは回復力がすごいからいいけど、俺なんていまだに頭からでた血がとまってない。

 まだ手で押さえてるし。


「だっ、だってあのおじさんがそうしたら起きるよーっていったからで! 本当に悪気があったわけじゃないからー!」


 エゼルは一旦キョロキョロすると、弓であのおじさんこと、ことの発端であるジェドを指す。


「はっ! ご指名かな? 僕は高いよー」


 しらねぇよそんなこと。


 ジェドは笑う、楽しげに。

 困惑している俺達を玩具にして遊ぶ子供のように笑う。

 エルミルにあんなひどい夢を見させてなにがしたいんだ、何をするつもりなんだろうか。

 何を考えているのか全く分からない。


「いやいや、待ってくれよ少年。そんな目で睨まないでくれ、怖いからさ。泣いちゃうよ僕。 

 それに僕はそんな撲殺しろなんてひどいことは言っていないよ、僕はただ突然寝ちゃった二人を見て慌てているその女の子に助言しただけ、ほら、女の子が困っていたら助けるのが男の役目でしょ? で、僕は言ったんだ『起こしたいなら直に触れちゃ駄目だからね、例えばその弓とかいいんじゃない?』ってね」


 気がつかないうちに睨んでいたのか、ジェドは俺が質問する前に答える。勝手に聞いてもいないことをつらつらと喋り出す。

 さも、自分が助けてやったんだから感謝しろと言わんばかりに。


「ふざけんなよ! 何が、女の子が困ってたら助けるのが男の役目だ! その前におまえは困ってる女の子を傷つけたじゃんか!」


 怒鳴った。


 でも、ジェドにはそんなもんじゃ効かないらしい。

 助けたことに関しては覚えてるくせに自分のやった悪事は覚えてないなんて都合がよすぎるだろ。

 

「でも先に攻撃しようとして来たのは君たちの方だよね。勘違いしないでくれよ。僕は只攻撃してきた相手に向かっての正当防衛をしただけ、それにまだあんなの優しいほうだよ。その証拠にまだあの女は生きているじゃないか、殺してないだけいいと思ってくれ。まぁ多少精神崩壊はしているだろうけどね」


 多少精神崩壊? なんだよそれ、エルミルがさっきの夢をみたから……?

 

「ジェド、精神崩壊って何だ」


「意味? それともどうして精神崩壊してるのかってこと?」

 

 本当はわかってるくせに、訊かなくてもいいことをわざと訊いて煽ろうとでもしてるのか。

 とにかくむかつく奴だ。


「そんな事は聞いてない、どうして精神崩壊するような事をしたんだって事だよ! 何でわかんないんだよ!」


「はっはー、だから言ってるじゃないか。あれは正当防衛なんだよ、僕は攻撃を受けたくなかったから、攻撃をされそうになったからされないように防いだだけなんだよ、それをいちいちなんだい? 君はバカなのかな?

 というか、寧ろあれで精神崩壊なんてしないほうがおかしいだろう。と言うのもあの魔法は対象の一番嫌な記憶をもう一度体験させる魔法だからね。対象が長生きしていればいる程、深い闇を抱えている程その効果は深くなる。体験している闇の数が多いからね。

 だから追放された過去のあるあの女は相当なダメージを負ったはずだよ」


 だめだ、この人話が通じない、正当防衛って言えばそれでいいと思ってる。


「正当防衛でも度が過ぎてるとは思わないのかよ! バカなのはおまえだバーカバーカ!」


「はぁ!? 馬鹿っていった方が馬鹿なんだよ! 馬鹿!」


「バーカ!」


「馬鹿!」


「バーカ!」


「馬鹿!」


「あーもういいよ馬鹿で。で、ジェド、エルミルはいつになったら回復するんだ?」


 言い合っててもしょうがないから、切り上げる。こんな話をしている間にもエルミルは苦しんでいるんだ、俺は今すぐにもエルミルを助ける方法を聞かなければならない。

 だからこそ少し言葉を選んで、内容からしてまともな答えしか返って来ないような質問にした。

 したはずなのにしかし、ジェドは衝撃的な返答をしてくる。


「いや、しないけど?」


 は? いや、何を言っているんだ?

 一瞬思考が停止する。


「おまえの魔法なんだから解除するなりできるはずじゃないのか?」


 何の魔法であれ魔法をかけた本人がその魔法を解除すればその魔法の効果は確実に消えてなくなる。

 だからジェドがあの魔法を解除すればエルミルは回復してすべて終わると思ってたのにそれは違うのか。


「うん、いやねあれはただの幻術を見せる魔法だから、と言うかさらに言ってしまえば魔法自体はとっくに解除しているんだ。だからあれを僕はどうしようもないよ」


「え?」


 どういうこと?


 エルミルはジェドの魔法苦しめられてるんじゃないの? そうじゃないんだとしたら、何でエルミルはあんなに苦しんでいるんだ。

 いやまて、なに信じているんだ。ジェドが本当のことを言ってない可能性もあるじゃないか、寧ろエルミルを倒したいならそうするはず。

 何事も信じすぎることはいけない。


「いやいや、なにを考えているんだい、やっぱり君はバカなのかな」


 ジェドは呆れるよ、と続け。


「僕はもう魔法を解除しているって言っているんだよ。だからね、あの女をどうにかすることは僕にはできない、あの女が苦しんでいるのは僕の魔法の影響であって、その魔法の効果ではないんだ。要するに──」


 エルミルはもう再起不能だと。


 そう、言った。


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