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二十四話 「でも、大丈夫」嘘

 「でも大丈夫、でも大丈夫、でも大丈夫、でも大丈夫、でも大丈夫、でも大丈夫、でも大丈夫、でも大丈夫、でも大丈夫、でも大丈夫、でも大丈夫、でも大丈夫、でも大丈夫、でも大丈夫、でも大丈夫、でも大丈夫、でも大丈夫、でも大丈夫、でも大丈夫、でも大丈夫、でも大丈夫、でも大丈夫、でも大丈夫、でも大丈夫、でも大丈夫、でも大丈夫、でも大丈夫、でも大丈夫、でも大丈夫、でも大丈夫」

 

 感情が、感情が流れてくる。

 感情共有じゃなくて一方的な感情の流れだ。

 無視しようとしても勝手に入って来る感情。


 誰のなんて言うまでもなく、考えるまでもなく分かる。

 分かるはずだけど、それがエルミルの感情だとは認めたくないほどの、酷い物だった。


 暗闇を焦がすように燃え盛る散々な罵詈雑言をずっと黙って聞き続けるエルミル。

 その心は「でも大丈夫」という言葉で無理矢理埋め尽くされていた。ほかの感情に流されないように、他の言葉を聞かないように、他の誰かの感情に飲まれないように。


 受け止めて受け止めて受け止めて受け止める。


 だから彼女は首をうなだれて、ひとことも喋らない。「でも大丈夫」「でも大丈夫」と自分に言い聞かせるだけ。

 何がこようとも「でも大丈夫」で受け止め遮る。


 そんな、そんなエルミルの感情が俺には全く理解できなかった。

 なにか自分に向かって嫌なことを言われてるならそれは言い返すべきだし、他人からの悪意をずっと心で受け止めるなんてそれこそ無謀だ。


 少しずつ吐き出していかないと、無理がある。


 心なんて無防備なところに滝の如く悪口を無理矢理に流し込めばそんなの決壊するに決まってる、例えそれが大きなダムだったとしても、耐久力が高かったとしても流され続ければ溢れ出てしまう。

 でも溢れるならまだいい、抜け道があるから。

 でもあのエルミルは違う、それを全部溢れないようにこぼれないようにしている。「でも大丈夫」その言葉でふたを閉めている。

   

 正直言ってバカだ、溢れることを止めようとすればするほど、悪口を許容すればするほど心への負担はどんどん増えていく。

 そしてそれは壊れるまで続く。

 再起不能な程に、壊れるまで。


 だからこそ、たまにはそれを溢れないようにちょっとずつ出していかないと行けない。

 でもエルミルはそれをしようともしない。


 ただ言われるだけ言われてそれだけ、まるで仕方ないとあきらめているかのように、それを許容している風に、そんな受け止め切れる訳もない物をあたかも抱え込めているかのように、自分からはなにもしない。


 壊れた心を治すことは、完全治癒でなければ出来ないことはない。

 けれどエルミルはその傷口に、その傷口を新しく出来たダムの一部だと勘違いして誤魔化してそこに新しい悪口を流し込む。それが痛いとわかっていても、その行為が他人の為になるのなら。それで済むならそれでいい。


「私は大丈夫だから」


 どうにかして、他人のストレスを自分で請け負おうとしているように見える。

 これじゃあ、治癒どころか悪化するばかりだ。


 サキュバスなのに、エナジードレインが出来ない。

 たったそれだけの事で、出来なくても何ら問題なんてないだろう事なのに。

 なんでそこまでされなければいけないんだ!

 受ける必要のない傷まで受けないと行けないんだ! 

 

『あーもう! やめてよ!!』


 無理だった、こんな可哀想で救いのない現実をそのまま受け止めるなんて俺には到底出来なかった。


『やめてやめてやめてやめて!!』


 何度も何度も何度も、何もしないエルミルの代わりと謳って。

 ありもしない体で彼らを殴り続ける。当たることのないそれを俺は止めない、当たらないと分かっていても我慢なんてできなかった。

 この、自分が一体何に怒っていてムカついて呆れているのかわからないこの感情を吐き出さずにはいられなかった。


 しかし止まらない、彼らの醜悪な妄言は流され続ける。

 それはまるで、終わらない悪夢のようだった。

 痛め続けられるだけの夢。


 何の救いもなく、出口もない。ただひたすらに苦しいだけのこれが、これが現実で起きていたなんて。

 なんでエルミルは、これを受け止めきれるのか。


 そんな時だった、エルミルが口を開いたのは。


「ママ。私は、大丈夫だから。大丈夫だから大丈夫なの。エナジードレインが出来ないことも、やらないことも全て私のせいなの、でも大丈夫。大丈夫だから。」


 ──だから。


「私はここから出て行くわ」


 うなだれた頭を上げ、無理矢理作った、到底笑顔とはいえない笑顔を彼らに向ける。

 光の抜けた瞳に動かない眉、歪んだ口元。


 彼女は、それだけを言うと振り返る。

 彼らに背を向けてゆっくりと歩み始めた。


 これで、これで終わってくれればまだよかった、ハッピーエンドに少しは近づける終わり方だった。でも、現実は甘くはない。夢のように軽くはない。


 彼女が振り返った途端、彼らは武器を、今まで一度も使わなかった武器を次々に投げ始めた。

 槍やらスコップやら剣やら本やら盾やら。


 悲惨。


 エルミルと彼らの距離はそうは離れていなかった、でも、エルミルが走れば幾らでも伸ばせるその距離を、彼女は伸ばさない。

 あえてそれを受けられるだけ受けて、これで彼らが満足すれば終わるだろうと、そんなくだらない算段をたてて、自らを犠牲に、血の海に飛び込んでいく。


 体に何本も槍が刺さろうと、スコップに頭を抉られても、言葉に心を抉られても。


 どんなに痛めつけられても許容する。

 我慢して我慢して、堪えて、諦める。


 悪いのは相手だと分かっていても、それがどうしようにも無いことだとわかっているから諦める。


 そんなエルミルはとてもとても、呆れるほどに気持ち悪かった。

 

 もう、笑えない程に。

 嗤ってしまう程に。


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