二十三話 思い出せ最悪の悪夢を
「じゃあジェドさんを倒せば、ここから出られると」
エルミルは少し驚くと、また平坦に聞き返す。
「そうだよ。絶対に無理だけどね、君たちは僕に一撃も当てられないし、当たらない」
その最初から一貫して変わらない堂々たる最強風の言動。服装からしても確かに強そうではあるけど、俺は思う。
まさか、そんなわけないじゃんって。
攻撃が当たらないなんて、魔法じゃあるまいし……あ、この世界は魔法があるんだった。
でも、避ける、とかならまだわかるけど当たらないって、訳が分からない。しかも避ける、ならこっちが光速で動けばいいけど当たらないなら対抗策も糞もない。
チートすぎるじゃんか。
体を動かさないと死んじゃう魚のように常に戦っていたいのか、考えるだけの俺とは違ってエルミルは速攻戦闘態勢に入っている。
エルミルは叫んだが速し。
「そんなの! やって見なきゃわからないでしょー!」
一気にジェドに向かって走り出す。
その手にはバランスボール程の大きさの光輝く鉄球があり、それをジェドに向かって放──。
「思い出せ最悪の悪夢を」
ジェドが、一言。なにをするでもなく、何の動きもしないで口を動かす。たったそれだけで。
エルミルが腕を振り上げ、投球フォームよろしく放ったであろうそれは霧散し、それと同時にエルミルはその場に倒れ込む。
なっ……!!
「え、エルミル!」
ジェドは一体何をしたんだ! まさかどうせ死ぬんだからとかそんな下らない理由で殺したりなんて!
考えたくもないことが脳裏を過る。
それを振り払うように走ってエルミルに駆け寄る。
「う、うう……」
スライディングするように駆け込んだけど。
……良かった、生きてはいるようだ。
やけに、呼吸は荒く汗が流れるように吹き出してるけど。
多分倒れたときに頭でも打って少し気を失っているんだろう。
仕方ない、ここは一旦戦略的撤退だ。おそらく最高戦力のエルミルが、倒れた今俺たちにできることはない。
そもそも俺はジェドと戦うなんて一言もいってないし。
そんなことを考えながら俺はエルミルをおぶろうとしてエルミルの肩に触れた。
瞬間、心臓に直接電流が流されたかよのような感覚が突き刺さる。
「あぁ!」
──触っちゃだめだよー。
状況に反して余りにも呑気な、気楽過ぎるその声が聞こえたときにはもう遅く、俺は──。
◇◇◇
気がつくとそこは山の森のような場所だった。
木々が生い茂り暗い、でも所々に明かりが灯っている。そんな場所。
明かりのある方を見ると家があった、木組みのログハウスみたいな家が何軒も何軒も、並んでいて集落みたいにもみえる。
でも……。
『どこだここ?』
単純にここがどこなのか、それが全くわからない。
一瞬で場所が変わったことはわかるけどそれ以外はからっきしだ。
多分、最後に聞こえた「触っちゃダメだよ」あの台詞からかんがえると。
エルミルの掛かった術に俺も巻き込まれたんだろう。
で、多分それは強制転移魔法か何かで、魂だけを違うところに飛ばす、とかそんなことをされてしまったんだ。
そりゃ魂を吹っ飛ばせば魔法なんて撃てるわけがない、確かに攻撃は当てられないや。流石にチートすぎるな。
……あれ? もしかして不味くないか?
だってあそこにいたのは俺とエルミルとエゼルの三人でその中の二人が開始直後に戦闘不能、と言うか生存不明、しかも残ったのは今のところ火を出す魔法を使えることしかわからないエゼル。
『……まぁ、どうにかなるか』
基本的に楽観的なのが俺だ、こんな事で悩むような柄じゃない、こういう考える系のことはエルミルの役目だからね。
あー……でもそのエルミルはいないんだった!
くそー、困ったなぁ。いつもだったら「光輝く鉄球でひとっ飛びだわ!」とか言って解決してくれるのに(思ったより強引だな)。
無くしたらわかる人の大切さってのはこういうときにわかるんだろうな。
いや、いやいや、違う違う、エルミルはもともと大切だからね! 余計にその大切さが上がったってだけで……。
『あ、エルミルだ』
思わず、首を百八十度回した。
だってエルミルが俺の真横を全力疾走して走り去っていったんだもん。
とばされた場所は同じだったのかと、これで色々と策を練っていけるぞとそう、一瞬安堵した……でも。
「光る石ころ!」
瞬間振り返ったエルミルは俺に向かって光る石ころを飛ばして来た。
それがちょうど俺にぶつかる瞬間、それは俺の体を貫通してどっかに消えていった。
『ふぅ、危ないところだった……』
全く今の攻撃が俺の体を貫通してなかったら俺は絶対に死んでたぞ! いくら石ころだとは言ってもエルミルが撃った魔法に違いないならそのダメージは尋常ならないに決まってる。
いやぁ、貫通してよかったぁ!
ん? んんん?
おかしいぞ、なんで今攻撃が俺の体を貫通したんだ?
ふと、自分の体を確認してみる。
位置的に貫通してたことは確実だから、実は気がついていないだけでダメージを追っているのかもしれない。
一瞬、そんなことも考えたけど、俺の体には傷一つなかった。
体も無かったけど。
『えええええ、体どこぉ!?』
体、身体、躯、軆!
なんだなんだ! 俺の体は…………あっそうだ、今は魂だけだった!
そうだそうだ、忘れてた。ジェドにとばされたせいで今は体はあの結界の中だけど魂だけは外、って言うおかしな状況だったんだった。
油断は禁物だ。
それにしてもさっきのエルミル、少し小さかった気がするんだよな。魔法の詠唱もちょっと違かったし。
特に、ころんってなんかかわいい。
「おい、出てきなエルミル! 隠れたって無駄だよ!」
後ろの方から誰かの怒号が聞こえてきた。
振り向いてみると、何かの祭りでもやっているかのように人が集まっていた。
って、なんだ? 手に灯りを持ってる人が何人も、本当に何人もいるぞ!?
もしかして集落の人全員とか? しかももう片方の手には弓やらスコップやらナイフやら剣やら盾やら、みんながみんななにかしらの武器を持っているし。
それに、なにやら聞こえてくる。
独り言のような声が。
ぶつぶつと話し声が、聞こえてくる。
それは──今更遅いけど。
聞いてよかったのか、いやもし仮に聞いてよかったとしても最も聞きたくないものだった。
「殺してやる異端児」「あんたさえいなければ」「気持ち悪いんだよ」「追いかけろ、捕まえろ」「峠から出すな」「ここで仕留めるぞ」「生け捕りじゃない!」「子供だからって侮るな、魔法は一級だぞ」「止めて、まだあの子は子供なのよ」「畜生どこだ、すばしっこい」「エナジードレインができないなんてサキュバスの恥だ」「少なくとも生きてる価値はないよね」「村のために消えてよ」「呼吸しないで」「なんでお前なんかが魔法、使えるんだよ」「死ね」「時間かけさせないでくれよ」「懸賞金ほしいなぁ」「罪だねぇ」「死ね」
物凄い量の狂気に満ちた怒号。
それが、ある一人の人物を狙ってのことだとわかるまで、馬鹿な俺でもそう時間はかからなかった。
そしてそれが、とても気持ち悪く思えた。