二十一話 霞の園
『霧は我らと共に生き、そして死に、時に心を惑わし、万死の世界へと誘う』
それはエゼル曰わくエルフの森に古くから伝わる伝説の一説だそうだ、入ったが最後、二度と出ることは叶わず永遠にそこに閉じ込められて死ぬという呪いの結界。
しかし、そこに入るための条件には濃すぎるまでの霧、という明確な条件があるため、霧がある日にはそもそもエルフは活動しないらしい。
「なるほど、きっと、このクエストを募集したのは若手の商人ね」
エルミルは説明してくれた。
エルフは霧の時には誰も活動しない、つまりは普段なら相当数いるはずのエルフ、『採られたくない山菜を採るのを邪魔するエルフ」が一人もいない、と言うことになる。
エルミルの考えからするとこの、霧の日には霞の園へ行ってしまう可能性があるから活動をしない、と言うことを知らない、若手故に無知で強欲なしかし、金はある商人がその日を狙って山菜採りのクエストを募集したのだ。
エルフの森の山菜はピンからキリまである、一銭にもならないものから超高級、Sランクの人だって見たこともないような幻の素材だってある。
だからこそ、商人は一攫千金を狙ってエルフの森に山菜を取りに行く。
「でもこの商人のひと、お金持ちでよかったよねー。だって自分で来てたらー、多分一生出られなくなってたかもしれないんだから」
と、エゼルは笑いながら言ってるけど、完全に皮肉じゃん!
「でも、俺らは入っちゃった訳だからここからでる方法を探さないといけないんだ」
「そうなのよね……出る方法って書いてないの? 伝説の本みたいな物に」
「ないない、あったら今こんなに困ってないってー」
ぱくっ。
エゼルは串刺しの焼き魚に一つ歯形をつける。
「だよなぁ。あ、それとって」
「はいはい」
「ってちがーう!」
どしゃーん、と折角香ばしく焼けていた「ママイ茸」をエルミルは放り投げる。
「ああ! 俺のママイ茸が!」
「ママイ茸はどーでもいいの! これから探検するって言ったのになんで私達はこんな所で楽しくピクニックしてるのよ!」
「は! そうだったそうだった」
さっき飛ばされたママイ茸を今度は口に放る。
多少、じゃりじゃりしたけどそれ以上に香ばしい何かが口いっぱいに広がったから問題はない。
「いやー、忘れてた! このママイ茸がほんとおいしくって。じゃあ行こっか!」
エゼルは言うとストレージボックス(レジャーシート付き七輪)のボタンを押して元の四角い箱に戻す。
「もー全く、一体全体何でこうなったのよ」
「それは確か……」
確かエルミルが「ちょっとおなか減ったから、少し軽食でも食べましょう」って言ったところに「だったらちゃんと食べよう!」とエゼルが巨大な七輪(レジャーシート付き)を出して、俺がたまたま持ってたママイ茸を取り出したから……だよな。
つまり──。
「エルミルのせいだな」
「エルミルのせいだねー」
「ええっ! そりゃ始めにおなか減ったのは私だけどのうのうと食べ出したのは二人じゃない!」
「ひどいなぁエルミルー、ゼルは只ストレージボックスを使っただけだよー」
「俺だってただ、たまたま持ってたママイ茸を焼いただけじゃんか」
「二人の方が完全に駄目じゃない! もーいいわ。所でエゼル、魔力反応の位置はどう?」
さっき怒ってたくせに串刺しママイ茸を齧るエルミルは言う。
その言葉で俺はあることを思い出す。
そう言えばエルミルは食事の前、魔力を感じる、と言っていたエゼルに「継続して魔力の探知をお願い」って頼んでいた。
これで何か変化、変化がなくとも何か得るものがあればあの食事の時間には何らかの意味があったと思える。
……と言う言い訳ができる。
「いいや、変わってないよーやっぱりあそこには誰かいる」
「誰かいる? 誰かいるってことは誰かここからでられていない人がいるってこと?」
だったら食事なんてしてる時間はない、そんな事してる暇があったら助けに行かないとその人の命が危ない!
今こそ、前のパーティーの時に貰った完全回復アイテムを使う時だ!
さぁ、加速装置を起動してその人の元へ!!
「ちょっと待って、どこに行くつもりなの」
加速装置と、完全回復アイテムのストレージボックスを取り出して今にも光速でその人の元へ飛んでいこうとしたとき。
加速装置の電源を入れた時、エルミルが、俺の肩を叩く。
「どこってその、死にそうな人のところだろ?」
「まだエゼルから場所聞いてないでしょ? しかも私の言いたかった事はそうじゃないの」
「そうじゃないって?」
「もしかしたらそこには、この結界を創った人がいるかも、ってこと」
「あー、確かに! さっすがーエルミル頭いいねー!」
このとんでも発言にはエゼルも驚いたのか、関心したのかぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んでいる。
なんとも感情豊かな奴だ。
「でも、その人にあってどうするの? ご飯?」
「なんでまた食べるのよ!」
しまった、間違えた。
訂正訂正。
「夜ご飯か!」
「そうじゃない!」
全く、メグは全然頭が回らないんだからと続け、
「その人を倒せば、私達がここから出られるって事よ」
「おおーなるほどなるほど、結界を長時間、それも何年も張り続けるなら動かない方が魔力の効率はいいもんね! しかもずっと魔力の位置がたどれるって事は何か発動してる可能性も高い!」
「そう言うこと。だから多分そこにいるのは死にそうな人じゃなくて、この結界の主。強力な魔法使いよ」
あれ? おかしいな。
強力魔法使いがいるのはいいけど、俺たちはこれからそこに向かって何をするんだっけ……。
さっきエルミル、その人を倒すとか言ってなかったっけ。
「ってことは、勝てなくない?」
「その時はその時よ! さぁ、エゼル掴まって!」
「いや、ちょっとえ? 待て待て待てあー!」
エルミルは俺の腰に掴まると、自分の肩にエゼルを掴まらせて、加速装置の電源を入れた。
そう、気づいた時にはもう遅く、俺の足は地面を思いっきり抉っていた。
「あぁぁぁぁああああ!」
「いやぁぁああ!!」
「わぁぁぁぁー!」
◇◇◇
遥か上空、空か結界か、よくわからないそんな場所、そこから見る景色は絶景だ──なんて言えなかった。
たぶん上から見るのだったら砂漠の方がだんぜんぜっけいだろう。
余りにも澱んでいた、汚く腐ったような空気が辺りを支配している。そのせいなのか、地面には木一本、草一本すら生えていなかった、地面から見たときと、なんらかわらないただの腐った荒れ地が地平のその先まで永遠に続いていた。
「あ! 見えたよー!」
エゼルの放った言葉で気づいた、永遠に続くかに思えたその地平のその向こうには一本の建物が見えた。
ズバッと切られた円柱状のそれは塔にも見えなくはなかった。
そして、その先端には、人がいた。
「やぁ侵入者。別に待ってはいなかったよ」
彼は、黒いローブを纏う彼は、死ねと言うかのように俺らに向かって光線を放って来た。