二十話 エルフは森で迷う
てくてくと、一歩一歩進んでいく。
霧の中、じめじめとした地面に足をとられそうになりながらも俺とエルミルそしてエゼルはズンズン進んでいく。
エゼルの肩を俺が、俺の肩をエルミルが持つ。
まぁ、本当ならエゼルの肩はエルミルが持った方がいいんだろうけど、そうすると俺が(身長的に)エルミルの肩を掴めないため、またさっきみたいに手を繋がないといけない。
実際手を繋ぐ事には何の躊躇いもないけど、またエルミルがあんなになったら大変、だからこその、この順番なのである。
ともあれ俺等は何だかんだずっと霧の中を歩いていた──
──かれこれ三時間も。
「エゼル、一つ聞いていいか」
「ん、なになにー!」
俺なんてそろそろ息切れを起こしそうなのに、相変わらず元気に返してくるエゼル。エルフは長寿と言うこともあって体力も大幅に増えていたりするんだろうか。
そこら辺はよく知らない。
「いつになったらここから出してくれるんだ? 結構歩いた気がするんだけど」
「い、いやあ。もう少しで出れるんだってばー、メグミちゃんはせっかちなんだからー。ほら、ここって森でしょ、そんなに早くは抜けられないんだよ!」
「ならいいんだけど……」
多少エゼルの元気にごり押しされている感はあるけど、ひとまず俺は押し黙る。
実はこの流れ。
俺の「いつになったら」から「抜けられないんだよ!」ここまでをワンセットとして、さっきからずっとこのワンセット繰り返しで全然話が進まなかったりする。
多分四回はやった。
しかし、どうしたものか。ここに長年住んでいるエゼルが頑張っても、何時間も歩きまわっても抜け出せないなんてこの霧は相当のものなんだろう。
百年に一度とか、そういうレベルでとんでもない感じの迷路じみた、一度入ってしまったらもう終わり、一生かけてでも出ることができない結界みたいな、そんな感じなのかもしれない。
そんな事を一人妄想しながらも、貧弱な俺の足がそろそろ限界を迎えようとした時、今まで黙ってたエルミルが口を開いた。
「ねぇエゼル?」
「ひゃ、ひゃい……」
その声は真に迫る物がある、謎の威圧感があった。エゼルもいつもの元気の出鼻を挫かれたようなすっとんきょうな返事をしている。
というか若干おびえていた。
しかし、可哀想なことにエゼルはその小さな体に見合わないほどの大剣でとどめを刺されるのである。
言葉からするとダメージを負ったのはエゼルではなく、俺らだったのかもしれないけど。でも、その場合は大剣ではなく毒の付いているナイフを突き刺された感じかもしれないが。
「もしかして、迷ってる?」
「…………!」
こっちからは見えないけど多分目を見開いたエゼルにエルミルは容赦しない。する必要なんて一切ないかのようにどんどん攻撃を仕掛ける──なんてことはなかった。
「その反応からすると自覚は有ったみたいね」
少し安心したように息を吐くエルミル。
何を言っているんだ、迷っている自覚があった? 自覚があるなら迷っているというか完全に故意じゃないのか? 迷っているとわかってて俺たちを振り回した?
わからないときのエルミル先生! さぁ訊いちゃおう!
「迷っている自覚があるってどういうこと? ちっともわからないんだけど」
「あー、迷っている自覚があるってのは少し齟齬があるわね、きっと正確には『迷わされている自覚がある』なのよ」
……いや、訊いてもわからなかった。
「でも、エルミルは何でわかったの?」
訊くと。
下、と土下座を促すかのように地面を指差すエルミル。
そこには、はっきりと何度も、同じ道を何度も歩いたような足跡が残っていた。
勿論、俺とエルミルがそれを見ていると言うことはもう一人、それをたった今確認しているひとがいた。
エゼルである。
エゼルは一旦俯くとまたいつものどこか気の抜けた元気な感じで、
「あっちゃ……これじゃ、バレちゃったかなー」
と、頭を掻く。
……よく見ると背中の弓が邪魔して全然掻けてなかったけど。
でも、この雰囲気とエルミルのあの台詞、そして如何にも完全犯罪だと思われていた犯行がバレた時の犯人の反応をするエゼル。
ここまできたら俺でもわかる。エゼルはきっと最初から……。
「エゼル……まさか」
「そう、ゼルは──」
緊張の糸が極限までピンと張り、霧の粒子の一つ一つが触れるだけで切れてしまいそうな空気。
エゼルは一息つくと言った。
とてもはっきりと。
──方向音痴なの。
と。
エゼルは、ポンコツエルフだった。
◇◇◇
「えええええええ!!」
「あれ?」
それを聞いて一番最初に驚いたのは当然ながらエルミルだった。その叫び声で少し霧が吹き飛んだような気がするぐらい絶叫してた。
「隠しててごめーん! ゼルって実は方向音痴なのー!」
「えええええええ!!!」
「本当はもうちょっと前で言おうと思ったんだけどー、なんかーたのしくなっちゃった!」
「きぇぇえええええ!!」
エルミルの絶叫もとい、奇声が止まらない。
「それにしても、今思うとさっきのエルミルは傑作だったなぁ『迷わされている自覚がある、なのよ』だって!」
エゼルと二人で笑いあう、腹を抱えて。
さっきの台詞はあの雰囲気だったからこそよかったけど普段から使ってたりしたらかなり痛いことは明確で、しかもそれにドヤ顔が!
「恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!! 光輝く──」
「ストップストーップ!!」
恥ずかしさのあまりスキルを発動しようとするエルミル。
こんな至近距離で打たれたりしたらもう、はぐれるとか以前に多分死ぬ。
「──鉄球!」
うちやがったぁぁ!!
「ひいぃいぃぃ!」
運が良かったのか、悪かったのか。ギリギリで地面に落ちていた石ころに足を躓かせてリンボーダンサーさながらのポーズをとる羽目になった。
そのおかげでエルミルの放った光輝く鉄球は、俺の顔すれすれを掠り、遥か彼方へ飛んでいった。
辺りの霧をブワッと吹き飛ばして。
「ねぇエルミル! 恥ずかしいからっていきなり何するんだよ!」
少し怒ってる感じを出そうと(勿論少し怒ってるけど)怒鳴ってみたけど、エルミルの反応はない。
それどころかエゼルすら遥か彼方、俺の後ろの方をずっとみつめている。
「おーいー、あのちょっとマジで寂しいんだけど……」
しかも二人ともとかマジでいじめじゃん!
「あれ……見て」
俺の台詞は完全に無視しながら、生気を失いそうなエルミルはそう言って俺の肩を持って回す。
半回転、俺は後ろを向いた。
「霧が、晴れてる……でもこれって」
霧は確かに晴れていた、と言うか雲一つない空だ。
でも、その空はあまりにも歪んでいて不吉で、淀んでいた。
地面も、明らかに森ではない、平地の荒れ地、荒廃しきった無限に続く砂漠のような世界。
まるで、俺らがそう言う結界に入ってしまったかのような、そんな異質さが、そこにはあった。
「ここは……どこ……だ」
答えるようにエゼルは呟く。
唱えるように吐き出す。
「──霞の園」
思い出したくない呪いのように。