十八話 手を繋ごう
それから暫く受付嬢とエルミルの楽しそうだけどどこか危なげな会話が続いた。
でも、受付嬢も受付嬢だったらしく、そんな数いるわけでもないしそもそも仕事をしないといけない時間だ、エルミルと受付嬢とで散々話している中突如として現れた如何にも強そうな、筋骨隆々なお三方のパーティーが現れ。
結果、その会話劇は幕を閉じることになった。
めでたしめでたし。
「はぁ……まったく疲れたわ」
ハッピーエンドを迎えた割に全くめでなくなさそうなエルミルはとても疲労困ぱいしているように見えた。
でもそのおおよその原因は墓穴を掘ったじぶんのせいなんだけど。
ともあれ自分のせいだとはいっても何となく疲れているエルミルを見ているのはいたたまれない。俺だって疲れている人を無理やり連れ回すような人ではないし、疲れている人がいたら家で休ませてやるのが人の常だ。
だから俺は二文字で提案した。
「帰る?」
しかしエルミルは、優しく言ったその二文字を軽く一蹴、否定した。
「帰りません! これからどんどんクエストを受けて行かないと今日泊まる宿のお金も払えないわ!」
理由は散々だったが。
「ええええ! そんなにギリギリだったのにお酒飲んでたの!?」
エルミルと初めてあったあの酒場、あそこでエルミルは相当な量の酒を飲んで(いや、呑まれていたのか?)あの店に貢献していた気がするんだけど。
あれ、やけ酒だったのか。
貧乏なのになにしてんだよ。……貧乏だからか。
「痛いところを突くわね……じゃなくて! クエストよ、クエスト! 誰かの黒歴史暴露大会で相当時間を食われたからね」
「エルミルだ──「じゃあ、メグにはクリムゾンドラゴン単騎討伐クエストでもいってもらおうかしらね」
「俺のこと殺すつもりじゃん! しかも単騎って」
食い気味に、いやもうがっつり俺の台詞を食ってなに殺害予告してんの!? 怖いってマジで! しかもあの竜って小学生がつけそうな名前の割に(この世界だとまだましな方だけど)Sランクパーティーでも討伐が難しいっていわれてる奴だぞ。
それを単騎って。
「メグの残した保険金で私は一生豪遊して暮らすの」
「最低だ!」
パーティーメンバーをさらっと殺して、ありもしない保険金で人生を満喫しようとしているエルミルだった。
◇◇◇
「少しは真面目にさがそうぜ……ん、これは?」
言葉通り、楽しい会話をしているだけじゃなくて少しは真面目にクエストを探そうかとした矢先、パッと目に入ってきたクエスト用紙が一つ。
「エルフの森の山菜採取?」
大きなキノコのイラストに大金が書かれているものを見つけた。しかも場所はエルフの森、最近お世話になったし何より、交通費がかからないから気軽に遠出できるのがでかい。エルミルはエルミルで「戦闘なしでこの報酬って効率いいわね」と、賛同してくれた。
いささか適当に決めすぎた感はあるけど、クエスト用紙はこれ一枚しかないし、もらえるお金も宿で一週間は泊まれるほどの額だ。
これぐらいあればエルミルもゆっくり休めるだろうしね。
「よっしゃあ! じゃあこれ受注してくる!」
「あっ、ちょっ──」
あまりにもいい条件だったから、俺はエルミルの忠告も聞かないでそれを受注したのだ。
◇◇◇
「そう言うことか……」
運が悪かったというか、天気が悪かったというか。
先にここの状況さえ教えてくれたらこんなクエスト受注しなかったのにと、後悔する。
生憎、俺は生まれてから死んで、死んでから今に至るまでにこの気象現象に遭遇したことがなかった。
ゲームとかアニメとか、テレビとかでは何度かみたことじたいはあったけど経験としてのことは一度もなかった。
そもそも都会に住んでいて森になんて一切行かなかった、若干どころかほとんど引き籠もりがちだった俺が遭遇する事があるはずがなかった。
こっちにきてからは、たしかに森にいくことは増えたが、あからさまに増えたけど、トリンの率いるパーティーは基本的に一撃必殺、絶対勝利のスタイルであるがために、天候を調べしっかりと晴れた日にしか戦闘には及ばなかった。
だからこそのこれである。
この反応である。
「何にも見えん」
しっかりと視界全体が白だった。洗い立てのタオルみたいに真っ白だった。
感覚でいうとこの前の奴隷商の煙に近い。
それと違う所は自然現象だって言う所だ。
要するに一面の濃い霧、濃霧である。
それはもう、森全体を覆うほどの。
「確かにこんな霧の中、商売人が山菜採取なんてできるわけないわね」
「だね」
よく考えたら当たり前だった。
寧ろこんな天気だったからこそ出現したクエストだったんだ。
俺の目に付くのも無理はない、あの用紙だけ異様に新しかったから。ほかの奴とは色が違ったから。
「どうする? やっぱり帰る?」
と、提案する。こんな天気じゃ素材をはじめとする探すのも戦闘も大変だろうし。
でもエルミルは強気だった。
「いや、前みたいに取りあえず光輝く鉄球を打ち込んで見るわ」
「あぁ! そう言えばその手があったか!」
この前はそれで切り抜けたんだっけ。霧を抜けたんだっけ。
「それじゃあ! 光輝く鉄球!」
叫んで、エルミルはそれを真っ直ぐ思いっきり撃ち込んだ。物凄い爆発音とその衝撃で周辺の霧は一瞬ファッと消えて……またすぐにその場所に新しい霧が戻ってきた。
「あちゃー」
このまえの魔法の煙と違って今回のは自然現象、倒すべき標的も居なければエルミルのスキルでもこんなのじゃもう仕方ない。
「やっぱり帰──って馬車がない!!」
なんと、来るときに乗ってきた馬車があるべき所には、おびただしい量の木片が転がっていた。
見事に粉砕されていた。
「残念だけど多分さっきので壊れたわ……」
退路すら断たれた……。
状況はこの前よりも最悪。
「じゃあ、やっぱり俺達はこのクエストをクリアするしかないんだね」
「らしいわね! さぁ、エルフの森内部へ進入よ!」
「えいえいおー!」
元気のいいかけ声で俺とエルミルは走り出した。
ん……あれ? 馬車壊したのエルミルじゃなかったっけ?
◇◇◇
「しっかし……キノコ全然見つからないなぁ」
「そうね、誰か馬車を壊したせいで帰れないし……」
「それはエルミルじゃん!」
最近のエルミルは自虐ネタが流行ってるのかな。
「そんなことさておき……ここって一体どこなの?」
「どこなのって、エルフの森じゃん!」
「そうじゃなくて、エルフの森のどこ? ってことよ。さっきから同じ道を歩いてるようだけど、そうじゃない気もするし……何より少し離れるだけでメグが消えちゃうから不安で仕方ないわ」
どうやら森と霧というベストマッチは冒険者を迷わせることに特化しているようで、霧で方向は分からないし地面を見て確認しようにも地面も地面でほとんど何も変わらないから自分が歩いているのかすらわからなくなる。
そんなこんなが続いて森に入ってからもう五回はエルミルとはぐれた。
離れない方法があればいいんだけど。
「あ!」
おもいついた。
「どうしたの?」
ちなみにだが俺とエルミルの身長差だと霧のせいでほとんどお互いの顔が見えていなかったりする。
ていうか長い足しか見えない。
「手を繋げばいいじゃん!」
「…………」
急に黙るエルミル。
「おーいエルミル! 喋ってくれー場所がわかんないよーうっ!」
ガスっとエルミルのとおぼしき手が降りかかってきた、俺の姿が見えなかったから当たっちゃったんだろう。
「じゃ、繋ぐぞ」
俺は空から舞い降りた白い掌をぎゅっと掴んだ。
わぁ、飲み込まれそうにふにふにだ! なんだこれ癖になる!
ふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふに──!!。
──ズドンと。
今度は完全に殴りに掛かってきた。
「そ、そんなつもりじゃなかったんだ……ただ楽しんでただけで……」
「人の手で遊んじゃだめ!」
子供みたいに怒られた。
てゆーかエルミルの手がふにふにすぎるのがいけないんだ! 不可抗力だ! 俺は本能に従っただけであって、これは決して悪意があったわけではないんだ。
「まぁでもこれではぐれないならいいかもね」
「そうだな」
手を繋いで体温を共有しているからか。
エルミルとこうやって楽しく話せるこの時間に、なんだかとっても温かい気分になった。
きっとこれから、このクエストが終わってもこんな、のんびりとした雰囲気で旅は続いていくんだろう。
楽しく、平和で、誰も叫んだり、ましてや怒声なんて上がることのない──。
「ぎゃぁぁぁぁぁあ!! リア充ぅぅ!!」
俺が立派に建築したフラグは、目の前にいる低身長の女の子の怒声にさっさと回収されるのだった。
「いや、誰!?」