十七話 簡単に人と仲良くなる方法
「世界通行許可証?」
もの凄い滑舌で言われてそっちの方に気が取られたけど……
なんだそれ、聞いたこともない。そのせいで思わず受付嬢のセリフを疑問符をつけてまんま返してまった。
全く不意打ちには弱いな。
その点エルミルなんてさっきから腕組みをして何回も頷いているから、意味なんてとっくに理解しているんだろうなぁ。
多分名前自体は聞いたことあったけど実物は見たことがない、みたいなものだったんだろう。
でも、許可証って言うんだからパスポートみたいなもの? なのかな? よくわからないけど。
そもそもよく考えたらパスポートなんて一回も使ったことがないんだ。海外に行ったことなんて一度もないし、パスポートを作ったこともない。持ってないから使い方だってわからない。
あーだめだ、考えれば考えるほど頭が混乱してきた。
仕方ない、ここは頼れるお姉さんエルミルにでも聞いてみよう。
「……エルミル、意味分かった?」
「言うまでもないわ。で、どうなのメグは?」
「やっぱりか。そりゃまぁ……当然」
当然──わかってない。
と言うかわからないから聞いたんだけど。でも、俺の中にいる何かがエルミルに負けるのはなんかしゃくだからと語尾をにごすのだった。
「ともあれ、これがあれば便利ってことでしょ?」
エルミルが受付嬢に確認する。
「そうですね。これがあれば世界のどこにでも無料で移動することが可能になります。なんと言っても王様のお墨付きの許可証ですからね!」
「そんなの凄い物だったのねこれ……」
「王様の墨って……あぁ、汚れた方が価値があるみたいな?」
「…………」
俺が喋ると黙る2人。あれ違ったのか? 単純に王様のものだから高級ってことなのか?
うーん何だろう、特にエルミルからものすごい同情されてる気がする。
「で、こちらをどこで入手したのですか?」
見据えていた受付嬢が急に切り込んでくる。声が変わった。
あれあれー、なんだか受付嬢の様子がおかしいぞ? 怒ってるわけじゃないけどなんかめちゃくちゃ睨んでるし、とってもデスボイス。
「どこで入手……あぁエクレアっ──」
説明しようとしたら急にエルミルが「ちょっと待ってて下さい」と、言って俺の口をふさいで後ろを向く。
肩を囲われたからか、それはヤンキーに金を取られる人みたいな構図だった。
「なっ、なんだよ急に! 説明しようとしただけじゃん!」
「あーもう、わかってないわね。私達警戒されてるのよ!」
「どうしてさ?」
「あんなレアなものSランクでもない私達がなんで持ってるの? ってことよ」
それは……まぁ。いろいろあったからというかエクレアから貰ったというか。
「エクレアから貰ったって言えばいいんじゃないの?」
「あーそうだったそうだった、メグはまだ知らないんだったわね。だれかさんに気絶させられてたから」
後半をやけに強調している。
「いやそれ、エルミルだからな!」
「そんな話はどーでもよくて、今王都でちょっと話題になってるのよエクレアを助けた二人の英雄がいるって。新聞でも一面を飾ってたぐらいに」
どーでもいいのかよ、俺を気絶させたこと。
でも、新聞の一面って。
そんなに話題になってたのかよあれ。言われてみれば確かに凄いことなんだろうけど……うん。
「でも、それがどうしたの?」
「どうしたもこうしたも、こんな所で騒ぎを起こしたくないでしょう?」
騒ぎか、とりあえずどんなものか想像してみよう。
騒ぎ……打ち上げ……バカ騒ぎ……裸踊り……裸で胴上げ……シャンパンタワー……。
なんだ、楽しそうじゃないか!
「フッ。そう言うことか、分かったぜ!」
「というと?」
「エルミルは裸でシャンパンタワーをやるのが恥ずかしいから出来れば騒ぎは起こしてほしくないんだよな!」
エルミルに指差し確認!
まぁ、俺は別にそう言うのは男子校だったから慣れてるし楽しいとは思うけどやっぱりエルミルは女子だしな、裸を見られたりするのは苦手なんだろう。
俺も最初はそうだったからなんとなく気持ちはわかる。
うんうんと、頷いてエルミルの気持ちを悟ってあげる。
「その、どう考えても間違った回答を堂々と言えるメグの頭が心配になってきたわ」
「あれ、違った?」
「私の名前しか合ってなかったわ」
「まじかよ! シャンパンタワーぐらいは合っているかと……」
絶句された。
「……まぁいいわ、とりあえず誤魔化してくる」
そう言ってエルミルは振り返り、受付嬢の方を向く。
受付嬢は俺たちが話している間本を読んでいたのか、それを机の下に閉まって机に両肘をたてて、両手を口元で組む。
そんなまるでどこかで見たような、威圧的なポーズを取って構える。
「随分と楽しげに話していらしたようですが、こちらはどこで入手したのですか?」
その受付嬢ゆえの喋り方が威圧感に拍車をかけている。
しかし、そんなもので負けるエルミルではない。王女と脱獄し、そして奴隷商を倒した俺たちは伊達じゃないのだ。
そしてツンと鼻をたてて、エルミルは語り出す。
「そう、話せば長くなりますがそれはシドル歴最後の夏、私がまだ10歳の時の話です。その頃の私と言えばサキュバスなのにエナジードレインができないと言うことでとてもナイーブな、とっても不安定な気持ちでした、でも、それでも根は私ですからどうにかしてそんな状況を脱却しないとだめだと、気分を入れ替えなければなと、子供ながらにとても悩んでいました。そしてある日、とある番組を見た私はふと家の近くにあった海に足を運んでみたの。季節と時間帯の影響もあったのでしょう、その景色は今でも覚えています、星に照らされてキラキラと、まるで海そのものが宝石で──」
◇◇
エルミルが(多分)ありもしない話を初めてから大体三十分程経った(時計は見てないから本当に大体なんだけど)、いくら何でもここまで話を捏造できるエルミルもエルミルだけどこの根拠もない、よく考えればあのコインの入手の話からはどんどんかけ離れて行っていてどちからというとエルミルの黒歴史を自ら暴露しているようにしか聞こえないこんな話を楽しそうにニヤニヤと聞き続けられる受付嬢も受付嬢だとおもう。
アホじゃなくて真面目、仕事熱心みたいなイメージ。
話が面白いとかつまらないとか、合ってるとか間違ってるとか関係なく。取りあえずは聞いてあげようみたいな。
とかいっている間にもそろそろエルミルの黒歴史の在庫が切れてきたのか言葉の切れがだんだん無くなってきている。
なんとなくたどたどしい日本語を話す外国人みたいになってる。
もう見てられない! なんでそんなに騒ぎを起こしたくないのかわからないけど、今はエルミルのライフがなくなる前に俺が止める!
俺は飛び出しエルミルの腰を抱きしめる。ぎゅっと、腕ごと犯人をはじめとする捕まえるように。
「止めるんだエルミル! ここはもう正直にいった方がいい。こんな自分から傷を抉ることより裸でシャンパンタワーをやった方がまだいい!」
エルミルのライフがなくなるぐらいなら俺は裸になってもかまわない!
「どちらにしてもそんな行為には及ばないと思うけど……大体私たちが英雄だって──あっ」
あー。
エルミル自分から言っちゃった。
さっきの暴露よろしく言っちゃった。
でもその割に受付嬢の反応はなんだか普通だ。
不思議そうに見つめると、何かを察したようにフフッと穏やかに笑い。
「あー、いや大丈夫ですよー。あなた達があの英雄だってことはあなた達で作戦会議してるときにしっかり聞こえてましたので! それにしてもエルミルさん……凄いですねまさか──」
「す、ストーップ! わかった、わかったから……」
言わなくてもいい黒歴史を自分から三十分も話した結果、Sランククエストの受付嬢と仲良くなったエルミルだった。