十四話 女神のスキルと涙の理由
これまで加速装置とかエルミルとかそんなもんのお陰でなんだかんだ生き延びてきた俺だが、結局の所俺は弱い。
そりゃそうだ折角転生出来たってのにスキルの使い方が一つもわからないし、他に何といった取り柄もないんだから。
さらにはそんな自分のせいでパーティーから追放されたし、今だってこうして何も出来ていない。
ただ、エルミルに守られて流されているだけだ。
でも、あの涙を見て何もしないなんてことが出来るだろうか。自分の事を省みず俺達を助けてくれた、あの鈴のような声で笑う彼女を泣かせたアイツを許せるだろうか。
──否、そんな事出来る訳がない。
俺が弱いとか、強くないとかそんな事は関係ない。
今、俺がどうしたいかだ。
エクレアを助けるか、エクレアの事はエルミルに任せて何もしないか。
「そんなの、決まってる」
考えるまでもなく、
俺はエクレアを──助けたい。
だから、俺はその思いを胸に一歩踏み出した──。
「うぐぁぁあぁぁ!!」
──刹那、ゴウと疾風がおき。
俺の元いた地面が深く抉れ、その代わり反動で俺の右足が杖を構える黒ローブの身体を大きく蹴り飛ばしていた。
途端、森中に木霊する杖持ちの呻き声にも似た絶叫。
突き刺さるように大木へ叩きつけられたら彼を見てみると、黒ローブから少し赤いものが付いた白が見える。
あぁ、蹴られた時に体中の骨が砕けたのかもな。
そんな事が脳裏を掠めた。
なにが起きたのか、他の人間が理解するまで少しの静寂が森を覆った。
そして、
「ちょっ、メグ!?」
吹っ飛ばされた彼を無視しエルミルが駆け寄って来る(と言っても加速装置での高速移動だが)。
その表情は困惑と衝撃と不安と疑心が混ぜ合わさったようだった。
「どうしたんだよエルミル? 早くエクレア、助けようぜ」
今は俺のことなんて関係ない。
今は全力でエクレアを助けることを考えないと。
そして、それを邪魔するものは排除しないと行けない。
「そ、そうね」
納得したのかエルミルは剣を持つ黒ローブの方へと戻っていく。
「さてと……」
さっきは杖持ちが急に来て邪魔されたけど、今度こそあの奴隷商を倒すか……。
考えるが早し、俺はまた地面を踏みしめ巨大なクレーターを形成する。
そして──。
「ちぃ……!」
また、次は剣持ちに進行を邪魔をされた。
しかし、もう剣持ちは剣持ちではない、ただの、柄持ちだ。
さっきの一歩を剣持ちが剣で止めようとしたのが最後、彼のアイデンティティである剣は俺の蹴りを一度は止めこそしたものの、それっきり。
一瞬後にボロボロと砕け散る。
「邪魔しないでよ!」
俺は怒鳴って彼の胸元に入ると、柄持ちの腕ごと柄を握りそのまま柄で柄持ちの顎を強く打つ。
ここまで一秒とかかってない。
流石女神のスキル、桁が、次元が違う。
「おっぶっっ!!」
攻撃を受けた柄持ちの口から飛び散る鮮血。
柄持ちはそれを吐くと、それから一切の動きを停止させてその場で正座をするように倒れ込んだ。
ここまでしてやっと対峙できる奴隷商、アルノス・イルタ。
彼の目からは畏怖と、単純な怒りだった……もともと短気な奴だったのだろう、そうでなければこんな機動兵なんて召喚して使わない。
それだけの魔力があるのならもっと他の上位魔法が使えるはずだ。
って、そんな事はどうでもいいんだ。
「さぁ、エクレアを返して貰おうか」
「やだなぁぁ! あーもう、イライラさせるなぁ。何で俺の魔力の半分を使って召喚した機動兵を倒しちゃうのかなぁ!? めんどくさいんだよ本当に! アル、クレイド、ブルっっ!!」
だらだらと妄言を放ち続けた挙げ句、手から魔法陣を召喚し詠唱を始めた奴隷商の頬を、俺は思いっきり殴打する。
するとエクレアはその手から離れ、奴隷商は近くに生えている巨木まで吹き飛んだ。
その衝撃で大量の草葉が雪のように降ってくる。
「あぅううっ! い、痛いじゃないかっ! 折角の物理ダメージ軽減が壊れちゃった……壊れた!? はぁ? どんな力で殴ったら壊れるんだよ、おかしいじゃんかそんなの。お前半端ないって! そんなんできひんやん普通!」
何でそのネタ知ってんだよ!
って、まだ生きてるのか。なんて悪運の強い奴なんだよ。
「な、な、なんだ!? まだ俺に何かするつもりか!? だ、駄目だぞそんなことしたら本当に俺は死んじゃう! もうダメージ軽減の装甲はないんだっ!」
「いや、もうあんたに用はない」
そう言って、会ったとき同様地面に寝っ転んでいるエクレアを抱きしめる。
だって、俺のすべき事は奴隷商の殺害ではなくエクレアの救出だから。
俺はただ、それを邪魔した人を吹っ飛ばしただけに過ぎない。
「エルミル! さっさとエクレアを王城に返してやろうぜ」
俺は唖然と立っているエルミルに声をかける。
目的が達成出来た以上ここにいる意味はないからな。
「ええ、分かったわ!」
エルミルは渾身の笑顔でそう言った次の瞬間、加速して大木に埋もれ掛かっている奴隷商をグーで殴りつけた。
◇◇◇
あれから俺とエルミルとエクレアは王城に正面から入っていった。
というのも正門にさしかかるぐらいにはエクレアの意識が戻っており、王女権限みたいなものでそのまま入れさせてくれたからだ。
「それにしても、あの王様。めっちゃ焦ってたなぁ」
「そりゃ当然よ、王女拉致&脱獄犯が王女を連れて逃げたかと思ったら奴隷商を連れて戻ってきたんだから」
俺らがエクレアを連れて王の間に入った時の王様の顔を思い出すと今でも笑いを抑えられない。
いや、本当は顔だけじゃなくてあんなまるまると太った人が急いで走ったせいで階段で転けてコロコロと転げ落ちてきたってところの方が面白いんだけど。
「まさか、あの奴隷商を証拠にするなんて思わなかったよ」
「ふっふーん、少しは尊敬した?」
「尊敬っていうか、かっこいいなぁって思った」
ただの憂さ晴らしかと思ったあの最後の加速パンチ、あれは奴隷商を俺らがエクレアを連れ出そうとした犯人じゃないって事を証明するための駒にするためのものだとわかっときのアハ体験はもう一生忘れない事だろう。
「そ、そうね。それぐらいなら許してあげる」
何故か頬を赤らめて許してくれるエルミル。
まぁ、何かわかんないけど許されたんなら素直に喜んでおこう。
「お、おう。ありがとう」
そう言えば、
エクレアのパーティー加入の件に関しては、王様の意見を尊重して、年齢がまだ足りていないという理由で今回はなし。という形になった。
「俺は別にいいと思うんだけどなぁ……」
「なにが?」
「いや、エクレアのパーティー加入のこと」
「あー、でも王様に逆らってまでしちゃだめでしょ。しかもある年齢までいったら本人の自由にするって言ってたんだからいいじゃない」
全くの正論だな。
「そうだけど……ってエクレア!」
噂をすれば影が差す、とは違うかもだけどエクレアが「ふーたーりーとーもー! まってくださーい!」と大声出しながら走ってきた。
「どうしたの? そんなに息を切らして」
「これ、手を出してください。お父様からです……」
と言ってエクレアは、手を出した俺らの手にそれぞれコインを乗せる。
「何だ? これ」
「称号、みたいなものですね。さっきのお礼とは別の単なる王様からのプレゼントです」
「おお、わざわざこれを渡すために走ってきてくれたのか。ありがとう」
俺は柄でもなく、そのふわふわのエクレアの頭を撫でる。
にこにこと可愛らしい笑顔で、されるがままに撫でられるエクレア。
って本当にふわふわだ! しかもなんかいい匂いがする!
「ところでエクレア、何であの時泣いてたんだ?」
俺はふと、思い付いた事を訊く。そう言えばなんとなく心の中に残ってたんだよな。
エクレアは少し難しそうな顔をした後、
「うーん、教えなーい!」
そう言ってはぐらかしてきた。
どうやらまた一つ、俺には知らないことが増えてしまったらしい。