十三話 おんぶ
「ごほっ! ごげほっ!」
うぇえ、気持ち悪い。
アルノス・イルタの出した黒霧は彼が走り去った後も、もくもくとその量を増やしていく。
既に自分の視界全体がもう真っ黒になっていて、息をする度にどんどん黒霧が体に入ってくる。出そうとしてもまた息を吸うから新しい黒霧が体に入ってくるという無限ループが始まっていた。
声は聞こえるから隣にエルミルはいるんだろうけどもう黒霧のせいで姿は全く見えない。
だめだ、どんどん体力が……。
体力と共に意識が飛びそうになった時。
「もうだめ、これじゃあアイツがどこに行ったかわからないわ! ええい、魔力なんてどうにでもなっちゃえ! 『光り輝く鉄球』連射ぁぁ!!」
隣でイライラしていたエルミルは叫ぶと、両手を輝かせてそれを何度も解き放つ。
バンバンと打ち出される魔力の塊は四方八方、多分エルミルの魔力限界ギリギリまで打ち続けられる。
それは、黒霧は鉄球にふれる度、次々とふわりと音を立てるように飛び散っていく。
俺の目で疲れきってヒーロー着地のポーズをしているエルミルが見える頃にはもう辺り一面の黒霧は完全に消え去っていた。
当然、周辺の木々もまるっとなくなっていたんだけど。
「メグ……行くわよ、アイツを倒してエクレアを助け出すわ」
うわぁかっこいい。
と、素直にそう思った。
「もちろんだよ、エクレアは俺だって助けたい。って、エルミル大丈夫なのか? それ」
それ、と言うのは勿論エルミル自身である。
俺は自分で魔法とか使ったことがないから魔力をギリギリまで使った時の辛さ、とかそんなものはよくわからないけど、みた感じだと千メートル走った時よりは遥かに辛そう。
呼吸するだけでもうキツい、みたいな感じ。
「大丈夫にするのよ! さぁ追いましょう! あんなやつさっさと倒してやるんだから!」
口調はいつも通り元気、いつも以上に元気だからまぁ大丈夫なのかもしれないけど、俺もなんか手伝ってあげたい……あ!
「エルミル、これあげる」
「ん? ストレージボックス?」
俺はポケットから少し大きめのストレージボックスを出してエルミルに渡す。
「そう、加速装置の入ったやつ。俺は使うの苦手だけどエルミルなら使いこなせるんじゃないかって」
「えっ! こんな高いのいいの?」
「うん! そんなことよりも今はエクレアだろ? 早くいこう!」
「そ、そうね!」
エルミルはストレージボックスを大事そうにポケットに仕舞い、またすぐにそれを叩き割った。
ぐにゃりと歪んで現れる加速装置がエルミルの脚に装着される。
「わぁ! 格好いい……さぁメグ私に乗っかって!」
目をきらきらさせた後すぐに切り替えて、しゃがむエルミル。
そしてパンパンと両手で自分のお尻を叩いてる。
「乗っかる?」
「おんぶよ、おんぶ! メグも一緒に行くんだから!」
「一緒に!? 俺強くないのに?」
エルミルに加速装置を私たのは俺を置いて先に行ってもらうためだったのに。
あと、戦闘中に俺がいたら邪魔かなぁなんて……。
「もう、エクレアを助けたいんでしょ!?」
考えた瞬間エルミルの言葉がそれを打ち消す。
そりゃそうだ、助けたいに決まってる。
エクレアを助けないなんて選択肢は始めっから用意してない。
だったら。
「わかった! 乗っかるよ!」
そうと決まれば善は急げ、速攻でエルミルにおぶられる。
「行くわよ──」
「わぁ、エルミルやわらかぁぁぁあ!!」
エルミルは俺が乗ったことを確認するや否や瞬間で加速した。
ぎゅんぎゅんとそのスピードは上がっていき、森の中を突き抜けていく、瞬きをしたらもう、前にあったものは百メートル以上後ろに移動してる。
そんなスピードで移動するもんだからあの黒霧を出して逃げた奴隷商にはすぐに追いついた。
「見つけた!」
それにしても奴隷商の移動速度は速い。人間の速さではないから何か高速に移動できる魔法でも使ってるのかもしれない。
「そこまでよ奴隷商!」
しかしそれでも、加速装置に勝てない。
追いついた瞬間追い抜くと、エルミルは奴隷商の前に両腕を広げ立ちはだかる。
「よっと」
俺も降りて同じポーズをする。
一人でやるよりも二人でやった方がきっと圧迫感はあるからな。
俺らを前にして奴隷商はバツの悪そうな顔で、楽しそうに独り言をつらつらとする。
「くくっ、速いねぇ。あぁ加速装置か、ううむそれは想定外だった次からは気をつけるとしよう。なんてったって今までは加速装置なんて高価なものを使う人間とは戦わなかったからね。君達が初めてだ!」
「あんたの独り言は聞いてないの、さっさとエクレアを返して」
楽しげに話す奴隷商を突き放すように言うエルミルの口調は依然として強い。
エクレアが側にいなかったら速効で殴ってそうだ。
「まぁまぁ、それにしてもあの黒霧からよく逃れられたよね。うん、すごいすごい。あれって結構体を蝕む系の魔法なんだけどよく耐えられたね」
奴隷商は気持ち悪くハハッと笑うと。
「でもさ、そんな君たちでもこれには対応出来ないんじゃないかなぁぁ!!」
そう言って指を鳴らした。
「なっ!」
「なによ!」
その音で現れるのは二人の黒いローブを羽織ってフードを深く被った人間。
身長は俺らとは比べるまでもなくデカい。
右にいるのは剣を持ち、左にいるのは巨大な杖を持ってこちらを睨んでいる。
「そいつ等は魔法によって強化された機動兵、並みの攻撃じゃあ倒せないから、ハハッ。せいぜい頑張りたまえ!」
奴隷商はまた、そう言ってその場から逃げようとする。
ふわりと動いたローブの中から一瞬、縄で縛られたエクレアが見えた。
縄は身体だけでなく口にもかせられていて、喋ることさえさせないあの奴隷商のいやらしさが垣間見えた。
そして、エクレアは泣いていた。どうして泣いてるのかはわからない。パーティーに入れなかったから泣いているのかそれとも縄がきつくては泣いているのか、それともまた別の理由か。
わからない。
でも。
それを見て『助けなきゃ』と、強く思った。
その瞬間、体に電気が走った。