十二話 額には王印の刺青を
俺らのいる川縁のその向こう、そこにエクレアはいた。
確かにいたけどそこにいたのはエクレアだけではない。もう一人、ここからじゃ誰かも分からない性別すらも判断し得ない黒いローブの人間がいた。
「エクレア! 何でそんなとこにいるんだー!」
俺は叫ぶ。
「むむぐっむむ!」
「全然聞こえないよー?」
聞き返してみるけど、返事は一切聞き取れるようなものではなかった、寧ろ返事をさせないようにされているかのよう。
まさか、あのローブの奴に何かされているのか?
「エルミル! 助けないと!」
「違うわ、あの人は多分衛兵。くっ、もう助けがきたのね」
舌打ちをするほど悔しがっているエルミルは始めてみた。
会って二日目だけど。
「ってどういうこと?」
何で衛兵があんなローブを着てエクレアを喋れないようにしているんだ?
「簡単よ、王女様が脱獄犯と逃げてるなんてすぐにバレるに決まってるじゃない。それできっときたんでしょう」
「でも! 俺らは犯罪なんてしてない!」
俺の必死の叫びもエルミルの言葉にすぐ、黙らせられる。
「でもそれは私たちとエクレアしか知らない。他の人からしたら私たちはただの脱獄犯なのよ」
で、でも。
言いかけてその言葉を喉元に戻した。ここで反論したってどうしようもない。
だってどうしようもないんだから。
少ししてエクレアと衛兵は俺らを後ろにして、更に深い森へと足を運ばせようとした。
その時、エルミルは強い口調で黒いローブの人に話しかけるように呼び止める。
「ちょっと待ちなさい、そこの男!」
「男?」
何だ、あの人男なのか。
「それにしてもあなた、なんか見たことあるわね」
エルミルの強い口調は変わらない。寧ろより一層強くなってさえいる。
確かに、見たことあるような無いような……あの髭、ぐるぐると顎全体を覆っているあの髭どっかで見たことあるような。
あっ! バズ……じゃなくて。
「あの時の衛兵だ!」
何かいいたげなエルミルよりも早く、俺が声高々と叫ぶ。
すると、その声が届いたのかおもむろに衛兵が動きだし。
「ばれてしまっては仕方ない。こんな格好だが私はこの王城を守っている衛兵の一人だ。君達脱獄犯から王女様を助けるためにここに来た」
そう言って衛兵はフードをとる。
本当だ、確かに衛兵の広い額には王印の刺青が入っている。
やっぱりあの人は衛兵だったんだ。このままだと捕まっちゃう。
「っ……エルミルどうす……」
少し首を上に傾け、エルミルに呟こうとする。しかしエルミルは衛兵の方をずっと見つめ、いや、獣のような目で睨み付けている。
そして、
「いいえ、嘘よ!」
と言い放った。
エルミルは呟くように言う「フードを取ってくれて本当、助かったわ。その額の王印の刺青、知らないとでも思ったの?」と。
「え? あの刺青って衛兵の印じゃないの!?」
「全然違うわ。あの印はね、悪い人の印なのよ」
そう、いつもにまして優しく教えてくれる。
どうしてかエルミルは少し楽しそうな笑顔をして、大きく息を吸う。
そして言った、衛兵の正体を。
「あなたはアルノス・イルタ奴隷商人よ!」
◇◇◇
「全く、貴様にはこの王印が見えないのか? 脱獄犯」
そんなことを言う衛兵の顔はとてもいやらしく笑う。もう気持ち悪いほどニタニタと。
アルノス・イルタ。その名前を聞くと衛兵の様子は一変した。
特に目が、急にまるで悪い人みたいに細くなる。
「うるさいわね、奴隷商」
エルミルも全く負けてない。
「ちっ、だから俺は衛兵だって言ってんだよ!」
とはいうものの、エルミルはまるでゴミを見るような目で彼を見て。
言葉を続ける。
「あなた、じゃあ何でエクレアをこそこそと連れて行ったの?」
「しかも進んでる方向が全く王城とは逆の方向じゃない?」
「って言うか、衛兵の額に王印なんてある訳ないじゃない、あんたバカぁ?」
そして、最も俺が言われるだろう言葉を投げかけられると、彼はブチ切れた。
「あーっもう、うるせぇなぁ! 脱獄犯のくせにいけしゃあしゃあと! まっ、てなわけで……じゃあな」
アルノス・イルタはそういい残すと、手から魔法陣を出し。
そこから黒霧を噴出させた。
それはもう、森一帯が真っ黒に染まるほどの量を。
「エルミル、追おう!」
「勿論よ!」
しかし、それと同時に開戦の火蓋が切って落とされた。