一話 どうやら追放されたらしい。
□現在 団用ログハウス 【???】
「もう、何なんだよ! お前転生者じゃないのかよ!」
パーティーリーダーのトリンは机に拳を叩きつけ怒鳴り散らす。
だが、こんな古典的な事で脅えるような俺ではない。そんな音で威嚇してるようじゃまだまだだね。
「転生者だってば! 嘘なんてついてないよ!」
そう言いかえしてやった。
そうだ、俺は嘘なんてついていない。
と言うか嘘なんてつける性格でもないし、ついている場合でもないのだ。
しかし、それを信じようとしないのか、トリンの強く握りしめられた拳はより一層強く握られ、震えまでしている。
そして、鬼の形相で俺を睨むとまたトリンは叫んだ。
「だったら何でそんなに弱いんだよ!!」
二人の間を抜ける風の音がやけに大きく聞こえた。
冷や汗。
……反論の余地なし。
「わ、わかんないよそんなの!」
「わかんないだと!? ふざけるなよ、このパーティーはお前を入れてからと言うものどれだけ苦労をしてきたと思っているんだ! 転生者は最強だってのが定石だから雇ったのにおまえのせいでもう破産寸前なんだぞ!」
それからこの落とし前はどうつけるつもりなんだと続け。
最後には。
「お前なんてさっさと辞めろ! 邪魔なんだよ!」とまで言われた。
そんなこといわれてもどうしようもないじゃないか、俺だってどうにかして強くなりたいしせっかく転生したんだから楽しい人生を送りたい。
でも。
「わ──」
わかんないよと言いかけ、胸の奥にしまい込んだ。これ以上なにを言ってもだめだし、何よりも悪いのは俺だ。完全に──俺だ。
数秒黙ってから俺は口を開いた。
「分かった。やめるよ、もうやめる」
「はっ! そうか、物わかりのいい奴でよかったよ。さっさと出て行け、害虫」
トリンは俺を思い切り外に蹴り飛ばすと、ドアの締め際そんな捨て台詞を吐いた。
害虫、その言葉がやけに耳に残った。
◇◇◇
□一年前 天界【???】
ことの発端は去年の5月下旬、高校からの帰りだった。新しいクラスでやっと友達が一人か二人できて(友達作るの苦手なんだよ)何かこれから始まる楽しい学園生活を心待ちにしていたそんなとき。
俺はいつの間にか別世界、すなわち異世界へと飛ばされていた。
瞬きをした瞬間にパッと視界が全て変わっていたのだ。
どうしてこうなったのかとかは本当によくわからないけど気づいたときには、真っ黒な世界に際だつ白の本棚と、絹のように白く輝く長髪を地面にまで伸ばしている、自称女神がいた。
「こ、ここは……」
「貴方は死にました」
とてつもないスピードで割り込んできた。
わかりやすく言うと最初の『こ』から三番目の『こ』間での間に全て言い切っている。
開口一番不謹慎な女神だ。
「はぁ」
「と言うことで異世界に飛んでもらいます、ほしい能力とかある?」
「ちょっと待って……下さい。情報量が多過ぎです」
あと口調がめちゃくちゃ軽いです。到底女神様が使っていい口調ではないかと。
そんなことを考える気分は、まるで側近だ。
「うーん、何でもいいってこと?」
「いやいやいや何でもよくはない! 能力とか、異世界とか訳が分からないんですけど!」
「さては貴方、全てを知る能力がほしいのね? じゃあ片目もらうね」
「展開はやいよ! ってそれオーディンの伝説じゃん俺の目を勝手に交換しないでよ! すべてを知る能力とか別にいらないから、目の方が大事だから。……そうじゃなくてもっとこう、チュートリアル的な、簡単な説明を……」
言い終わる前に。
「説明を受ける能力……」
「どんな能力だよ」
そんなのいらないわ。
「もう仕方ないですね、では説明をしましょう。ここは死んだ人が来るところです。勿論抽選ですが」
抽選なんだ。
てか勿論なんだ。
「はい! 質問いいですか?」
手を挙げるとどうぞ、と言い女神は俺を指さす。
「俺の死因って何なんですか?」
「打撲ですね」
もう即答だった。
「打撲? 俺、死んだときの記憶がないからよくわからないんだけど、もしかしてあの後俺って車に引かれたりしたんですか?」
転生系の定番といえばやっぱりトラックに引かれるってやつだよな。
俺もとうとうそれの仲間入りってことかな。
ちょっと待ってと言い、女神は本棚から一冊の本を取りだしパラパラとめくった。
「えーっと……道路で眠って、コンクリートにヘッドバット! って書いてありますね」
書いた奴誰だ! 人の死因で遊ぶなよ!
てかなんで俺は俺で路上で寝てるんだよ! 訳が分からん、もうこれが夢であって欲しいとまで思えてきた。
「で、欲しい能力は……?」
「うーん、能力なぁ……」
こう、改めていわれると何というか何がいいのかわからないよなぁ。そりゃあ強いのがいいんだけとなにを以てして強いと判断するかによって強さっていくらでも変わるからなぁ。
選択肢が多いと困るって本当だったんだな。東大生の気持ちが死んでからわかるなんてなんて皮肉だよ。
「ねぇ女神様、オススメのってある……りますか?」
「オススメ……。そうだね、全部おすすめだよ!」
全部おすすめって……女神のスキルだから全部おすすめだよ! なんて言われても困るんだよなぁ。
そうじゃなくて俺が訊きたかったのはどれが一番オススメなのかってことなんだけど……。
まぁでも全部オススメって言うのなら問題は無いか。
「能力はもうそれでいいや。で、俺はどこの異世界にとばされるんです?」
「どこがいい?」
「え、指定とかできるんですか!?」
思わぬ希望に輝く俺の目。
やったぁ! どうしようかな何処にしようかな。やっぱり定番の中世風だけど魔法がある世界とか? でも荒廃した世界でモンスターを狩るって言うサバイバル的な世界もいいなぁ。
後はスチームパンク的なあれだな。車輪が一個しかない蒸気機関のバイクとか、ああいうの乗ってみたいんだよなぁ。
あれに乗って敵から逃げたい! 後ろにヒロインを乗せて。
と、そこまで考えたところで女神が言った。
「まぁ指定なんてできないけどね」
出来ないのかよ。
何で期待させんだよ。生殺しかよ、普通に残酷すぎるだろそれ。
「と言うわけで、貴方にはそろそろ転生してもらいます」
「え、もうそんな時間なんですか?」
「いや、そういう訳じゃないけどそろそろ飽きてきたので……おっとこれ以上は言えませんね」
全部言ってますね。
今更そんな可愛らしく口を手で覆っても無駄だぜ。
「まぁそれはいいけどさ。俺もそろそろ新しい世界に飛び込みたいし!」
「じゃ、いっきまーふっ!」
噛んじゃった、噛んじゃったよあの女神様! 一人の人間をこれから転生させようって時に噛んじゃったよ。
でも俺を転生させる魔法に詠唱は関係ないらしく、噛みながらもちゃんと俺の下に魔法陣は出現していた。
とても大きく青白く光るそれは、俺の体を足から上に上がるように順々と光へと変換していく。
自分の体の感覚が消えるのがこれがまた何ともいえないような気持ち悪さだ。
例えるのなら朝起きたときに自分の腕を枕にしていたせいで腕の感覚が全く無いあの感覚ににている。
今は腕の重さは感じられないから少し違うが、自分のものが自分のものじゃないみたいな、あの感覚が表せる表現が他に思いつかない。
そして、ついにその光が顔まで到達してきた。
「じゃあ、なんかよくわからなかったけどありがとうございました」
「おお、以外と律儀だね。じゃあねーがんばってねー」
意識が段々と薄くなり、視界も黒く染まっていく。そろそろ考えることすら難しくなってきて──。
「あ、そう言えばスキル全部入れちゃったから脳みその九割はそれに占領されちゃってて、そのせいで馬鹿になるよ! って言うの忘れちゃった……でも、まぁいっか!」
と、聞こえた声も今では何を意味していたのかすら解らない。
だって、馬鹿になっちゃったんだもん。