愛の光
電撃大賞、応募作品です。
野次郎様
元気でやっていますか? 私は元気です。
あなた様が私の為にしてくださったこと、それは私の身一つではとても返すことができませぬ。
あなた様はその代償として力を失った。
そして、自らを悔い、その場所、運命をそこだと決めなさった。
野次郎様の決意は私には到底、計り知れないものでございます。
しかし、私はただあなた様に会いたいのです。あなたの傍にいたいのでございます。
それが叶わない今、あなた様の気持ちも分かりません。
野次郎様は私を愛してございますか。私は愛しています。
あなた様が何故返事を返してこないか、私には分かりません。それは奥義である「愛」の力故、そしてそれがとても歯がゆく存じます。
もしかしたら、それ故かもいたしませんね。あなた様は私に返事を返すことで私のその思いが強くなると思いになっているのかもしれません。
あなた様の私に対する、ご配慮、痛み入ります。
それでも、それでも、決してあなた様と会えない身だとしても、私はあなたが生きている。元気でやっている。それを切に知りたいのでございます。
ただあなたへの思いを募り、そしてお返事を待っています。
妙
※
「『愛』を持って、『信』を持ち、そして『忠』が生まれ、『志』は強くなり、そして『夢』が叶う」
俺は屋敷の廊下で、いつか俺達と同じ、術師を志す、まだ幼い子供たちの合唱を聞いていた。
「そうだ、常々それを覚えておれ、愛が大事なのだ、愛がなければ夢は叶わない」
太古、昔、この国がまだ平和じゃなかったころ、我等、術師と呼ばれる、神から力を授かり、術を行使できる一族が生まれた。
そのとき、この国の多くの豪族が我らの力を頼りにした。我が一族は大きくその歴史に影響を与えようとはしなかった。むしろ自らの力を使い、あらゆる勢力と闘った。
―――我らの力はいかなる勢力であっても、加勢してはならない、ある豪族に我らが加担すれば、その豪族は絶大な力を持って、この国を征服するだろう。そして我等はその豪族に滅ぼされてしまう。我らは神を崇めるのだ。我らがお仕えするのは神以外にあってはならない―――
そうそのことは、五の言の他によく聞かされていることだった。
五の言とは、さっき子供たちが合唱していた言葉である。
愛、信、忠、志、夢
術師はこの五の言の真理を知ったとき、奥義を会得することができると聞かされている。
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
俺が向かっているのは、五天郭と呼ばれる建物だ。そこは普段は術師の修行、鍛錬の場所であるが、今日は違う。術師になるための最終試験が行われるのである。
長い廊下の途中の縁側で草履に履き替えて、離れにある五天郭に向かう。
五天郭に近づくにつれ、緊張が増す。こんなに五天郭は大きかったのだろうか? まるで、自分があまりにも小さいと実感させられるようだ。五角形に象られた建物に三角が五つ突きだすように、部屋が隣接している。屋根には黒の瓦をしかれていて、五芒星に象られる以外は変わった構造ではない。しかし今日の五天郭には不穏な空気が漂よっているように見えていた。
俺は自分の力を信じてない訳ではない。俺は誰よりも術に対しては才能があった。必ずや奥義を会得し、そして術師になることができるだろう。そう強く、腰に差している刀の鞘を握り締める。
五芒星の一つの辺にある、両開き扉を開け、そして中に入る。
五天郭の中には窓がなく、明かりがないと真っ暗である。明かりは蝋燭がところどころに点在していたが、いつも修練するときに比べて少ないように感じた。少し薄暗い。
蝋燭の火に当たられた修行師を見てみる。試験を受ける修行師の数は五人。黒色の袴に五芒星が左胸に描かれた白い羽織を着ている。この服装は術師の装束であり、今日は特別、修行師達にも着ることが許されていた。とても皆、緊張している。顔に全く表情というものが見られない。
俺は声をかけようとしたが、できなかった。その張り詰めた雰囲気が自分の声帯を押し殺す。
しばらくして高齢の師が声をかけた。
「今から試験を行う!」
「はい!」
一同に返事する。そして師が順番を決める。俺は最後だった。言い渡された直後、武者震いが始まる。最後だったのは幸運だったかもしれない。どんな試験か伝えられていないため、何をするか見当もつかない。皆がやることを見ていれば、参考になり、そして合格になりやすいかもしれない。
師はそれを告げると、土の地面に五芒星を書き始めた。そして、愛、信、忠、志、夢と書かれた球を頂点に置いた。
「この球は我が一族の秘宝であると同時に神器である。この球はお前たちの心を映し出す。つまりは、この球に記された文字は、光を放つと同時にそれは神に認められたことを表す」
そして、一番始めだと告げた修行師の名を呼ぶ。
「真ん中に立て」 「はい」
その男は五角形の真ん中に立つ。
「全ての球に触れ、そして、終わったら五の言を唱えよ」
「愛を持って、信を持ち、そして忠が生まれ、志は強くなり、そして夢が叶う」
その男が五の言を言い放った瞬間、全ての球が光を放った。
球は煌々と青い光を放ち、強く俺の眼球に突き刺した。思わず手で目を覆う。
「合格じゃ」 「……」
しばらくその修行師の男は固まっていたが、後に歓喜の声をあげた。
「次」
どんどん合格者が出ていく。その者たちは自分より術が上手くない者たちだった。
俺は確信した。これなら大丈夫だ。きっと合格する。
次は俺の番だ。俺は五角形の真ん中に立つ。
そして前の皆に倣って、全ての球に触れた。
「唱えよ」
「愛を持って、信を持ち、そして忠が生まれ、志は強くなり、そして夢が叶う」
俺は五の言を唱えきった。
「……」
俺は目を瞑っていた、やはり自信があったとはいえ、不安はあった。ゆっくりと目を開ける。
「……」
球は一つたりとも光ってはいなかった。いや正確には一つだけ光っているが、その光っている愛の球は黒い光を放っている。そして他の球までその光が移ろうとしている。
「これは……」
周りがどよめく。師達が集まりだした。そして何か話している。
「野次郎は危険じゃ! 拘束せよ!」
大声で叫んだ。修行師はすぐに動けずにいた。
「その男は我が一族に厄災を及ぼす。ほうっておけば、我が一族を滅ぼす! 何をぼーっとしておるか?」
何が起こっているのだ。分からない。分からないが、師が俺に刀を抜き、そしてこっちに向かってきている。後ろは修行師たち。
俺は本能で理解した。
―――殺される―――
そう思った瞬間、反射的に後ろの修行師を斬った。
血しぶきが自分に降りかかる。臆する修行師。逃げなければ・・・・。
一目散に俺はその場から立ち去った。この村の中を無我夢中で走って、山奥に逃げていった。
※
あれからどれくらい時間が経っただろう。どれくらいの日にちが経っただろうか?
俺は幾人もの人をこの刀で斬った。
逃げても逃げても、襲ってくる術師達。俺は全て向かい討った。どれほどの人を殺めたのか、それすら覚えていない。
杉の木の下で寝ていた体を起こした。
「腹へった……」
そう独り言を言った。いつ殺しにくるか分からないが、寝ない訳にはいかない。それに寝込みを襲われたときの修行は経ている。気配を感知すると俺は起きれるだろう。実際、それで何人か返討ちにした。
道で無い森の中を歩く。行先はどこでもよかった。どうせ行くあてもない。決してつかまらない遠くに逃げてもいいが、もうどうでも良かった。
術師たちは大して強く無いことが分かったからだ。修行の身であった俺だが、俺は全て術師達に勝っている。必ず勝てるという保障はないが、まあどうでも良くなってきた・・・。人を殺めることになんの躊躇がない俺は、自分の命すら大事に思っていないのかもしれない・・・・。
魚でも捕ろうか。水が流れる音を聞こえてきた。俺は滝から水が落ち、水が溜まっている所に着いた。
刀を抜き。水中に潜る。そして魚を見つけて、刃を突き刺す。
簡単に魚は捕れる。術だけではなく、剣技も身体能力も飛びぬけていた自分にはこんなことはとても簡単なことだった。食事にさしたる問題はない。
水中から顔を上げて、岸に上がった時だった。
術師が斬りかかってきた。油断した。俺は瞬時に避ける。
「我に宿りし、神の御霊よ、我が刀に風来の力を授けんとす」
その男は刀に術をかけた。俺は身構える。この術は刀を振るだけで、鋭い風を起こし辺りを切り裂いてしまう。
しかし、それは斬撃だけ注視していれば、どこが危ないか分かる。男は刀を横に振る。
俺は一気にしゃがんだ。そしてその体勢で刀に術をかける。
「我にいかなるものよりも、速きもの、神の御霊よ、我に疾風のように力を授けよ」
そう言った瞬間、その男の懐にいっきに距離を縮め、そして両手でつよく柄を握り締めながら一気に縦に振り落とす。
血しぶきが顔をふりそそぐ。まあいいか。また川で服や体を洗えばいい。そう思い、振りかえった。
俺は固まってしまった。そこにいたのは近くにいた村人であろうか? 生娘のような白く透き通った肌。黄色い装束を着た娘が、洗濯しようとした桶を落として、その場に立っていた。
―――美しい……―――
しばらく見とれてしまったが、そんなことをしている場合ではない。見られたからには殺さなければ。もし大声でもあげられれば厄介だ。今、ここに刺客がいたということは、俺をこの付近で探している可能性が強い。多い少ないかは分からないが、ともかくこの女を殺さなければ・・・。
川の浅瀬に膝までつけながら、俺は近づく。しかし、その足取りを鈍くさせられていた。
こんな美しい女は見たことがない。それ程の女だった。
女は逃げられるはずのこの状況において、逃げなかった。足が、体が硬直して身じろぎ一つしない。目を大きく開け、放心したままだった。
俺は三尺ぐらいまで、その女との距離になったとき言った。
「動くな!」
女はようやく、ハッとしてように正気になった。そして、体を腕で抱き、声をあげようとした。俺は背後に立ち、手で口を覆い。言った。
「声をあげるな! 殺すぞ!」
そして、刀を女の喉元に当てる。
女は全身を震わせている。しかし、しばらくするとその動きはピタリと収まった。
「好きにしなんし 私は死ぬことは怖くない・・・・」
俺はその言葉を聞いて、喉元に当てていた刀を自分の腰あたりまで下ろしてしまう。
女はまるで猫が威嚇するかのように、俺を睨みつけ、そして少しばかり距離をとった。
「殺さないのですか? 私は逃げもせず、声も上げませぬ。あなたの好きなようにしてくださいませ」
「……何故、何故、お前は死を恐れないのだ。そうして、俺を目の前にして正気でいられる?」
「あなた様が、絶対にそうしない、確信があるからでございます」
その言葉を聞いて俺は脱力してしまった。刀を地面に落とす。
―――不思議な女だ……―――
「あなた様は何の理由もなく殺す人には見えませぬ。本当はとてもお優しい方」
「動くな、斬るぞ!」
女は勝手に桶を拾い、そして洗濯物を入れ始めた。俺も刀を拾いあげる。
「強情になるのもそれぐらいにしてくださいまし」
そう言って、洗濯物を桶に入れ終わると、こう言った。
「あなた様は今日、どこか泊まる場所があるのですか?」
「ある」 「嘘をおっしゃいまし、あなた様の身なりを見たら分かります、私は親が死んで独り身でございます。私の家に来なさい」
「いつお前は殺されるか分からないぞ! それでよいのか?」
「そうなれば、それはそれで結構なことでございます」
そう言って、鼻歌まじりで背後の森の中に入って行った。俺はただ、黙ってそれを立ったまま見ていると女が怒鳴った。
「何のそのそしてらっしゃるのですか? 早くしなんし」
俺はそのとき、何故か言動に導かれるように連れられて行った。
森の中にそれはあった。あばら家という訳ではない。雨風をしのげるようなしっかりとした木でできた家。屋根は瓦を敷いてないものの、代わりに大小様々な石が敷いてあった。
外からでは分からないが、木の板で出来た壁もそんなに薄いものではない。
両開きの扉を開けて、障子の扉も開けた。
「さあ、入って!」
そう言って、その女は俺に土間に入るように誘う。
俺は応じなかった。確かにしばらく雨風をしのげるのはありがたいし、身を隠すにも利用できる。悪い話では到底なかった。しかし、その女の言動や行動から躊躇いを感じざるをえない。
「遠慮いらないから!」
俺はその女に手を引っ張られてしまっていた。為すがままにされ、俺は家の中に入らされてしまった。
土間以外、一部屋しかなく、部屋の真ん中には囲炉裏があった。
「座りなんし」 そう言って、女は座布団を二つ持ってきて片方を俺に使うように促した。 「……」
「うちね、代々木こりの家なの。だから近くの村とは少しは交流があるけど、滅多に人の出入りはしない。安心して」
「……そうか」
俺はその話を聞きながら、座布団の上に胡坐をかいた。女は明かりの代わりに囲炉裏に火をつける。そして、雨戸をあけて、夕日の光を家の中に入れる。
「今から夕飯にするね。なに作ろうか? なんでも言って。でも、作れるものって言っても限られてるけどね」
微笑みながら俺の顔を見る。
「なんでもいい」 そう小さくつぶやき囲炉裏の火を見ていた。
土間で竈を使ってご飯を炊いている。
米など食べるのは何日ぶりであろうか? 思わず唾を飲み込んだ。
「はい! あんまり大したもの出来ないけど、居候になるんだから、これで我慢してね」
女は謙遜していたが、毎日魚ばかり食べていた俺からするとそれはごちそうだった。
ご飯に味噌汁に山菜の揚げ物。そして、焼き魚。山の幸がふんだんに使われている、お膳が運ばれてくる。
「一つ聞いていいか?」 「何?」
「お前は怖くないのか?」
「どういった意味でございましょう。私があなた様と同じ屋根の下で床につくことが怖いということですか?」 「違う」
それを聞くと大きな溜め息をついて言った。
「最初から、何度も言っているではございませぬか。あなた様はそんな人には見えませぬ」
「世間知らずにも程があるのではないか? まして、お前は俺が人を斬ったのを見ていたのであろう」
そう言って、刀を鞘から取りだそうとした。女は柄を握り締めた俺の手をすぐさま、抑えて静かに言った。
「もう、およしになさんし……」
「……」
俺は思わず握り締めていた手に力を抜いてしまった。それを確認すると女は俺と囲炉裏をまたいで反対方向に座り、そして言った。
「さあ、夕飯にいたしましょう」
にこやかに手を合わせて言った。 「いただきます」
俺も静かに出された、ご飯に手をつける。
しばらく、その女と共に生活をした。その女はどこの誰かも分からない、俺を何の疑いもせず受け入れる。奇妙だとしか思えない。
殺されるということもそうだが、こんな美しい女と一緒に寝泊まりして、襲われるという心配がないのか。女に対するそういった欲望は低いほうだが、襲ってやってやらなくもない、ぐらいの性欲はある。
しかし、そういった不安の色を女には全く表れていない。むしろ自らすすんで俺の世話を焼いている。そして、そのことが嬉しそうに見えるである。
「あのさ、今から木、切ってくるけど、家にいる?」 「ああ」
「そう、あなた様はずっと働かずに居候する訳ね」 「……ほうっておけ」
「じゃあ、行ってくるね、村に寄るから帰りは遅くなるかも、待っててくださいね」
「待て!」
何故、俺はこの女を呼び止めたか理由はハッキリしない。ただ自然と言葉が出ていた。
「お前の、お前の名前はなんという」
女は驚いた顔をしていた。そして満面の笑みで言った。
「妙でございます。あなた様の名前はなんというのでございましょう?」
「野次郎だ」
追われている身なのに、俺は躊躇いもなく名前を明かしてしまっていた。
「これからもよろしくお願いしますね。それでは」
そう言って、女は斧を持って山の中に入って行った。
―――妙か……―――
その言葉が俺の思念に強く残った。
「さてと」
俺はこの家を離れた。別にこの女の身にも危険が及ぶため、この場所を離れるわけではない。ただ少しでも、雨風がしのげるこの場所を奴等に知られたくないだけだ。
俺は今日も行く当のない道を歩く。上っているのか、下りていっているのかすら分らない、そう見ると暗闇の中に迷いこんでいるように感じる。
そろそろ帰ろうか。今日は刺客に出くわさなかった。
「我、神に奉じる者、我の供物に炎の力を授け給え」
術の詠唱が聞こえる。まずい。焼き殺す気だ。
この術から逃れられる方法はある、しかし術が発動してからでは、こちらが唱えても遅い。
一瞬で声の方向を確認した、術師は俺に向かって刀を振りかざしている。足に全身全霊の力を持って逃げる。
爆発音を背後から聞こえる。俺はその爆風によって飛ばされた。そして地に伏せる。
四つん這いの状態で振りかえる。
木々や草木が勢いよく燃え上がる。助かった。しかし、そんなことを考えている時間などない。すぐに刺客が俺の喉元に刀をつきつけている。だが俺はただ逃げていた訳では無かった。
「終わりだよ。野次郎」
「何がだ?」 「往生際が悪いのではないか? 死ねよ」
刺客が刀を振り上げる。その瞬間、俺は地面に脇差で五芒星を描く。刺客の足元が突如、崩れ落ちた。そして、山に転落していった。
刺客の断末魔が山に反響する。俺は逃げながら、地面が崩れ落ちる術を唱えていたのだ。
立ち上がり、そして、膝をはらう。
「ふう、火を消さないとな。我、刀をもって神に供物を捧げる、水流のごとき力を授けたまえ」
そう言って、刀を振り下ろした。
刀から水が噴き出して、後は箒で掃除するように、火を消し止めた。
山火事になっても構わないが、これは目印になる。放置しておけば、刺客に居場所を教えるようなものだ。
しかしもう遅かった。二人、俺のいる場所の付近にいる。だが俺はニヤリと笑っていた。
「あなた様は何をしてらっしゃったのですか?」
「何だっていいだろ」 「また、殺めたのではございませんか?」
「それがどうした」 「……」
女は俺の右手と左手を合わせさせて、その上から手を強く握り締める。
「あなた様はもう人を殺めてはなりませぬ」 「は?」
「野次郎様の手はそんなことに使う手ではございませぬ。大切なものを守る手でございます」
「お前の言うことなど聞く気はない」
「……」
女は黙っていた。しかし、俺が囲炉裏の前で座布団に座る姿をじっと見られていた。
「何をしている。飯をもってこぬか?」
それを聞くと女は大きなため息をついた。
「色々と時間がかかるわね。でも、ご飯が欲しいなら、もうあなた様の分は作りません」 「は?お前、命が惜しくはないのか?」
「また、あなた様はそう言ったことを言う。あなた様はそんな人ではございませぬよ。脅しても無駄です」
「……」
「私がおっしゃりたいのは明日から一緒に働いてもらいます」
「俺は何もできないぞ」 「木こりの仕事でございます。あなた様ならきっとできる」
「……」
俺は呆然と囲炉裏の火を見る。
「返事がないわね。絶対に手伝ってもらいますからね」
「……早く飯を持ってこい」 女はそれを聞くとまた大きなため息をついて言った。
「今日だけ特別ですからね」
瞼の裏がまぶしい。女が窓を開けている姿が見える。
「朝が来ました。今日から手伝ってもらいますから、心の準備をしてください」
俺は目をこすって、そして布団を片付けた。そして囲炉裏の前に座った。
「朝食はまだか?」 それを聞くと女は何か思いついたような顔をした。
「そうね、朝食ね。朝食を食べたら、木を切る仕事の手伝いをすると約束してくださいまし」
「はあ?」 「昨日から申し上げていることではございませぬか、ご飯が欲しいなら、仕事をしないとあなたの分は作りませぬと」
女はニヤリとしているが、なんだか優しい笑顔のような気がした。
「分かったよ」
今日一日ぐらいならいいか、適当に済ませよう。そう思って、その女の言うことに従うことにした。
「さあ、行きますよ」 「おう」
力ない返事をした。
「あなた様は手ぶらで行く気でございますか?」 「木を切るのはこれでもできる」
女は呆れたような顔をした。
「私が持っている斧の他にありませぬか、持ちなされ」 「いい」
「やる気がみえませんね、ご飯抜きですよ……」 「……」
そして山に入る。女は斧の他にのこぎりを持っていた。斧を右肩にのせ、左手でのこぎりを持っている。女の格好は汚れてもいいよう、全身黒い装束で身を包んでいた。
あんな生娘のような、かよわい腕と体で本当に木など切れるのか? そう感じてしまう。
「ここから足場が急に斜面になるから、気を付けて」 「おう」
どうやらここで木を切るようだ。急に斜度がきつくなり、そしてまっすぐに生えた杉の大木が連立している。川のせせらぎが聞こえてくる。川が近いのか。
「ここの木はうちの家が代々、育てた木。まっすぐ生えているのが当たり前だと思ってるでしょ? 実は手入れしなければならなくて、枝を切っていくの。枝打ちというんだけど」
「それで?」 「今日は木を伐採してもらうわ。はい。」
そう言って、俺に斧とのこぎりを持たせようとする。俺は受け取らなかった。
女は眉間に皺を寄せて、言った。
「いいわ。まずは私がやる」
そう言って、下にある木をめがけて斧をふりかぶり、おろした。木は上から斜めに少しだけ傷がついた。女の仕事ではない。良く見ると、女の手は少し黒ずんでいた。そして傷だらけだった。
よくやっているとはいえじれったい。やはり女の力では木は簡単には切れないようだ。
「どけ!」 「ようやくやる気になったのね」
女は手を止めた。汗だくである。 「はい!」
そう言って、斧とのこぎりを渡そうとした。
「そうじゃない、まあ見てな」
俺は刀を抜き、そして詠唱する。
「我に宿りし、神の御霊よ、我が刀に風来の力を授けんとす……」
そう言って、刀を少しだけ下に傾けて、横に振った。
刀から鋭い刃のような風が生まれて、そして、振った方向の木々が数本倒れていく。
俺は鼻の下を指でなぞって、得意げに女の顔を見ようとした。きっと驚いているはずだ。
「そんな風にこの木たちは切るんじゃない!」
女の顔はとても怒っていた。予想外の反応に思わず慌ててしまった。
「私達が長い間、ご先祖さまから受け継いできたこの木たち、簡単にあなたのような切り方で切っては駄目なの。一生懸命育ててくださった気持ちに応えるのは、私達が一生懸命恩を噛みしめながら切る。それがご先祖たちの恩返しになり、報いることになる。そしてそれを次の世代に繋げていく。木こりとはそういうものなのよ」
「……」
「はい、固まってないで、持って、この斧とのこぎりを!」
俺は女の言う通りに木を切っていた。とても不効率に思えたが、何故か逆らうことができない。いつしか、汗だくになって夢中になっていた。
「今日は木を切るのは終わり」 「……まだ、俺はできるぞ」
「いいの、他に仕事がある。この切った木を川まで運ばないと、川に流したら町でこの木を受け取ってくれる人がいるから。後、河原で丸太にしないといけない」
そう言って、のこぎりを見せた。
「……」
「ぼさっとしてないで、早く、早く」
俺と女は二人で足元に注意しながら、切った木を川まで運んだ。そして河原で木が流れやすいように、木を切り分け、丸太にして、ようやく川に流せる。
全部流し終わった後、俺と女は遠く流れていく、木を見ていた。
「この木は町に届くのか?」
「そうよ。あの木は町で受け取ってくれる人が加工してくれて、その町、いやこの国中に行きわたり、そして、この国の人達の家や道具に変わって皆の役に立つ……」
女は俺の方を向いて、真剣に目を見た。
「人は支え合って生きているのよ」 「……」
「帰りましょ。今日はお疲れ様でした」
女は疲れているはずなのに、足取りがとても軽やかで上機嫌な様子だった。
空はもう夕日が差し込んでいた。
「おはよう」 目を開けた瞬間、女の顔がとても近くに見えた。
俺は慌てた。「起きた?」 「ああ」 俺は布団から飛び起きた。
心臓に悪い、胸がドキドキする。
「朝食作るね、食べたら行くわよ。今日も」 「ああ」
別に飯が欲しい訳ではない。木を切りにいくことに不満を全く感じなくなっていた。
「準備できたわね」 「……」
「今日はちゃんと斧とのこぎり持っているわね」
そう言って綺麗な笑顔を俺に見せた。
俺達は昨日と同じ場所に歩いていき、昨日と同じように斧で木を切り始めた。
「今日は野次郎様が手伝ってくれるから、仕事が二倍はかどるわ」
女はとても上機嫌そうだ。また鼻歌を口ずさんでいる。
「……」 「どうしたの?」
刺客だ。まだこの近くにはいないが、決して遠くにいる訳ではない。
「妙、この場を動くな」 「初めて名前をよんでくれた!」
思わず名前を呼んでしまったが、それどころではない。
俺は地面に置いていた刀を拾って、駆けだした。 「ちょっと! どこ行くの?」
どこだ? どこに刺客がいる。耳を澄ましてみる。上か。
俺は森の鹿が軽やかに山を登るように駆けあがる。そして刺客を発見する。
「我、神に奉じる者、闇に紛れし者、我に力を授けたまえ」
この詠唱は……。
辺り一面が闇になった。見えない。何も見えない。
暗闇の中、俺は高ぶっていた心の臓の動きをとめた。聞こえる。かすかだが聞こえる……。
「そこか!」
俺は音がした方向に居合い切りをした。
「ぎゃあー!」
その瞬間、辺りは急に明るくなった。目の前には胴を真っ二つに切られた男の亡骸がそこにはあった。
―――一人か?―――
五感を全て研ぎ澄まし、周りの状況を認識しようとする。いる。もう一人いる。
感づいた方向に駆けだす。そして唱える。
「我にいかなるものよりも、速きもの、神の御霊よ、我に疾風のように力を授けよ」
相手を視認する。一直線でその者に疾風の速さのごとく近づいた。
「我、水の心を持ち……」 「遅い!」
そう言って、すばやく、刺客の首を切り捨てた。
息が上がっている。疾風の術を長く使い過ぎた。俺はその場で倒れてしまった。
「野次郎様!」
誰かが俺を呼んでいる声が聞こえる。誰だ……。妙だ。
俺は起き上がった。そして叫んだ。 「ここだ! 妙!」
妙は俺のところに来ようとしている。しかし、死体が……。
『野次郎様の手はそんなことに使う手ではございませぬ。大切なものを守る手でございます』
その言葉が思い起こされる。駄目だ。こんなもの、こんなことをしているのを見られては駄目だ。俺は走るのが精一杯だったが、俺の方から妙の方に向かって行った。
「野次郎様……」
どうしてだ? 何故バレる。
「また、また、殺めたのでございますね」 妙は俺の服を見ていた。返り血だ。返り血でバレてしまっている。
「……」 俺は黙って妙に背を向けた。
「帰るぞ」 小さく妙にそう言った。
「我、愛の力を宿りし者、供物に神の力を授けたまえ」
「アイノミコ、やっと、術をこめてくれましたね」
「はい、でも、お願いがあります」 「はい?」 派遣されてきた使者は首をかしげる。
「もう少し待ってくださいませんか?」 「何故?」
「もう少し、本当にもう少しなのよ……」
目をつむって、うつむいた。
「アイノミコ! それはできませぬ、日時には行うことは決定されています」
「あの人はもう、殺さなくてもいい人になる!」
伝令を頼まれた使者にきつく言葉を投げかけた。そのときの月に照らされたアイノミコの表情にその者は思わず後ずさりをしてしまった。
「なあ、妙」 「なんですか、野次郎様」
「一昨日のこと、まだ怒っているか?」 「なんのことですか?」
妙の表情はとても固いものだった。絶対に怒っている。
「……悪かった」 俺は小さな声で言った。
「はい、なんですか? よく聞こえませぬ」
「悪かった!」
囲炉裏を挟んで向かいあわせで座っていた、妙は小さく頷いた。
「はい、分かってくれれば、それでいいのですよ」
妙の顔に表情が戻った。とても綺麗な笑顔だ。
「……」
少しばかりの沈黙。しかし、何を話せばいいか本当のところは分からなかった。他愛のない話でもしたらいいのか?
「なあ、妙」 「はい何度も私の名をお呼びになるのですね。なんだか夫婦になったみたい」
俺はその言葉に驚き、おもわず湯飲みのお茶をこぼしてしまう。
「何をやっているのですか? 野次郎様は」 「いや、お前・・・・」
その時に気配を感じた。近い、これは近い。まずい!
俺は即座に立ち上がり、そして家から出て行った。
このままではこの家にいることがバレてしまう。そして妙まで危険が及ぶかもしれない。
迂闊だった。一昨日、俺が襲われた場所からここはそう遠くない。俺がここらで潜伏していることが、推理されたのか?
俺はなるべく遠くに逃げた。家が妙が見つかって欲しくない。
家から一里程離れた場所で、刺客につかまった。
「逃げても無駄だぜ、野次郎、そんなに俺が怖いのか?」
そいつは最終試験の日に確か、合格した奴だった。もう術師として認められたらしい。
「お前一人か」 「そうだ」
「お前みたいな馬鹿は俺にとって、本当に都合がいい」 「は?」
「動くな、詠唱するぞ」 俺はまっすぐにすたすたと歩く。
「我、神に……」
時間も術も必要無かった。血しぶきが俺に強く降りかかる。しかし、しばらくの放心の後、ハッとしてその場から離れる。背中を大木で打つ。
そして、木々の隙間から差しこむ、月光で衣服を確認する。
「……やってしまった……」
「どこへ行ってらっしゃったのですか? あなた様」
野次郎と呼んでくれない。明かに怒っている。俺は尻目で妙の様子を確認すると、寝巻に着替えて黙って寝た。妙も話かけてはくれなかった。
気まずい、今日も木を切っている中でも何も話かけてくれなかった……。布団の中でずっと妙のことばかり考えていた。我慢できない、俺は話かけることにした。
「妙」 「……」
「妙!」 「はい、なんでしょう」
「ずっと黙ってたことを打ち明けるよ、妙……」
「はい、ちょっと待って、明かりをつけます」
真剣に話そうとしている俺の気持ちが伝わったのか、妙はもったいないから滅多につかわない蝋燭をつけた。これでお互いの顔がよく分かる。
「俺は術師村から逃げてきたものだ……」
「そうでしょうね」 妙は納得した表情だった。当たり前か、会ったときも、そして木を切るときも目の前で術を見せた。
「俺には何故追われているのか、理由は分からない。しかし、術師になる最終試験の日から俺は人殺しになった……」 妙は真剣に俺を見つめている。
「俺はこの山に逃げ込んで、術師村からの襲ってくる刺客を次々にこの刀で斬ってきた」
そう言って、震える手で柄を握り締める。
「人殺しであることは否定しない、最初は相手を斬ることにためらいもなく、弄ぶ気持ちも生まれていたことも否定しない。でも今は違うんだ! 俺は妙を妙を守るために・・・」
そう言って、俺はうなだれる。
「愛、術師の最強にして最高の奥義は五の言の中でも『愛』でございます。愛が黒き者は術をつかうといずれ人の心を無くしてしまう、そして殺人鬼になり果てると伝えられているのでございます」
俺はうなだれていた、顔を素早く上にあげる。予想外の妙の言葉に驚愕したのだ。
「妙、お前は一体?」 「私も野次郎様と同じ、術師村から離れた者でございます。妙はその後からつけられた名前、村で呼ばれていた名はアイノミコ・・・・」
アイノミコ、五の言の中で『愛』を極めし女の名だった。
「私は破門された訳ではないので、私にも野次郎様を殺すように命じられました、しかし私は断りました。野次郎様を一目見た時から、あなた様はそんな人ではない確信を得られたからです」
妙はいつものような優しい笑顔で俺に言う。
「大丈夫ですよ。あなた様、野次郎様は愛を持っている」
「俺は神に認められなかったのだろう? 殺人鬼になり果てるのかもしれないのだろう?」
涙ながらに妙に訴えた。
「手を出してください」 「はい」
俺は妙の前に両手を差し出した。
「野次郎様の手は愛を知ることができる手でございます。私を抱いてくださいまし」
そう言って、俺の手を引きながら妙の腰に手を回させた。
俺は泣いていた。そして強く妙を抱きしめる。そして、ずっとそうしていたかった。
「……」
「妙、追っ手が、刺客が来ている」 「はい」
「逃げよう! このまま二人でもう誰も追ってこない場所に」
俺は妙の手を繋いだまま、走りだした。
月が俺達を照らしている。今夜は満月だ。明るいため、見つかりやすい。
追っ手はものすごい数である。というか、囲まれているようにも感じる。
後方から、もう術の効果がある距離まで来ている。
「妙、最後だ。これで最後にするから、斬らせてくれ」
「駄目でございます。野次郎様はもう人を殺めてはなりませぬ」
「……」
逆らえなかった。自分のため、いや違う、妙のためとはいえ、俺にはもう妙の悲しませることはしたくない。
「我にいかなるものよりも、速きもの、神の御霊よ、我に疾風のように力を授けよ」
そう術師が言って、妙と俺を引きちぎった。
「妙ー!」 「野次郎様!」
俺はそこで立ち止まった。
息が荒い。整えることなどできやしない。
「妙を返せ!」 そう言うと俺が術師村で師としていた老人が出てきた。
「お前はもう終わりじゃ!」
そう言われると、立っている場所に溝ができていることに気が付く。そして青く光りだした。
野次郎が立っていた場所は地面に五芒星を描いた結界の中、頂点には愛、信、忠、志、夢と書かれた秘宝の球が置かれている。そこはあらかじめ、森の木を切って平原にしていた。術師達はそこの中央に野次郎を封じこめようとしていたのだ。そして、着く前に術の詠唱をしていた。
そうして、描かれた五芒星は青い光を放ち始めたのだ。
大人数でかける術なので、もう、野次郎一人ではどうにもならない。閉じ込められてしまった。
野次郎は結界から逃れようと、体当たりを何度もしていた。当たる瞬間に結界の溝から青い壁が現れ、野次郎を弾き飛ばす。
「妙―!」 大声で叫ぶ声は夜空に虚しく響き渡る。
「アイノミコ、大丈夫ですか? ご無事でなによりです」
そう一人の術師が言った。妙はきつく睨み返す。
「待ってて、言ったじゃない、もう彼を離してあげて!」
それを聞いて、師の老人は妙の傍まで来た。
「アイノミコ、それは二人でここから逃げて、暮らすためですか?」
「そうよ、彼は愛を知った。もう野次郎様を捉える必要はないわ」
「駄目ですな・・・・」 老人は嫌な笑顔を妙に見せつける。
「野次郎、あやつは我等、同胞を殺しすぎた。死で償ってもらう」
「そんなことさせないわ! それをいうなら、あなた達だって今からやることは同罪じゃない!」
「もう、一度動いた企ては止めることはできないんですよ」
「やめてー!」
妙は叫んだ。しかし、さらなる術の詠唱を唱え始める。
「我等、神に奉じる者、死者の呪を黄泉がえらせ、あだなす者に、呪をかけたまえ」
妙以外、そこにいる術師の全員の詠唱。唱え終わった後、野次郎の周りに黒い煙のようなものが取り巻いた。そして、それが襲いかかるように、野次郎の中に入っていく。
野次郎は悶え、苦しみ、そして、うつ伏せになった。
「野次郎様―!」 妙は足を崩して泣いていた。涙が止まらない。
「これは奴が殺した全員の呪、これを受けて生きられる者などおるはずもない」
老人の師の汚い笑いだ。
「始めからこうするように、何人もの術師を野次郎様にけしかけたのね! 私はあなた達、術師村を絶対に許さない!」
「ははは、結構。アイノミコ、あなたは村を捨てた身、我等とはもう関係ない」
「くそじじい!」 「おっと、危ないことはしないでくださいね。まさか、アイノミコと言えど、我等全員を敵に回すなどできる由もない」
妙は構わず詠唱をした。しかし、それは老人の師を攻撃する術でもなければ、ここにいるどの術師でもない。ただ野次郎を救える方法がないか、それを模索し唱えていたのだ。
「我、神に奉じる者、痛む者、苦しむ者の術を取り去りたまえ」
「無駄ですよ。あなた一人でどうにか出来る術でないことはあなたが一番分かっているはずだ」
しかし、諦めず、妙は唱え続ける。
「我、神に奉じる者、痛む者、苦しむ者の術を取り去りたまえ」
妙は何度も何度も唱えていたが、いつしか、妙なことに気が付く。自分以外言葉を発しているものがいない、静まりかえっている。そして術師を見てみると、体が鉛のように固まり、喉から音すら発せられない状態だった。
何が起こっている。涙で溢れた目で野次郎を妙は見た。
―――何だ、あれは?!―――
野次郎は巨大化していた。真っ黒い、耳がない象のような風貌で、額から、黒い角のようなものが生え、そして暗黒の煙が全身から立ち昇っている。
そして結界に何度も何度も、体当たりしており、結界にはひびが入っていく。
妙は涙を止まってしまった。
「どういうことだ?」 術師はようやく、どよめき始める。老人の師は言った。
「案ずるな! あの結界は一人でどうにかできるものではない」
「いや、しかし、師よ。あれは人ではございませぬ」
老人の師も口ではああいっているが、動揺を隠しきれてない。それを見て妙は言った。
「術におごったわね、老師」 「あ!?」
老人の師は奇声のような声をあげた。
「呪は『愛』を忘れさせる、負の心だけになった者は悪鬼となって呪と一体化することがある。それが今、現れているのよ」
結界のヒビがどんどん広がっていく。
「どうするの? 老師。あんな物が放たれると、一族どころかこの国が滅ぶわよ」
老人の師はもう仮そめの強気がはがれていた。全身を震わせている。
「どうしたらいいのですか? アイノミコ」
「……」 しばらく妙は沈黙した。
「本当はね、本当はあなた達が死のうが、この国が滅びようが、もうどうだっていい……」
それを聞いた瞬間、老人の師は最後の望みも消えたような顔をした。妙はそれを見て少し笑った。
「奥義を使うわ」 老人の師は目を見開いて、妙の方を向いた。
「奥義とは?」 「『愛』よ」
妙はそう言って、結界に近づいていく。
結界はついに破られた。
「終わりだ! もう全て終わりだ! 我らも、この国も滅んでしまう」 術師達がまるで断末魔のように叫ぶ。その声を聞かないふりをして妙は野次郎に近づく。
そして野次郎は雄たけびをあげて、誰かを襲おうと術師を見ている。
「野次郎様、何度も申し上げたではございませんか、もう人を殺めてはいけませぬ」
そう言った瞬間、標的は妙に変わる。野次郎は妙を睨みつける。
涙が止まらない。でも妙は前に、一歩一歩野次郎に近づく。
―――さよなら私―――
「野次郎様、もし最後に殺めるなら私にしてくださいませ」
―――さよなら、野次郎様……―――
野次郎は妙にもう突進する。そして野次郎は妙の前に来た。
「野次郎様……あなた様の手は大切なものを守る手でございます。野次郎様の手は愛を知ることができる手でございます……。最後に私を抱いてくださいまし」
その言った直後、妙の体は野次郎の角に貫かれた。
―――俺は一体、誰を刺した・・・―――
なんだこれは……。目の前にいるのは、妙、妙なのか……。妙が俺の角に貫かれて倒れていく。
妙、妙、妙! 体中に悲しみという感情が込み上げる。俺の頬に水が流れる。大量に目から溢れだして止まらない。なんだこの手は? 妙を抱えられない! 邪魔だ! 大きな体、黒い煙、邪魔だ!
そう思った瞬間、俺の体は小さくなった。そして、妙を抱えこむ。
「妙、妙、妙」 何度呼びかけても妙は返事をくれない。
『何度も私の名をお呼びになるのですね。なんだか夫婦になったみたい』
聞こえない。何も聞こえない。
本当に本当に夫婦になりたかった。妙と結ばれたかった。
俺は号泣した。涙なんて、止まらない、止まるはずがない。
俺は泣きながらその場にいる術師を睨みつけた。
「お、俺は知らない、お前が殺したんだ」
俺が殺した……。妙を。誰も誰も恨むことができない。俺は心に妙に誓ったはずなのに、誰ももう殺めないと……。
「俺はどうなってもいい! 誰か妙を生き返らせてくれ!」 声がもう二度と出ないくらい叫んだ。
もう無理だって分かってる。俺のせいだって分かってる。それでも、それでも諦められないんだ。妙を妙をこの世の誰よりも愛しているから!
「なんだ?」 術師がどよめいている。
俺は、とどまることを知らない涙を含んだ目で、術師が騒いでいるところを見た。
『愛』の球が煌々と黄金に光り輝いていた。そして光は溝をなぞっていき、信、忠、志、夢と全ての球に行き届き、黄金の五芒星が地面に光輝く。
「これは……」 老人の師が口に出した。
「これは伝説の……。愛の力を会得し、極めた者が『夢』を叶えるときに現れる光……」
老人の師はそれ以上何も口にしなかった。目の前の光景に完全に目を奪われてしまっていたのだ。
黄金の光の輝きが俺の目の前に現れ、あまりにも神秘的で皆、言葉を失った。
そしてそれは俺に語りかける。
『本当の愛を知るものよ』
「はい」
『全ての力を代償に、そなたに夢の力をしんぜよう』
「はい」
『そなたの願いを申したまえ』
「はい、妙を妙を生き返らせてくださいませ」
『承った。そなたの力は全て頂く、よいな』
「はい」
神は黄金の光を妙に浴びせた。妙の体は光輝きだした。
そして、貫いた体に空いた穴がどんどんふさがっていく。
『そなたの願いは叶えたもうた』
その瞬間、光は消えた。暗闇になる。
「妙、妙、妙!」
呼びかけても返事がない。もしかしたら、黄泉がえらなかったのか? 心の臓に耳を当てる。そしたら静かだが、呼吸している音が聞こえた。
―――生きている。妙は生きている―――
涙は止まらないがさっきまでの涙とは全く違う。止まらない。本当に止まらない。ありがとう、ありがとう、ありがとうございます。
「おい!」
俺は術師達に刀を向けられ、囲まれていた。そして老人の師が出てきた。
「殺しましょうか?」 そう術師は老人の師に目配せする。
「よい、もうよい……。この者はもう何の力も無い。我が一族に災いをもたらすことはないだろう」
「……」
「その女と好きな所に行け!」
俺はしばらくうつむき顔をあげた。
「俺は妙の言いつけを守らずまた人を殺めてしまった・・・・。そして、俺は人を殺めすぎた・・・・」
「何が言いたい?」
「俺を連れて行け! 牢でもどこでもいい、罪を償わせてくれ」
「好きにしろ……」
それを聞いて、周りの術師に言った。
「俺を牢屋まで連れていけ!」
「……ついてこい……」
―――妙、もう人は殺めないよ、あの世でいつか会えるのを待ってる・・・―――
文章力がひどい……。
しかし、内容はすごく気にいっています。
初めてでしょうか? 初めてファンタジー作品として完成させた作品です。
思い出深いし、自分にとっては大切な作品かもしません。
拙いものですが、読んでくださった方、ありがとうございます。