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掌編小説集9 (401話~450話)

モアの塔

作者: 蹴沢缶九郎

広大な砂漠の真ん中に塔が建っていた。塔と言っても、例えばバベルの塔ような人が立ち入れるような造りの塔ではなく、鉄が乱雑に組まれた、高さ数十メートル程の歪な鉄塔であった。

『モアの塔』と呼ばれるこの塔は、いつ頃造られ、何のために存在するのか、ある一人を除き、誰も知らなかった。気がついた頃にはそこに存在していたし、無くなった所で生活に影響が出る訳でもなく、周囲の人間にとってはその程度のものだった。


ある日の夜、砂漠を横断中の旅の若者が塔の近くを通った。そこで、塔を見上げ佇む一人の老人を見掛けた若者は、その光景に何か惹かれるものを感じ、思わず老人に声を掛けた。


「こんばんは、お爺さん。僕は旅をしている者ですが、お爺さんはこんな所で何をしているのですか?」


若者の問いかけに、老人は若者を一瞥すると、再び塔を見上げながら答えた。


「…お金がな、降ってくるのを待っているんだ」


「お金?」


要領を得ない老人の言葉に、若者はまたも尋ねた。


「それはどういう事ですか? ここにいれば、塔の上から誰かがお金をばらまくとでも言うのですか?」


老人はポツリポツリと答える。


「…誰かがではない、『塔』がだ」


若者は、(この老人は一体何を言っているのだ)と思った。交互に塔と老人を見比べる若者に、老人は笑いながらゆっくり説明する。


「…ボケ老人の戯言とでも思っているのかな。まあ、それでも良し。今から私が話す事は事実であり、それを信じるもバカにするもお前さんの自由だ。実はな、この鉄塔、『モアの塔』は、お金を生み出す魔法の塔なのだ。この周辺に暮らす者達ですら誰も知らないがな。…そら、もうじき降ってくるぞ」


老人は腕時計を確認すると、話を切り上げ、鉄が交差する、丁度人一人が通れる程の隙間から鉄塔の内部に移動して、まるで何かを受け止めるように両手を広げた。

未だ半信半疑であった若者は、その様子を黙って見守っていた。

その時だった。鉄塔の内部上空から、風に煽られた一枚の高額紙幣が、鉄の合間を縫うようにひらりひらりと降ってきたのだ。老人は宙に舞う紙幣をうまい事掴むと、


「…私の言っている事は本当だったろう」


と若者に言い、その場を去っていった。

鉄塔の上部に誰かがいる様子はない。となると、あの老人が言っていた事は本当なのか…。


『お金を生み出す魔法の塔』


若者が、『モアの塔』の魅力に取り憑かれるのも無理もなかった。うまく行けば、一生働かずに暮らしていけるかもしれないのだ。若者は、それまでの旅をやめ、なけなしの財産をはたき、塔の近くに移住した。それからというもの、若者は毎夜毎晩、『モアの塔』に通いつめてはお金が降ってくるのを待った。

しかし、待てど暮らせど、塔からお金が降ってくる気配は一度もなかった。何か儀式的な行いが必要なのかとも考えたが、あの夜、老人はそれらしき動きをしてはいなかった。

若者は、ただ塔に通いつめ、お金が降ってくるのをひたすら待った。だが、『モアの塔』は若者の期待を裏切り続け…。いや、裏切ったのは塔でなく…。

考えまいとしていた事が頭をよぎり、その瞬間、若者は駆け出していた。



「騙された」



初めから、『お金を生み出す魔法の塔』など存在するはずがなかったのだ。俺がバカだった。あの老人は、旅人である俺をからかい、自分の暇つぶしに利用したのだ。降ってきた紙幣だって、何らかのトリックを使い降らせたに違いない。

どんな理由であれ、人を騙して良い道理があるはずもなく、あの老人に一言文句を言ってやらなければ気が済まない。


若者は付近をくまなく走り続け、やっとの思いで老人を見つけ、飛びかからん勢いで老人に食って掛かった。


「やいジジイ!! よくも騙しやがったな!! 何がお金を生み出す魔法の塔だ!! 待てども一向にお金なんて降ってこないじゃないか!!」


しかし、そんな若者の剣幕にも、老人は落ち着き払い静かに答えた。


「私は嘘などついておらんよ。『モアの塔』には、お金を生み出す間隔というのがあってな、お金を生み出したのがつい先日の話だから、次に生み出すのは今から五十年後…」

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― 新着の感想 ―
[良い点] >>その程度のものだった。 星新一っぽいですね。 様々な説明を付け加えているのに、そこに存在するという事実だけを最後に強調するのが良いです。 [一言] 恐らく老人も同じ経験をした人ですね。…
[良い点] 老人はウソは言っていないって事。 [一言] 10数年で1億円札がおちてくるなら、もちろん待ちます(^^♪
[良い点] はじめまして、Dと申します。とてもおもしろかったです。とくに最後のオチが秀逸ですね。掌編の魅力が詰まったお話でした。
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