クーデター、そして死
私は絶望の中にあった。
なぜならば偉大な祖国が滅びようとしている、いやもはや滅ぶことは避けられないと誰もが信じざるをえなくなってしまったからだ。
こんなことになるとは、もし10年前であればこの国だけではなく世界中の人々には想像することができなかっただろう。
しかし今では我々の目の前には廃材や自動車、さらには戦車がバリケードとして積みあげられ我々の行く手を妨げている。そして大勢の労働者、学生、そして我々を裏切った兵士共がこのバリケードの奥に潜み、我々に抵抗しようとしている。その人々の中には三色の旗を手に持ち、我々を圧制者の手先と非難する壮年の男性がおぼろげに見える。
「まったく奴らは、なんてことをいうのだ。これではミゼラブルの逆ではないか」
私はそう漏らした。我々の国は100年ほど前に、悪しき専制君主を倒しつくられた労働者と兵士の国だ。すなわち貴族や国王のような一部の特権勢力の私有物ではなく、人民のための人民による国だ。それにもかかわらず私は軍隊は市民に銃を向けている、かつてロマノフ王朝やルイフィリップたちが市民に向けたように。
「なぜ」
私は考えた、なぜ私はわが祖国が滅びてしまうのか。たしかに車の車体は段ボールでできていたし、配給は少し少なくなってきた。だがそれだけで人民は祖国に反するのか。残忍な皇帝軍と欧米列強による反革命、我々を皆殺しにするために攻め入ってきた独裁者との悲惨な戦争、そして資本主義者との世界各地での革命戦争、これら全てにわが祖国は勝利してきた。それにもかかわらず祖国は亡ぶのか私は不思議でたまらなかった。
宇宙ロケットを打ち上げ宇宙に人を送り、宇宙ステーションを建造し、科学主義により発展した偉大な祖国。科学発展し続けてなぜ滅びなければならないのか。私は不思議でたまらなかった。
私が学生だった頃学校では世界が共産主義国になれば飢えも戦争も差別もなくなると言っていた。一方で資本主義国では資本家階級が大金を得て飽食に走る中、貧乏人は配給などなく飢え死にするという。それにもかかわらず人民は共産主義を否定するのだろうか。私は不思議でたまらなかった。
「頼むこれは夢だ、夢であってくれ。人民が裏切るなどありえない、これはCIAの、アメリカの陰謀に決まっている。共産主義は偉大で不滅だ」私はそう祈るようにつぶやいた。
その刹那―私の体は無数の鉛球によって貫かれた。きっと向こうの兵士の誰かが突撃銃を撃ったのだろう。突撃銃の銃弾は一発で生命を尽かせるに十分な威力を持っている。そんなものを何発もくらってしまった私の体はもはや立っている姿勢を維持することができなくなり、したたかに歴史ある石畳にうちつけられることとなった。
したたかにうちつけられてしまったものの痛みはたいしたことはなかった。たしかに体中に穴がいくつも空いているのだから、倒れた痛みなど大したことでないのはあたりまえだ。しかし、撃たれた痛みさえもだんだんと消えていき、冷たくなりそしてしまいには何も感じなくなってしまった。
「なぜ・・・なぜ・・・」私は残されたわずかな血液と体力を振り絞り、自らに問うた。
「だれが撃ったなぜ撃った」私は考えた。「市民はなぜ怒る?段ボールの車にしか乗れないからか?いや党のお偉方は西の車に乗って・・・あっ」そして気づいてしまった。全ては党の上層部の腐敗が原因であると。彼らは労働者の代表から貴族に堕落してしまい、人民から収奪を行った。それを許せなかった目の前の市民たちは貴族の手先の私を撃ったのだ。あの三色の旗がその証拠だ、このバリケードがこの証拠だ!。彼らは解放を願っているのだ!
「私を撃ったのが裏切者ではない。私を騙した党が裏切者だった」私の残された魂は怒りに赤く燃え上がった。しかし私にはもうその怒りを奴らにぶつけることはできなかった。私の体は二度と動くことはないであろう。冷たさがだんだんと体の中枢に迫っている。1分と私の生命は持たないだろう。
「次こそ共産主義を成功させる・・・」
私の怒りは最後にこの言葉と生命とともに地球上から蒸発していった。