最終話 妹
雪の積もった分かれ道、足跡があの場所へと続いていた。俺は追いかけるかどうか一瞬悩んだ。アイカはただの猫だ。それなのにここまで必死になって追いかける必要があるのか。どうせ腹が減ったら帰ってくる。根拠の無い考えが俺の足を家の方へと変えようとした。
帰ろうとする俺の考えを押さえ昔の記憶が戻ってきた。そうだ俺はここでアイカなら一人で大丈夫だと思っていた。だけど実際は俺が助けなければアイカは死んでいたかもしれない。
そう思うと見に行くだけいってみようと思った。
やっぱりアイカは捨てられていた場所に座り込んでいた。冬用の征服には薄く雪が積もってアイカの吐く息は白く時折震えていた。
「こんなに冷たくなって」
マフラーをアイカの首に巻いて隣に座った。アイカは一度俺の顔を見たが遠くを見ているように目線を外した。
「さっきは言い過ぎたごめん」
まったく俺の顔を見ようとしてくれない。相当怒っているんだな。
「本当の兄さんじゃないって嫌ってほど分かってた」
顔は見てくれない。ただは話だけをしてくれた。
「アイカ達は生まれてすぐに捨てられたんじゃないの。短い間だけみんなで暮らしてた。でもね、急にみんなそろってここに捨てられたの。でも、兄さんや姉さんがいたから、アイカは怖くなかった。だけど、兄さんや姉さんが連れて行かれてアイカ一人になって寂しくて怖かった。ずっと一緒にいようって約束したのにみんないなくなって……」
声を上げながら泣いているアイカの手を握った。冷たく細い手だったが決して離したくないと思う気持ちが握る力を強くした。
「迎えに来るって、約束もしたのに、誰も来てくれなくて…」
だからか、アイカが何かあるとここにいたのは。連れて行かれそうになると噛み付いて拒んでいたのはその約束があったからか。
「怒られた時、もう誰もアイカに優しくしてくれないって思って…怖くなって」
アイカの瞳は恐怖と悲しみが溢れていて誰でもいいからすがりつきたいと叫んでいるようだ。
「もう、一人になるのはいや!」
強くアイカを抱きしめた。アイカも俺に抱きつきながら泣き続けた。
「大丈夫だ。もう一人にさせない。ずっと俺が一緒にいてやる」
「ほ、本当?」
「ああ、俺がアイカの兄貴になってやる」
「に、兄さん」
手を繋いで家へ帰る途中、高校生ぐらいだろうか男女5人ほどの集まりがこちらへ歩いてきた。
その団体が見えた途端アイカが歩くのをやめ立ち止まった。
「どうしたんだ」
団体の中から一人の男がこちらに来た。見たこと無い顔だ。
男はいきなりアイカの頭を撫でた。馴れ馴れしい奴を通り越して失礼な奴だ。
だがアイカは顔を伏せていた。その横顔は頬を赤くして喜んでいるようにも見えた。
「ちゃんと迎えに来たぞ」
迎えに?まさかこいつら
「兄さん」
アイカに呼ばれたのは俺ではない。目の前の男だ。
「貴方が妹の飼い主ですか」
男は暗い顔をして後ろを振り向いた。他の兄妹は頷いて答えた。
「これからも妹をよろしくお願いします」
深く頭を下げた男はアイカを置いて帰ろうとした。
「兄さん。これからどうするの」
「なーに、暖かい場所を探してみんなで暮らすさ」
「飼い主の所には帰らないの?」
「みんな、帰りたい家じゃなかったからな」
帰りたくない家、馴染めなかったのかそれとも……
「お前のご主人はいい人みたいだな」
最後にアイカの頭を撫でて俺達から離れていった。
「あ、あ、うぅ」
俺と去って行く兄の背中を交互に見ながらアイカは戸惑っていた。
繋いでいた手を離しアイカの背中を押した。
アイカを受け取った本当の兄は俺を見て全て分かっていたようだ。
「兄さん?」
アイカは俺の顔を見て驚いていた。そして、アイカも察したのか泣き出しそうになった。
「泣くな!家族と仲良く暮らすんだぞ」
「に、兄さん」
暴れるアイカを兄が抑えてくれている。助かった。もし、近づかれたら俺の気持ちが変わってしまう。
「アイカを…俺の妹をよろしくお願いします!」
「兄さん!」
走った。少しでも早くアイカから離れたくて。
アイカが俺を呼ぶ叫びが頭の中で響いて木霊していた。
次の日、眠れず朝を迎えた。布団の中には一人分の温もりだけ、朝日が時の流れを知らせいつもの生活が戻ってきた。
まだ心のどこかに引っかかる何かが取れなくて外に出た。白い世界を朝日が照らし晴れ渡った美しい朝が目の前に広がっていた。
その白い世界の一点に輝く鈴とリボンがあった。
鈴とリボン。これにまたアイカの思い出が増えたなと思いながら携帯を取り出した。
「ああ、親父。……あのさ、来月帰って来られるかな。……その…愛華の命日、三人で墓参りに行かないか」
いかがでしたでしょうか?
今回のテーマは『暖かい恋』です。




