第四話 猫と人間の違い
落ち着いて考えてみよう。俺は猫を拾った。そしたらその猫が女の子になっていた。以上。
意味が分からん。どこで人間になる条件を満たしていたんだ。助けたから?つまりこれは鶴の恩返し的なもの。しかし家は機織りをして稼がなければならないほど貧しくは無い。
いや、嬉しいのかと聞かれれば嬉しいに決まっている。可愛いし、俺になついているし、すっごく甘えてくる。ただ、女の子だと言うことだけで猫のアイカと変わりない。
「兄さんどうしたの?」
頭を撫でると気持ちよさそうな顔をする。残念ながら耳は生えていない。外見は普通の女の子だ。
「とりあえずだな」
「なあにい?」
「どいてくれないか」
アイカはずっと膝の上に座っていた。本人はいつもと同じことをしているつもりだろうが非常に重く、いや、女性を重いと言っては失礼か。それ以上に今のアイカは何も着ていなくて……
「うぅ〜、分かったぁ」
アイカは布団の上に座った。俺は慌てて隣の部屋へ走った。
入るなり目に入った服を取って戻った。手に持ったのは一度も着られたことのない服だ。
「これを着ろ」
アイカに渡すが首を傾げて俺を見ていた。
「服?兄さん着させて」
こいつ、服を知ってるのか。
「自分で着れないのか」
「うん。だ・か・ら」
両手を広げて着させろと主張していた。俺はため息を吐き目を閉じながら服を着さえた。
中学校の制服だがアイカにぴったりなサイズだった。
リボンの時とは違い気に入っているようだ。
「ようやく一息つけたか」
「兄さん。いきなりどうして服なんて着させてくれたの?」
手櫛で髪を整えていた。猫で言う毛繕いのようなものか。
「裸だったんだからあたりまえだろうが」
「昨日と同じで私はいいんだけどな」
お前がよくても俺が駄目なんだ。
「兄さん」
「なんだ」
「お腹空いた」
俺はキッチンで朝食と昼食を兼用した食事を作り上げた。が、問題はあいつだ。俺の前には猫缶と人間用の食事を二人分用意してある。体は人間なんだから人間用の食事なのだろうか。
「兄さん。ご飯まだぁ」
我慢ができなかったのかアイカが直接出向いた。アイカはテーブルの上を見るなり猫缶を持ってキッチンを出て行った。
「先に戻ってるね」
そっちでよかったのか。俺は大目の食事を持って戻ることにした。
部屋に戻るとアイカは猫缶とスプーンを目の前に置きコタツでくつろいでいた。
アイカの向かいに入るなり猫缶とスプーンを渡された。
「兄さん。あ〜ん」
アイカは大きく口を開けて待っていた。
「いいかげん自分で食べろ」
猫缶とスプーンをアイカに押し返した。
「むぅ〜」
頬を膨らませアイカは手で食べ始めた。口を直接持っていかないのは人間らしいが口や手が汚れるのを気にせず食べているのは同じ年齢の子にはみえなかった。まるで生まれたての子供のようだ。
「お前本当に猫」
猫缶を食べ終わったアイカは手を舐めて口を拭っていた。俺は質問をそこで辞めた。この動きは猫そのものだ。
「むぅ〜」
「お前どうして人間の姿になったんだ」
アイカは口先を尖らせそっぽを向いてしまった。顔は相当不機嫌そうだ。
「どうしたんだよ」
「名前…」
「はあ?」
「アイカって呼んでくれなきゃ答えない」
そんなことに腹を立てていたのか。そう言われれば人間のアイカを見てからずっとお前って呼んでいたようなきがするな。
「分かったよ。アイカ、どうして人間の姿なんだ」
満面の笑みを見せ俺に近づき抱きついてきた。下から見上げるアイカの目が可愛く見惚れるものだった。
「あのね。年頃の猫には良くあることなの」
俺はペットを飼ったことが無いがそれは絶対に嘘だとわかる。
「嘘つきは夕飯抜きだぞ」
「だってえ、アイカにも分からないんだもん。猫の姿にも戻れるみたいだけど」
アイカはコタツに潜り込んだ。そして出てきたのは猫のアイカだった。こたつの中を見てみると制服だけが残されていた。
またアイカがコタツに戻ると人間のアイカが出てきた。
「ね、凄いでしょう、ってうえあわ」
俺は制服をアイカに投げつけた。こいつ、見た目は人間のくせに頭は猫のままなのか。
「いいから服を着ろ!」
「だ〜か〜ら〜、一人では無理だって」
こんな緩い午後を俺達は過した。残された時間が少ないとも知らずに。
夜、湯船でようやく一人安らぐ時間を堪能していた。ぬるめのお湯につかりながら疲れが取れることも無かった休みを振り返っていた。アイカを拾って疲れることばっかりだったけど退屈はしなかった。後悔はしていない。それでいいではないか。
「明日から学校か……」
アイカの奴一人で大丈夫だろうか。もしかしたらついてくるかもな。俺は微笑みながら頭までお湯につかった。
「兄さん。アイカも入る!」
曇りガラスの奥で肌色の何かがモゾモゾ動いているのが分かる。着ることすらできない服を無理矢理脱ごうとしているのだ。
「ま、待て。俺はもう出るから」
最小限を隠して慌てて出ると中途半端になったアイカがいた。俺は急いで自分の部屋へ戻った。
「あ、兄さん待ってよ」
俺はアイカ用のパジャマと布団を準備して待っていた。数分後、制服を着たアイカが戻ってきた。どうやら一人で着ることができたようだ。
「ほら、パジャマ、これに着替えるんだ」
パジャマを持って俺に微笑んできた。
「兄さん。きがえ」
「自分で着替えられるんだろ。自分でするんだ」
明かりを消してアイカに背を向け布団にもぐりこんだ。後ろで布のすれる音がする。
俺が眠りにつけそうになった頃冷たい風が入ってきて暖かいものが背中に当たった。
振り返ると笑顔のアイカが俺の布団の中に入ってきた。
「えへへ、兄さん」
その無邪気で可愛い笑顔に俺の箍は音を立てて壊れた。
「いい加減にしろ!」
立ち上がった俺は何が起きたのか分からずポカーンとしているアイカの顔を睨みつけていた。
月明かりだけが俺達を照らしていた。
「に、兄さん?」
俺の裾をつかもうとする手を払いのける。ここまではっきりとアイカを拒んだのは初めてだ。アイカも叩かれた手を撫でながら俺を潤んだ瞳で見ていた。
「俺はお前の兄なんかじゃねえ」
俺の大声にアイカは震えていた。それを見ても俺は止まることができなかった。
「俺のことを兄と呼んでいいのはな、愛華だけなんだよ」
アイカは俯いていたがそこまで言ってアイカが話し始めた。
「この姿になってからアイカに触れてくれなくなった。ご飯も、お風呂も、寝るのも一人でって、前みたいにぎゅって抱きしめてくれなくなった」
涙をぽろぽろ流しながら訴えてきた。アイカが今まで我慢していたこと、して欲しかったことを次々と言い出した。そして、一息置いて一番大きな声で一番思っていたことを叫んだ。
「こんなことになるなら人間の姿になるんじゃなかった!」
窓を開け放ち雪の降る中アイカは外に出て行った。
「アイカ!」
俺もそれを追いかけて外に出た。




