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古流剣術使いの異世界英雄譚  作者: とーわ/朱月十話
第一章 サムライと少女騎士
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第一話 「異世界からの訪問者」

 花院かいん学園の剣道場で、宮本双司は放課後の日課である練習に励んでいた。

 格技場には彼ひとりで、既に他の剣道部員は引き上げてしまっている。

 進学校の剣道部員に、遅くまでの練習を期待しても仕方がない。それを分かっていて入学したのだから、自分一人でも練習に打ち込み、大会で勝利を収め続けている。


 しかしそれは、双司にとってどうしても達成したい目標ではなかった。

 彼にとっては剣道はスポーツであり、彼が本来修めている古流剣術が目指す方向とは違っていたからだ。


 双司にはずっと剣の腕を競ってきた幼なじみの少女がいた。

 『佐々木伊織』――彼女が忽然と姿を消してから、すでに半年ほどが過ぎようとしている。警察の捜索も甲斐なく、終生双司とともに剣の腕を磨き合うと誓っていたはずの相手が、日常から完全に消失した。


 双司にとって剣の道を求め、強くなる理由の大半を占めていたのは、伊織の存在だった。彼女は双司と同様に真剣を用いる古流剣術を修めながら、現代においては剣道という形で競いあいながら剣を極めたほうがいいと双司に勧めてくれた。


 その彼女が居なくなった今でも、双司は竹刀を手放すことはせず、一人で腕を磨き続けていた。例え他の部員が、部活より遊びや進学塾を優先し、団体戦では緒戦敗退が続いていても、防具を身につけて遅くまで素振りをする習慣は変えなかった。伊織が居た頃、彼女はいつもそうしていたからだ。


 閉門の時間が近づいていることさえ忘れて、双司は納得が行くまで竹刀を振り続けていたが、今日も彼の目指すところに辿り着くことはなかった。伊織が居れば互いに矯正しながら鍛錬することが出来るのにと詮なきことを考えながら、双司は嘆息しながら面を外し、汗に濡れた手ぬぐいを外す。


 すでに月明かりしか照らすもののなくなった格技場を歩き、双司が更衣室に向かおうとしたその時だった。格技場の扉が開く音がして、双司は反射的に立ち止まる。


「……そこにおわすのは、この世界でも名のある剣士の方とお見受けする」

「誰だ……って……」


 この時間では顧問も滅多に様子を見に来ない格技場に、誰かが訪れる。

 それだけでも十分双司にとっては意外なことだったが、扉を開けて立っていたのは、この現代日本にあるまじき、金属製らしい鎧を身にまとった少女だった。

 鈴の鳴るような可憐な声をしているが、張ったときの凛とした響きが芯の強さを感じさせる。


 もうひとり、鎧の少女の傍らに立つ人物はフードつきのローブのようなもので身を包んでいて、双司からは男なのか女なのかも判別がつかない。身長はフードの分を鑑みても、鎧を着た少女よりもかなり小さかった。


 月明かりの中で、鎧を身につけた少女が進み出てくる。双司はその瞬間、息を飲まずにはいられなかった。

 月光の中に照らしだされたその髪は、まるで白銀のような色をしていた。その肌は光沢を帯びて見えるほどに白く、瞳は遠目にも分かるほど、はっきりとした瑠璃色をしている。しかし何よりも、その美貌にこそ双司は言葉を失っていた。

 少女の真っ直ぐな瞳を見返すと、心臓の鼓動がひとりでに早まってしまう。


「……見るからに普通じゃないな。不法侵入なら、学園に届け出ないといけないんだけど」


「無礼をお許しください。我らは使命を帯びてこの世界にやってきたばかりで、まだ右も左も分かっていないのです」


「こ、この世界って……それじゃ、まるで……」


 その容姿を見れば、日本人でもなく、ただの一般人でもないのは分かる。

 しかし少女の言い草を額面通りに受け取れば、『この世界』でない、別の世界から来たということになる。


 あり得ない、そんな馬鹿な。いつも通りに剣道の練習をして、帰るつもりだったのに、一体何が起きているのか……練習中に転んで後頭部でも打ち付け、夢でも見ているのか。

 思って頭をさすっても、そこにコブの一つもない。次に頬をつねったところでしっかりと痛いので、双司はそれ以上悩むことをやめた。


 剣の道において強くなるということは、迷わないということだ。

 自分の思考を積極的に整理し、動揺した不安定な状態は最低限で終わらせる。『この少女たちは異世界から来た』という常識はずれの出来事でも、双司はそういうものだと受け入れることにした。ことの真偽は後で確認すれば済む。


「……それで、その使命ってのは何なんだ?」

「それは……あなたの力をしっかり見定めてから、話すことにします。あなたが見込んだほどの実力がなければ、何も知らずにいてもらったほうがいいから」


 フードの中の顔は見えないが、その声もまた女性のものだった。鎧の少女よりもいくぶん年下のようだが、その口調は落ち着いていて思慮深さを感じさせる。


「その太刀筋を見込んで、これから私と戦っていただきたい」


 竹刀を振っていた時から、見られていたのか――だとしたら、あまりに集中しすぎていた。いついかなる時でも周囲に気を配れと、祖父に子供の頃から教えられてきた双司にとって、視線に気づかないというのはまずありえない。

 しかし俺の剣に見込みがあると言うとは、彼女はそれなりに腕が立つのか――そう思うと、双司の胸は久しぶりに躍る。勿論油断などは微塵もない。


「……ノエル殿、これで会話は通じているのですか?」


 双司が考え事をしているのを不安に思ったのか、鎧の少女がフードの少女に助けを求める。

 ノエルと呼ばれた少女は、フードを被ったまま頷きを返した。それは双司から見て本当に微かな動きで、彼女はあまり感情を表情に出さないのだとわかる。


「この世界においても、魔法は私たちの世界と同じ理論で発動できています。ですから、翻訳魔法は通じています」

「というか、こうやって会話してるんだから、通じるかどうかを疑う余地はないんじゃないのか?」


 双司が指摘すると、鎧の少女は顔を赤らめて、きっと睨みつけてくる。その腰に帯びた剣の柄に手がかかったところを、双司は視線を滑らせて注視した。


(居合いの使い手でもない……そのまま剣を抜いたところで、大して怖くない)


 少女剣士の持っている剣の鞘は、白銀色の金属に赤い彩色を施されていて、見るからに金属の重みを感じさせる。本物の剣であることに疑いの余地はなかった。

 双司は練習用の竹刀しか持っていないが、真剣を前にしても恐怖を感じない。扱いを知らない者が振るう真剣より、実戦慣れした剣士の竹刀のほうが、よほど恐ろしいと考えているからだ。


「戦いたいっていうなら、相手になろうか。そうしたら、使命ってのを聞かせてもらう」


 何よりも、久しぶりに血が騒ぐ。

 真剣を相手にしてそう感じるのは病的なものがあると双司は自分でも認識していたが、競技としての剣道だけでは満たされないものがある。

 伊織と真剣で戦い、決着をつけるときのために、子供の頃から文字通り血を吐くほどの修練を積んできたのだから。

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