始まりの夜校舎4
湧哉は指示通り南側の階段から二階に上がると先ほどとの違いにすぐ気が付いた。扉に付いた除き防止の窓ガラスの向こうではチラチラと明かりが見える。
「こんな時間に何をやってるんだ? あの感じじゃ仕事ってわけでもなさそうだし」
仕事ならばこんな時間にわざわざ来る必要はないだろうし、何もやましいことがなければ明かりをつければいい。
こそこそとするその様は盗みに入った泥棒のようだ。
五分ほど経っただろうか。湧哉のスマートフォンの画面が着信を知らせた。
「もしもし」
『準備はいいか?』
「準備って……何も聞いてないですけど」
『教頭が出てきたら西側から回り込んで職員室に入れ』
「何する気ですか?」
『今にわかる』
ガラガラガラガラン!!
階段を何かが転がり落ちる音がした。場所は東側の四階辺りだ。踊り場で止まったのかそのあとはカランカランという小さな音が響いた。
そのあと職員室の扉が勢いよく開き、焦った教頭が出てきた。相当焦っているのか周りを確認することなく正面にあった階段を駆け上がっていった。
『よし、行け』
「行けって、今のなんですか!?」
『話してる暇はないからさっさとしろ』
「ああもう!」
湧哉は職員室に向かう。南西と南東の角を曲がり職員室の入口を潜る。
職員室内にはこれといって変わった様子はなかった。向かい合った教員の机が規則的に並んでいる。右手の奥には個別相談ができる個室が二つ、左手奥には校長の机が置かれている。
そのすぐ横の机。職員室を訪れるとその席にはいつも教頭が座っている。その机の上が明るくなっていた。パソコンの画面が付いているのだ。
『どうだ?』
「中は誰もいないです。教頭のパソコンが付いてるみたいです」
奥崎が状況を確認しようと声を掛けると湧哉もそれに答えた。
ガラガラン!!!
廊下の方でまた物音がする。しかし先ほどよりも音は遠くで聞こえる。
『あっちは気にするな。だが時間はあまりないぞ』
「……了解」
気にするなというのはなかなか難しいが極力考えないようにすることにした。
湧哉は早足で教頭の机まで行くとパソコンに向かった。
机の上は物が散乱していた。引き出しは半開きで何やら電子機器らしきものがいくつか無造作に置かれていた。
パソコンの画面はデスクトップが表示されていた。机の上と違ってこちらはきれいに整理されている。
「で、何を探せばいいんです?」
『できればすべてだが今は時間がないから諦める。映像か画像のファイルがたくさん入ってるフォルダをコピーしろ。今回はそれでいい』
湧哉はポケットからUSBメモリを取り出すとパソコンに接続した。パソコンに詳しいわけではなかったが、情報処理の授業で習った程度のことならできる。
表示されている画面にそれらしいファイルは見当たらない。湧哉はマウスに手を置くと適当にフォルダを開き始めた。
フォルダ内にあるのはどれも文章で探している種類のものはほとんどなかった。時たまある画像ファイルは資料ばかりだ。
「探してるものはないみたいですけど」
『そんなはずはない。もっとよく探せ』
「探せったってファイルの種類だけじゃ俺にはどうしようもないですよ。なんかないんですか?」
『……学校内で撮った写真だ。それ以上は今は言えん』
「それって教頭が撮ったってことですか」
『そうだ』
短い返事は湧哉にできるだけ情報を与えたくないという現れのようだった。
遠くでまた階段から何かが転がり落ちる音が聞こえてきた。
校舎内に一人ではないということを再確認させられ仕方なく作業を開始した。
フォルダの中のフォルダを開き、時にはまたその中のフォルダを開く。それを繰り返し繰り返し行うが校内の写真らしきものは出てこない。
だんだんとフォルダを閉じる時間も惜しくなり開いたままにしていたが、開いたままのフォルダをクリックして時間を無駄に消費することが多くなってきた。
時間が経つにつれて遠かった物音が近づいてくる。
『そろそろ限界だぞ!』
「そんなこと言われたってないものはないんですよ!」
ガラガラという音がもうすぐそこまで迫って来ていた。今度はかなり近い。
『もういい、見つかる前に職員室から出ろ!』
「!」
指示が出ると湧哉はパソコンに接続していたUSBメモリを引き抜いた。しかし、焦っていたからかUSBメモリは手から滑り落ち半開きの引き出しの隙間から中に入ってしまった。
「こんな時にっ」
引き出しを全開に開いた。中には落としたUSBとペンやら定規やらが入っていた。その奥のほうに目に留まるものがあった。
(デジカメ?)
あったのは小さなデジタルカメラ。
「……!」
手のひらに収まるサイズのそれを引っ張り出しUSBも回収するとブレザーのポケットに突っ込んだ。
『何してる早くしろ!』
少し焦った声色の奥崎の声を聞きながら湧哉は西側の扉の鍵を開け職員室から飛び出した。
上の階の東側を教頭が走っているのがちらっと見えたが気にしている暇はない。仮に姿を見られていたとしても顔を見られなければ何とかなるのではないかとほとんど働いていない頭で思い一気に西階段を駆け下りた。
そこからは来た道を全力で走った。広場を走り、月明かりが当たる廊下を抜け、下駄箱で自分の靴を取り出す。素早くそれを履くと昇降口の扉を開け敷地内も一気に走り抜けた。
夜道を五分ほど走り寮にたどり着いた。
こんな時間に正面玄関が開いているわけもないので、三階建てで横長の寮の裏側に回り込み自分の部屋の窓から室内に中に入った。部屋が一階なのは幸運だった。
『おい!大丈夫なのか!?』
繋がったままのスマートフォンから奥崎の声が聞こえてきたが湧哉は返事もせずに通話を切るとベットに倒れこんだ。