始まりの夜校舎3
ブー、ブー、と揺れるスマートフォンを湧哉は恐る恐る取り出した。電話の相手は大体想像がついていたが―――
「マジ、かよ……」
画面には非常にも<奥崎先生>の表示が。出ないわけにもいかないので通話ボタンを押す。
「寝たんじゃなかったんですか……?」
『そのつもりだったが問題が起きてな。職員室の鍵、開いてないだろ?』
「開いてなかったですね」
『やっぱりか』
「やっぱりって、開いてないの知ってたんですか!?」
『いや、さっきお前と電話してるときはまだ知らなかった。知らないことは教えられないから仕方ないだろう』
もっともらしいことを言うが湧哉からすればいい迷惑だ。振り回した挙句知りませんでしたときたものだ。
あまりにも責任感のない物言いに湧哉もし少し頭に血が上ったようだ。
「俺、もう少しで教頭に見つかるところだったんですよ!!」
『教頭?』
「そうですよ! 見つかってたら停学……いや教頭のことだからあれこれ理由を付けて最悪退学もあり得ましたよ!!」
今までの鬱憤もあってか自分が夜の校舎にいることも忘れ声を荒げる湧哉。声は廊下に響き渡ったが、聞いていた者はいないようだ。
『そうか。ふふっ、教頭がいるのか……』
なんと会話相手の奥崎すらも全く聞いていなかった。自分に向けられた言葉だというのに全く反応しない。しかも機嫌は悪くなるどころかどんどん良くなっていく。
「奥崎……先生……?」
笑うことも少ない奥崎がこんなに機嫌がいいのは気味が悪く湧哉の頭は一瞬で覚めてしまったようだ。少し言い過ぎたかと思いとりあえず下手に出る湧哉だが奥崎は相変わらず聞いていないようだ。
『ということは職員室が開けられるかもしれないな。そうなれば証拠を確保できる』
彼女の頭の中では着々と作戦が練られているのだ。
通話が繋がっているのも関わらず、昇降口でポツンと立ち尽くす湧哉の姿はなかなか悲しい。彼のことなどお構いなしにどんどん話が先に進んでいるのだ。
『職員室を開けさせたらあいつらに誘導させよう。そうすればしばらく時間は稼げそうだな。データを手に入れられれば明日突き出せばいい。そのあとは誰かが何とかするだろう。よし!畑原!今どこにいる!』
「い、今ですか?」
急に話を振られたのですぐに対応ができなかった。帰ろうとしていた手前、少し言いづらいというのもあるが。
『早くしろ!!』
奥崎の声があまりにも大きかったので湧哉はスマートフォンから耳を話した。片目をつむって少し悔しそうな表情をするが耳元にスマートフォンを戻すと素直に答えた。
「え、えっと、昇降口っす」
『昇降口? なんでそんなところに。まさかお前勝手に―――!』
「違います違います! 外で車の音がしたから気になって来てみただけですっ!!」
『……本当か?』
「……」
『まあいい。今は時間がないから見逃してやる』
「マジすか!?」
『今は、な』
「今は、ですか……」
次あった時は覚えていろよ、ということだろう。明日さっそく奥崎の授業がある湧哉はどんな仕打ちを受けることになるやら。
『南側の階段から二階に上がれ。そのあとはしばらく待機だ。後でまた電話を掛けるからいつでも出れるようにしてろよ』
ブツッ、っと一方的に電話は切られた。
「はあ……」
暗い校舎でまた一人になった湧哉。そこの扉を通れば帰れるというのに戻らなければならない。
明るい外と暗い校舎内、対照的なその二つは湧哉には天国と地獄に見えた。