田島との会談2
「旧校舎がないって今更そんなこと……」
旧校舎は既にない。それはわかっていたことだ。
だからこそ旧校舎が忘れられないように事を起こそうとしているのが悠だ。それを手伝う湧哉(まだ何もしていないが)は驚きを隠せなかった。
「それが問題になっているのは変じゃないですか? 先生は旧校舎の取り壊しに反対だったと聞きました。でも、あの旧校舎はこの学校所有だったんですよね? だったら管理責任者の田島先生もある程度は納得してのことだったんじゃないんですか?」
悠は田島に質問を浴びせた。
使われなくなった旧校舎だったがそれを取り壊すと決めたのはこの渡ヶ丘高校であり田島もその中の一員だ。旧校舎がないことが問題になるのであれば最初からわかっていたはずだ。取り壊した後に問題があった、というのは甘いのではないだろうか?
「確かに取り壊しには反対だったさ。だが、管理費を考えるととても維持はできなかったんだ。それと問題というのは私側ではなく町側が言っていることだ」
「その問題って言うのは何なんですか?」
「町としては既にないものをPRすることは難しいと考えているらしい。それなりの経済効果がないと彼らは動かない。資金は町の予算から削り出すわけだから当然だがな。この町はどんどん開発が進んでる。マンションやショッピングモールに金を使ったほうが人も金もこの町に入ってくるということさ」
建物がまだ残っているのならばそれを見に訪れる人もいたかもしれない。しかし、今残っているのは旧校舎の一部とその写真だけ。見に訪れる人は多くないだろう。
逆に新しいマンションやショッピングモールができればそれを目当てに訪れる人は増える。
天秤にかけるまでもなくどちらがこの町の経済に影響を与えるのかは明白だった。
「役所には何度も言ったが返事はそればかりだったよ。残っている資料をもっと交通の便がいい場所へ移す。昔からある寺や祭、そういった昔からあるものと一緒にしてアピールしたらどうかとも言ったがいい回答は得られなかった。『物がない』と言われたらこちらはそれまでだったよ。あそこも人がほとんど入れ替わって私の知っているやつもいなくなったから大したコネもない。お手上げだ」
田島の表情がそれらがどれほど苦労したかを物語っていた。実年齢は七十前後のはずだが今はもっとやつれて見える。必死にやったが相手にそれは伝わらなかったのだ。
「まさかここまで徹底的になんて……」
ボソッと悠がつぶやいた。悠の顔にはいつもの余裕が見られなかった。明らかに動揺している。
悠のこんな表情を湧哉は初めて見た。一年半ほどの付き合いの中で、一度でもこんなことはなかった。
昨日も奥崎から話を聞いた時は悠本人も田島がやろうとしていることは難しいと言っていた。それがわかっていてこの動揺の仕方。田島のことだけが原因とは思えない。
「門紅……?」
とはいっても湧哉にその原因が何なのかわかるはずもなく、声をかけることしかできなかった。
「え? ああ、ごめんごめん。ちょっと驚いちゃって」
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ」
ニコッと笑うその顔はいつもの悠だ。先ほどの動揺は息を潜めて隠れてしまった。
「私がやろうとしていたことはこんなものだ。役に立たなかっただろうがもし何か手伝えることがあるなら言ってくれ。できる限り手伝おう」
「ありがとうございます。また話がまとまったら来るので許可申請はその時にお願いします」
「ああ、待っているぞ」
一礼する悠に倣って湧哉も頭を下げると二人は田島に背を向けて職員室を後にした。




