つかの間の
体育館から教室に戻る間、湧哉は廊下の端にいる奥崎を見つけた。詳しい話も聞きたかったが人が大移動しているこの状況では話は聞きづらい。そして何より―――
「奥崎先生!」
―――悠が先に声を掛けてしまっていた。駆け寄って行くと嬉しそうに話をし始めた。
「奥崎先生、なんか大変だったみたいですね」
「そうだな……。まさかこんなことになるとは思わなかったよ」
「こんな状況じゃ今日も記念館に行くのは無理でしょうか?」
「いや。仕事がいろいろ片付きそうだから少し遅くなるかもしれないが今日は行けるだろう」
「本当ですか! やったー!」
あからさまに喜ぶ悠に湧哉と結はちょっと引き気味だ。
「ほんとあれで何とも思ってないとか言うんだからね……。バカよバカ」
「そこは俺も同感だ……」
「奥崎先生の態度は他と変わらないのにねえ」
「まあ本人が気にしてないんならいいんじゃないか」
湧哉と結が後ろでこそこそ話していることには気づきもせず悠は奥崎と楽しそうに話をしていた。……話していたのだが。
「そうだ畑原、クラスの方が落ち着いたらでいいから後で職員室に来てくれ」
「……」
悠は振り返って湧哉に冷たい視線を浴びせるが奥崎は全く気にした様子はない。普段ニコニコしている分こういう顔をされると迫力がある。
「じゃあ私はそろそろ戻るぞ。畑原忘れるなよ」
「はい……」
奥崎はALMの集まりのために来いと言っているんだろうがそれを知らない悠にはやはり誤解を与えているようだ。悠には奥崎とは特に親しいわけではないと言った手前、これは弁解しずらい。
「奥崎先生のお気に入りはハタハタなのね。こりゃ悠も気が気じゃないね。いっそ玉砕覚悟でアタックすればいいのに」
去りゆく奥崎の背中を見送る悠の後ろ姿を眺めながら結はそんなことを言う。
「いや、俺は別にお気に入りとかじゃないと思う……」
「わざわざハタハタを指名するぐらいだから相当気に入られてると思うけど」
「……」
気に入られている、というよりは信頼されているというほうが正しいのだが、湧哉自身にそこまでの自覚はない。ALMという共有の敷地に入ったことへの影響だろう程度にしか思っていなかった。
「それにしても、悠はすっかり肩落としちゃって。まったく世話が焼けるんだから」
「世話は焼いてやるんだな」
「そりゃね。友達第一号のハタハタにこんな仕打ちされたら幼馴染の私が励ましてやらないとでしょ」
「いや、俺がやったっていう認識はおかしいだろ」
「アッハッハ。それはどうかな~?」
結は笑いながら悠の首に腕を回す。
「はいはいしょぼくれてないでさっさと教室戻るよ。」
「べ、別にしょぼくれてないよ!」
「あらそう。にしては元気ないけど」
「そ、そんなことないよ」
「ほらあれだよ。ハタハタが呼ばれたのはきっと課題のことだって。仕方ない仕方ない」
「うん。って別に僕は何とも思ってない!」
「ハイハイさっさと行くよー」
あれでは幼馴染というよりは姉弟のようだ。ほんの少しだがほっこりと温かい気持ちになった。
だが、これから訪れるであろう現実の前のつかの間の休息だったのかもしれない……。




