うっかり持ってきちゃいました
ある日突然目覚めたら、ファンタジーな世界に迷い込んでました。
これが異世界召喚って、やつですか。かの有名な。
私だってファンタジー小説くらい読むし、ゲームとかそこそこやるわけですよ。
それで伝説の聖なる乙女だったり、魔王を倒して世界を救う勇者だったり、王子様含む超絶美形どもに言い寄られる逆ハーめくるめく恋愛物語のヒロインだったりしちゃうわけですよね、こりゃ。
「うわ、マジ来ちゃったどうしよう」
間違ってもこんな台詞を吐かれた上に、
「え?伝説の乙女?ナイナイ。魔王?そんなもんあちこち居ないよ。王子様……は居るけど、うーん。つうか逆ハーとか身の程知れ。鏡見て出直せ、平凡娘」
とか貶められるのありえなくないですか。
「じゃあ何で召喚したんだよ、バカあああ!」
って叫んだ勢いで、ちゃぶ台(的な位置にあったちょうどいいテーブル)をひっくり返したら、分厚い本で殴られて直せって言われた。もう泣きそう。
「はい改めて、俺フィリオリール。フィルでいい。17歳、セインティア王国の魔導士見習い」
「はい私、桜井莉子。16歳、日本の女子高生」
「サクライ、リコ?リコ、ね」
向かい合って床に正座で自己紹介から始めた私達だったけど、目の前のフィル君とやらは途端に足を崩した。お行儀悪い。
「えー本物のジョシコーセーだー。かっわいー。フィルも最初に召喚したのが年頃の女の子だなんて、結構むっつりだよねー」
「ちょっとアルティス様は黙ってて下さいよ、この腐れ師匠!」
フィルの後ろに居た長髪金髪美形がニコニコ言ってくれたのに、フィルはそれを怒鳴りつけた。
師匠って言わなかったか、今。師にそんな口を聞いていいのか。っていうかジョシコーセーこっちでも需要高いのか。
「あ、師匠は女なら何でも好物だから」
腐れ師匠!!!
フィルは気を取り直して私に説明を続ける。
「えーと、ここはあんたのいた世界とは違う。魔法使いも精霊も竜も居る。ってさっき窓から見たよな。で妙なこと口走ってたもんな」
そう。百聞は一見にしかず。日本どころか地球じゃねーなこれ、ってしかとこの目で確かめましたとも。
「あんたは俺が召喚した」
「それは聞いた。だから、わざわざ召喚するなら私には隠された力とかあるんじゃないの?」
華々しく勇者デビューかと思ったのに。
「いや別に。単に初めての召喚術でうっかり持ってきちゃっても影響なさそうなもん引っ張ってみたら、あんただった」
「なんだそれぇえ!あたしは街で配られてるティッシュか何かか!」
フィル君の衝撃的デリカシー無さ過ぎ発言に、うっかり涙出た。
つうかヒドイ!どんな審査基準なのか、断固やり直しを要求する!
「ああでもね、フィルはこの世界での召喚術を試してたんだ。うっかり異世界繋げちゃうなんて我が弟子ながら凄い力なんだよ」
弟子馬鹿お師匠様がにこにこと教えてくれる。でもその情報、今いらない。
うっかり美形は目の保養に良いけれど、そんな理由ならお断りだ。
ぶうぶう膨れたら、お師匠様はまたまたにっこり。
「とりあえず観光、してきたら?お師匠様がお小遣いあげるからさ」
「いやったあ!さすがお師匠様!いよっ、美形魔法使い!」
手のひらを返した私に、フィルが唖然とした後、ちょっと不機嫌そうに言った。
「お前のお師匠様じゃないし。つうか変わり身早過ぎだし」
「何よヤキモチ焼くなよう。別にあんたのお師匠様取らないわよ」
横目で言ってやったら、彼は顔を真っ赤にして黙っちゃった。あはは、可愛いヤツめ。
「女子高生にお小遣い。これって危険なワードだよね」
お師匠様なんか変態チックなこと言ってるけど。異世界でも残念な美形ってのはいるんだな。
「フィル!アレ何あれ何きゃー!」
「リコ!お前っ、ちょっとペース落とせコラ」
「おおおすげえ妖精さんだ!アレ欲しい買って買って」
「バカお前売りもんじゃねえよ」
「じゃあこれこれ!」
「……お前の金遣いの荒さじゃあ、幾らあっても足りねえ」
「え?魔法でお金をばばんと増やすんでしょ」
「出来ないから!出来ても犯罪なの!ここ魔法大国でそんなことしたらすぐバレるから!」
「役立たず」
「ううっ!」
散々フィルを振り回して。遊び倒して。
彼とお師匠様の家に帰り着いたのは夕方だった。
ちゃっかりフィルの作った夕ご飯までご相伴に預かって、お師匠様にこっちの世界のカードゲームを教えてもらっていたらいつの間にか夜が更けていた。
「君の為に部屋空けときましたから、どうぞー」
お師匠様の笑顔に私もにっこり返して。
「ありがとう!フィル君が夜這いしないように見張っててね、お師匠様!」
そう言い放ったら、彼は私を真っ赤な顔で怒鳴りつけた。
「お前みたいな色気皆無に、なんかするかバカ!」
「えーフィル君てばイケメンなのにヘタレね。私フィル君なら良いかもって思ったのになー」
ねーとお師匠様と首を傾げて同調し合えば、フィルは真っ赤な顔のまま絶句した。
「っ、ば、バカじゃねえの、おま」
「おやすみー」
「聞けぇぇ!」
莉子が部屋の向こうに消えてしばらくして。
フィルは腹立たしそうに師にお茶を淹れる。
「何なんですか、あの女」
彼の言葉に、師は黙って微笑んだ。お茶を一口。
「召喚失敗してすみません。ハズレにも程がある」
師の無言に魔法の失敗を責められていると感じたのか、フィルは苦々しげに呟いた。
「……君の召喚術は見事だったよ。だからあの子は来たんだね。“うっかり持ってきちゃっても影響無い子”」
師匠の静かな言葉に、弟子は瞬きをした。
「どんな子だって突然居なくなったら影響はあるでしょう。家族、友人、知人」
彼の真意を測りかねて、フィルはその端正な横顔を見つめた。
「あの子は、ひとりぼっちなんだね」
少年はハッと目を見開いた。
ーー居なくなっても、誰にも何とも思われない子。
「気付いた?リコは一度も、“いつ帰れるのか”って聞かないんだ。普通異世界なんかに来たら、まず帰れるかどうかを気にするものじゃない?帰る場所はないのかもね」
師はただ穏やかに。弟子が見えていない部分を暴き出して諭す。
フィルは俯いた。彼女の環境など知らない。聞いていない。取るに足らないなどと、どうして思ったのか。
「君が望んだものは?召喚したのはなあに?」
お師匠様は金色の髪を弄びながら聞いてきた。そんな姿も綺麗で嫌になる。
「うっかり持ってきちゃっても影響なさそうなーー俺を必要としてくれる運命の人」
あれが、そうなのか。
騒がしくて喧しくて、うっかり可愛いとか思っちゃいそうな、にこにこな笑顔をあちこちに振りまく妄想少女ーー。
「どうしたらいいですかね、お師匠様」
「結婚すれば」
それから、魔法使いとその弟子の家には、可愛くて妙な娘が住んでいる。
うっかり持ってきちゃった、異世界から来た少女がーー。
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