八話 恐怖
「『俺、幽霊とか信じてないから』とか、『そういうの、怖いと思った事ないんだよね』とか言うヤツっているじゃん? でも、それって嘘だと思うんだよ。根底にはちゃんと、幽霊とかお化けとかを、ちゃんと怖いと思ってるはずなんだよ。
いや、嘘じゃなかったら、それ以上に怖い事だと思うんだよ、俺は。
これは、そんな話。
俺の友達に、結構ヤンチャしてるヤツがいたんだ。そいつを仮に、Aとしとこうか。Aは結構名の通った不良で、周りではいろいろと事件があった。まぁ、ここでその話をするのは余談が過ぎるから割愛するけど、とにかくそいつは怖いものなしってやつだったんだ。
でも、そんなAでも幽霊は怖いんだって話をした事がある。その話をしたときは、俺も笑いながら『幽霊が怖いって、子供かよ』って言ったんだ。でも、そんな俺にAは、苦い顔をしたままこう返した。
『幽霊とか化け物とか、怖いものは怖いって素直に言った方がいい。怖くない、怖くないって言ってると、本当にそういうモンが怖くなくなっちまう。自分に言い聞かせたせいで、恐怖を感じる神経がマヒしちまうんだ……』
って。Aは、しみじみとそんな事を言ったんだけど、そのとき俺は『怖がりなのを誤魔化してるだけだろ』って思って、その事について深く追求しなかった。
俺がその話を思い出したのは、Aの通夜に行ったあとだな。Aの霊前に焼香してから、仲間で集まってAを偲ぶ宴会をしてた。そのときに、仲間の一人が誰の目にもわかるくらいにビビってたんだよ。そいつは、Bって事にする。
Bは通夜のときからべそべそ泣いてたんだが、俺たちはそれを、Aの死を悼んでの事だと思ってたんだ。でも、宴会が始まってしばらくしても、Bは泣いてる。いい加減鬱陶しくなって、仲間の誰かがいくらなんでも湿っぽすぎるって茶化しながら言ったんだ。
そしたらBのヤツ、いっそう泣きだして半狂乱みたいになったんだ。そいつの支離滅裂な言葉をつなげると、たぶん『俺のせいでAは』とか『Aは絶対、俺の事を恨んでる』とかいう風に聞こえた。まぁ、かなり嗚咽交じりで聞き取りにくかったから、本当にそう言っていたかどうかはわからない。
でもまぁ、そうやって恐怖を吐き出すとすっきりするのか、Bは半狂乱のまま、どこか急き立てられるように、しゃべり続けた。そのうち、嗚咽も収まり始めて、聞き取りやすくなった話をまとめると、こんな感じだった。
AとBは以前、肝試しに行ったそうだ。暇つぶしの一環だったみたいだが、それでも怖がりのBは、内心嫌々だったみたいだからAが率先してたんだろうな。
それで、地元ではそこそこ有名な心霊スポットの廃ビルへ向かった二人だったが、そのスポットを目前にしたBはとうとう音を上げて、これ以上先には行きたくないって言ったらしい。
だけど、それでもAは肝試しを中止しようとはしなかった。
その宴会でBが言ったのは、こんな言葉だった。
『怖いもの知らずのAは大丈夫だったのかも知れないけれど、俺はそれ以上怖くて行けなかったんだ』
って。
まぁそんなわけで、それ以上は腰抜かして先に行けなかったBを残して、Aはずんずん心霊スポットに入っていったそうだ。一人で心霊スポットである、廃ビルの中に。
そこから数十分、Bはただへたり込んでいたそうだ。で、数十分後に何事もなかったような顔をしてAがその廃ビルから出てきたんだと。
ただ、Bはどこかおかしいと感じた。
Aが笑いながら『帰るぞ』と言ったとき、Bはなにがおかしいのか気付いた。廃ビルに入っていくまではBの事をバカにしていたAが、帰ってきてからは一度もBを笑わない。どころか、いつもよりなんか優しい。
別れ際なんて、『お前は正しい。怖いときは、怖いっつー感情に、素直に従った方がいい』ってらしくもなくマジトーンで言って帰ったらしい。
そのときのAの雰囲気は、いつもの闊達なものではなく、どこか哀愁が漂っているように感じたそうだ。だからBは、言葉にされずとも、Aが廃ビルの中でなにかを見たんだと覚ったと言っていた。そのせいで、Aが死んだとも。
周りの仲間は、そんなわけがないと言って笑ったり、Aの死を怪談にするなんて不謹慎だとか怒ってた。
ただ、俺はそのとき、なにも言えずに、Bの話を反芻していた。そして、以前Aと話したときの言葉も。
Aは、幽霊が怖かったらしい。しかし、Bと一緒に心霊スポットに行き、一人でその心霊スポットに入っていった。
Aが怖いのを我慢して、心霊スポットに入った?
俺はそうは思わなかった。きっとAは、まだそのときは怖くなかったんだ。そして、そこでなにかがあって、考えが変わったんだ。
Bも、そのときそこででなにがあったのか教えられなかった以上、Aの身になにがあったのかは、もう誰にもわからない。でも、その後のAは明らかに、それまでのAとは考え方が違った。
『幽霊とか化け物とか、怖いものは怖いって素直に言った方がいい。怖くない、怖くないって言ってると、本当にそういうモンが怖くなくなっちまう。自分に言い聞かせたせいで、恐怖を感じる神経がマヒしちまうんだ……』
Aは普段から、怖いものなしを公言し、そして有言実行の男だった。そのせいで、周囲では様々な事件が起きていたわけだが、その結果、自分で言うように『怖いもの』に対するセンサーが鈍っていたのかもしれない。
そして、センサーが鈍っていたせいで、それに遭遇してしまった。Aの死の原因にまで、ソレが関わっているとまで飛躍するつもりはないが、それでも俺は、今後二度とその廃ビルに近付こうとは思わない。
みんなも、怖いものは、きちんと怖いと言った方がいい。たとえ、幽霊を信じてなくたって、幽霊は怖いと感じ、幽霊が怖いと言うべきなんだ。
強がってると、本当に強くなってしまう。
本来、恐怖というものは、人間の根源的衝動であり、危険信号であるはずなのに……。だからもし、それが怖くなくなってしまったときは、気を付けなければならない。進む道の先に、これまであったはずの『この先危険!』の標識がなくなってしまっているって事なんだから。
だから、今この場で百物語なんかしている俺たちは、みんな危険センサーが鈍っているって事なんだろうな。
ってなわけで、怖いものがなくなる事で、怖い目にあう事になるぞって話でした」