七話 呪いの正体
「コトリバコ系の怪談って知ってる?
まぁ、詳細は省くけど、要は呪物を作って誰かを呪い殺したあと、その呪物の処理がテーマの怪談ね。私がこれからする話も、そういったコトリバコ系の呪物の話。
でも、もしかしたらこれは怪談にはならないかもね。
ううん、別に怖くなかったときの為の言い訳じゃないよ。なにせ、この話は絶対に怖いから。絶対に……、絶対に怖いから……。
じゃあ始めるね。
コトリバコでもあるけど、こういった『呪物』の製作話では、結構な確率で他の生物が登場するんだ。それも大抵、腸を引きずり出したり、生き血を使ったり。コトリバコもそうだけど、大抵はこの動物の臓物なんかを、呪物の近くに放置する。これが第一段階。
コトリバコの場合、そのあとの第二段階で、たしか口減らしした子供の指なんかを、第一段階で作った箱に一緒に入れるって話じゃなかったかな。あまり覚えてないけど……。
まぁ、この系統の話って、第一段階の動物の臓器をどこかに安置したあと、第何段階かで人間の体の一部をそれに接触させるのが、定番なんだって。二段階目かも知れないし、三段階目かも知れないけど、必ず人間の一部をここで媒介に使うって。
ここで話は変わるんだけど、私の大学のときのゼミの教授がね、そういう民俗学や、もっと浅い、それこそ都市伝説や怪談なんかの研究をしててね。その教授の話が、最高に怖かったんだ。
その話はこう。
現代に生きる我々にとって、呪いというものはオカルトだ。しかし、オカルトだからといって、その話で起こる現象をすべて非科学で説明付けようとする事は、間違っている。
怪談にも、科学的見地で説明のつく事はあるのだ。
そう前置きしてから、教授は言ったの。
まず第一段階で、動物の臓器に寄生しているバクテリアや寄生虫、そういったものを呪物内部で繁殖させる。本来は宿主の死と共に生存活動ができなくなるはずだった、そういった微生物の生命活動を、呪物の中で促進させてやるそうよ。
すると、その微生物たちは環境に適応する為に、自らを進化させるの。そう、その呪物を作った者があつらえた環境に、適応できるように。勿論失敗して死滅する場合も多いんだけど、きちんとした手順で培養した結果、人体に極めて有害な毒素を生成する生き物が生まれたりもするの。いってしまえば、一種の生物兵器ね。
あり得なくはないの。実際に自然界でも、人間を致死に至らしめる毒素を生み出す生き物なんて、枚挙に暇がないんだから。ボツリヌス菌が生み出すボツリヌストキシンなんて、たった五百グラムで人類を絶滅させられるのよ?
そうやって、動物の臓物や血液から育てた危険な生物兵器を、次の段階で人間の一部へと感染させる。人間に感染させる事で、その生物兵器が人間を蝕めるようにする為ね。人間の肉体にも適用できるように、生物兵器は自らを進化させる。
そこまでいけば、あとは簡単。
呪い殺したい相手に、その生物兵器を押し付けてしまえば、呪いという名の病死が発生するって寸法よ。
勿論、当時の人間に微生物だの寄生虫だのといった知識はなかったと思う。けど、呪術という、オカルト的な学術はたしかにあって、試行錯誤の結果、そういった成功例の呪いができたんじゃないかって、教授は言ってたわ。
こういった蟲道や巫蠱みたいな呪物系の怪談は、デマかそういった生物兵器の線を念頭に置いておけって、教授は言っていたわ。自分は、呪いで死んだ人間は見た事がないが、おかしな病気で死んだ研究者なら何人も知ってるって。私も、何人かそういう民俗学者を知ってるわ。
現代の科学知識をもたなくても、怨恨が作り上げた、呪術という名の生物兵器製造方法。連綿と続く歴史のなかで、人を殺す為だけに洗練されたその結実が、高度な生物兵器の培養技術だったとしたら、呪いはオカルトだったときよりも怖くない?
だってその呪いは、確実に存在するんだから。
怪談とは言えないかもしれないけれど、逆に説明がついた方が怖い話もあるって事で。みんなも、覚えておいた方がいいわよ。おかしなものがあっても、軽々しくそれに触れないように。もしかしたらそれには、ボツリヌストキシン以上の、恐ろしい呪いがあるかもしれないんだから……。
ね、ちゃんと怖かったでしょ?」