四話 案山子
「ちっと、盛り下がっちまったな。じゃ、俺からちょっとだけ心暖まる怪談を1つ。
俺も田舎に住んでたんだけどよ、そこであった話なんだ。
よくさ、お化けの話って夜に子供が外に出ないようにするための、大人達の方便って言うじゃん?
多分それと同じなんだけどさ、家の田舎では『夜外に出ると、案山子に話しかけられるぞ』って言うんだ。変だろ?
何でも、案山子に話しかけられたら、絶対に言うことを聞いてはいけないんだと。何か1つでも案山子の言うことを聞くと、殺されちまうっていう、割と大雑把で雑な怪談が、家の田舎にはあったわけさ。
俺が小学生の頃な、家の近くに自販機が出来たんだよ。
いや、コンビニもスーパーも徒歩圏内には無い、田んぼと山と畑と家畜しかいないような、そんな田舎だったんだよ。あ、人はいたっつの!話の腰を折るなよ、ったく!
で、自販機ができて、子供だった俺は、その自販機でジュースを買うのが好きだったんだ。
個人経営の何でも屋的な商店はあったんだけどさ、そういう………なんてーの?ハイテク?みたいな技術に、漠然とした憧れがあったんだな。小遣いでジュースを買い、お使いでジュースやお茶を買い、俺はその自販機のヘビーユーザーと化してたわけだ。
その日は家に、街の方に住んでる親戚が来ててな。豪勢に―――つっても一般家庭レベルのもんだが、とにかく豪勢に夕食となったわけだが、運悪くジュースのペットボトルを倒しちゃった子供がいてさ、家の兄弟も合わせて全部で5人いた子供達の分のジュースが、足りなくなりそうだったんだ。
俺は密かに、まだかまだかと母親からのお使い要請を待ったわけだ。で、案の定残り2本となったペットボトルの中身が減り、母親に言われて、俺は意気揚々とお金を握りしめて自販機へと向かったんだ。年長の兄さん、姉さんが付いてくるって言ったんだけどさ、俺ってばその頃ガキだったから、1人でお使いしたかったんだよ。背伸びしてな。
でも時間は既に深夜に近い。何もない田舎だから、時折道路を通る車の音以外は、風と牛と虫の声しかしない。街灯なんてほとんど無いから、家なんかから漏れる電気の光以外は、ほとんど真っ暗闇だ。
50m程先の道路の脇に、煌々と光る自販機が見えた。
『ちょっと待ってくれよ』
そう言われて立ち止まった俺は、声のする方を見て驚いた。
お察しの通り、案山子に話しかけられたのさ。
『僕の足が、地面から抜けかけているんだ。どうか、差し直してくれないかい?』
最初は怖かったけど、どこかひょうきんな案山子の声に、俺は安心したんだ。
でも大丈夫。俺は怪談を知っていたから、ちゃんと案山子を無視して自販機の方へと行こうとした。
『頼むよ。急いでるなら手間はとらせない。ほんのちょっと、こっちに来て僕を差し直してくれればいいんだ』
切羽詰まったような、泣きそうな声に心が揺れたね。本当に『ほんのちょっとだけなら………』とか、考えるもんなんだよな、人間って。
『頼むよぉ、僕が倒れたら、この畑にカラスが来て、おじさんが困っちゃうんだ』
葛藤したねぇ。つっても、2、3分かそこらだったんだろうけど。
「そんな所で何してるのッ!?」
後ろから切羽詰まったような声が聞こえて、俺は振り返った。そこには、親戚の姉ちゃんが、顔を真っ青にして立ってたんだ。俺を心配して追いかけてきてくれたそうだ。
で、姉ちゃんが持ってきた懐中電灯に照らされて、よく見てみると………
俺は道路の真ん中に立ってたんだ。
田舎っつったって車は通る。っていうか、道路が少ないからこそ、そこしか道が無くて夜でも車が通る。おまけに、ほとんど直線の一本道で、車通りそのものは少ない。自然、通る車は結構飛ばしてる。
そのままだったら、轢かれてたかもしれないな。
ああ、もしかして、案山子は間違って道路に出ちまった俺を助けようと、声をかけた、何て思ってる?
違う違う。
俺を道路の真ん中で『ちょっと待たせた』のは、誰あろうその案山子だ。
俺がもう一度振り返り、案山子がいた所を見ると、そこに畑は無かった。
俺があと少しでも前に出てたら、あの畑用の用水路に落ちてただろうな。
相変わらずの静かさが、田舎の暗い道に戻り、俺はその姉ちゃんと手を繋いでお使いを済ませた。
え?
どこが心暖まる話だったかって?
いや、この話にはオチがあってさ、ちょっとトイレに寄るっていう姉ちゃんと別れて、リビングに戻ったらさ、
いるんだよ。姉ちゃん。
当然、俺を追っかけてきたりはしていなくて、急いでトイレに行っても誰もいない。よく考えれば、自販機に行くのに、普通懐中電灯なんて持ってかない。
ホント、誰だったんだろうな、アレ?」




