三話 綾取り
「これは、家の田舎の話なんだけど。
何て言うか、もうすんごいド田舎で、ジジババばっかりの場所だったんだ。だからって訳じゃないんだけど、結構迷信深くてね。神事、祭事も結構厳格にやってたの。
で、ジジババばかりだからか、そのジジババのジジババから聞いたような『おまじない』がたまに流行ったりしてたんだけど、そういう『おまじない』みたいなのの1つに『あや取り様』ってのがあったのよ。
いわゆる、縁結びの神様に頼る、恋愛成就のおまじないね。ただ、色々と細かいルールがあるの。
大枠のルールは、『あや取り様』にお願いするときは、赤いあや取りと、失恋話を奉納すること。
赤以外のあや取りは、絶対に奉納しちゃダメなんだって。それと、失恋話の相手との復縁、みたいな話は無理なの。それとは別の、全く新しい恋のお願いをしないといけないの。
これがねー、やたらと上手くいったのよ。
『あや取り様』にお願いにいった女の子は、その大半が想い人と恋人同士になったり、そうじゃなくてもとっても仲良くなったりってね。
うん、実はこれ流行らせたの、私なんだ。私がお祖母ちゃんから聞いた話を、そのまま皆に伝えたの。
それからは『あや取り様』ブームよ。
『あや取り様』が祀られていた神社には、赤いあや取りの山が出来る程だったんだから。
怖くない?
まぁまぁ、まだ続きがあんのよ。
でね、ここでは仮にA子って呼ぶんだけど、ある日そのA子が家を訪ねてきたのよ。
突然の訪問だったけど、ろくな娯楽もない田舎だったから、放課後に友達の家に行くのは珍しくもなかったし、私も別に気にしなかったんだ。
A子の家は父子家庭でね、お父さんは車で1時間以上もかかるような離れた町で働いてて、帰りも遅いから家でご飯を食べていくように言ったわ。
明るい子でね、クラスでは男女問わず人気者だったの。
2人で遊んで、お喋りして、夕御飯を一緒に食べて、お祖母ちゃんと『あや取り様』の話なんかして、そしてA子は帰って行ったわ。
次の日、A子のお父さんが亡くなったの。
急性心不全とかいうのでね。たまたまA子の家にいた、お父さんの会社の偉い人が救急車呼んで、結構大きな騒ぎだったのよ?
それでね、A子は施設に入るために学校を転校したの。
それだけよ。
え?
『あや取り様』はなんだったのかって?
うーん………、できればこれ、話したくないんだけど………。
A子のお父さんが亡くなる前の日に、A子が訪ねてきたって言ったじゃない?
で、お祖母ちゃんと『あや取り様』の話をしたとも言ったわよね?
その時お祖母ちゃんが言ってたのよ。
『あや取り様』は、本当は縁結びの神様じゃないって。『あや取り様』の神社は、それとは逆の縁切りの神社だったんだって。
簡単な話よ。
失恋の相手と自分との縁を完全に切れるから、新しい恋愛に前向きになれる。恋人同士になれることもあるでしょうし、仲良くなるのは恋愛の前段階。駄目でも、すぐに疎遠になったりはしないわ。そんなに子供も多くないし、仲間外れにはなりたくないでしょうから。そして、だからこそ前の失恋の後遺症が残っていたんだから。
もうわかったでしょ?
A子の家に救急車が来て騒ぎになったって言ったじゃない?あれね、来たの救急車だけじゃなかったの。警察も。
ジジババばかりの田舎だったから、救急車が来るのはそんなに珍しくなかったしね。
A子のお父さん、本当は仕事無くしてたらしくてね、家にはまともな家財も無かったらしいよ。私は見てないんだけどね、A子の私物もほとんど無かったし、食べ物もほとんど無かったって。編み物用の毛糸が少し、残っていただけだったんだって。
会社に通っていないはずのお父さんが連れてきた、『どこか』の会社の偉い人。
もういいでしょ、これ以上言わなくても。
次の日、『あや取り様』の神社には、黒いあや取りが奉納されていたわ」