遺されたもの
父が亡くなり、圧倒的な面倒の日々。一通りの段取りはついた。
猛烈に忙しい日は通り過ぎ、
死んだ悲しみを噛みしめる事もせず、ただ黙々と処理の日々であった。
ここまで本当に大変であった。
私は三兄姉の末っ子として生まれ、父一人に育てられた。
兄は、絵に描いた放蕩息子で学校では問題ばかり。
卒業してからも、ろくに就職もせず、遊び回っては金の無心にきていた。
姉はこれまた兄に負けじ劣らずのじゃじゃ馬で、
やはり似たのか偶に帰ってきては金の無心。
なんにしても喜ばれる子ではない。
私はというと、自分でいうのもなんではあるが、基本的に兄・姉が反面教師となり、
真面目に勉学に勤しみ、就職後も父と一緒に暮らしていた。
父は生前から、「お前だけが頼りだ。お前だけが息子だ」と言ってくれていた。
ただ当の本人である私は、そんな思いとは別で、感謝の気持ちなぞ欲しくなかった。
父が交通事故に合ってからは、ただ、面倒と邪魔な日々であったのだ。
勿論、おくびにも出さない。
つまりは、父が死んだ時も正直、すこしの悲しみもなかったのである。
ただ、ひとつ気に掛かることがある。
遺産である。父は生前、事業に成功し莫大な遺産があると聞いていた。
兄も姉も勝手な暮らしばかりをして、私といえば全身麻痺になった父をずっと看病していた。
当然、私に遺産がくるのは当然であるが、それは法律が決めること。
なにもそこまでガメつくなる必要もないだろう。
兄も姉も殊更、
葬式では泣いていたり、思い出を語っていたりと不自然にも見えない態度をしていて、
それは無性に、そう、怒りのような、エネルギーが沸いてきていたのだった。
それから幾日かして、弁護士が兄弟を集めた。
どうやら例の遺産の話らしい。
「生前から、K氏様はそれはそれはもう子供達の事を気に掛けておりました。
ここにその子供達にあてた遺言がございます。
順に読み上げます。
長男のYへ。
お前は図体ばかり大きくなり人様に迷惑しか掛けていない。
しかし今更それを治すのも不可能であろう。
なんと惨めだ。だから仕方がないので私の遺産の半分をくれてやる。
長女のHへ。
お前もいい加減に育ってしまった。正直、嘆かわしい。
しかし今更それを変えるのも不可能であろう。
なんと悔しいか。だから仕方がないので私の遺産の半分の半分をくれてやる。
末っ子のDへ。
お前だけが私の息子だ。いつも看病をしてくれてありがとう。
そして、こんなになった私を裏切らず父と慕ってくれた。
他の子と違いお前だけには礼をいう。ありがとう。」
弁護士は紙を畳むと、一息ついた。
「ちょっと待て!」
私は、テーブルをひっくり返す勢いで立ち上がると弁護士に怒涛の怒りをぶつける。
「なんで、兄や姉には金で俺には感謝の気持ちだけなんだ!不公平じゃないか!
そもそも俺がこんなにも面倒みてやってきたのに、あんまりだ!こんなのは認めないぞ!」
息つくまもなく捲くし立てると、弁護士がもう一枚の紙を取り出し
「尚、この遺書を読んだ時に誰かが不平や不満を漏らしたら、その時点で財産を全て寄付する事とする。
もちろんそんな子はいないと信じている。」
そういうと弁護士は、にやけた顔して熱い茶を啜った。
読んでいただいた方に、感謝の言葉を。