44:岐路Ⅶ
アゼルはアンジュの言葉を噛みしめるように一つ頷くと、本題に入るべく腕を組む。
「アネーシャの生活ぶりはどうだ?」
「普通ですよ」
「普通……か」
「ええ。ユアン様が侍女を大勢アネーシャ様につけて下さったので、無条件にかしづいてくれる人間を大勢侍らせてご満悦の様です」
それは、アジェにいるときに満たせなかった自尊心を存分に満たせているために機嫌が良い、ということなのだろう。自ら呼びこんだくせに、巻き込まれた方は散々だ。
「ですが、アゼル様が一向に姿を見せないので少々不満が募りつつあります」
「ユアンが行ったことで緩和するだろう」
アンジュはアゼルの言葉に内心でそれはどうだろうかと小さく反論して、続ける。
「基本的にはエデタージュにいる時と同じですが、少女小説は読まなくなりましたね」
思うに、他国の王子と政略結婚というシチュエーションで、己が少女小説のヒロインになった気分でいるからなのだろう。自分がそうであるときに、物語に何かを求めることはしないのだ。
「それで……アゼル様はいつ頃ステラ様をお迎えに?」
「本来ならば両親の了解が得られた方が良いのだが……」
それはやはり―――難しいだろう。
「エデタージュの方はどうなさるのです?」
「身代わりを立てたことを盾に取る」
「ですが、一度は承諾なさったことですし……」
そうだろうな、とアゼルは頷いた。
「あとは、我が国の民への仕打ちだな」
なんと言っただろうか、あの男―――あの男と母親はアネーシャの我儘に巻き込まれ、数々の暴言に晒されていたのだ。それは単純に腹立たしく思う。ステラが絡むから少し拗れただけで、自分の国の、しかも自分の治める領地の民への辛辣な仕打ちは、笑ってながせるようなものではない。
「色々なことを抜きにしても、アネーシャの所業は許されないことだ」
「まぁ、エデタージュでも似た様な事をしてらっしゃいましたけど……」
「とにかく!」
アゼルは全てを振り払うように叫んだ。アンジュはにわかに目を丸める。
「そういったごたごたは全てステラを取り返してから考える」
ああそうだ、そうだ。全てはステラを取り返してから考えればいいではないか。父母を納得させる理由が必要?それはそうだろう。だが、それすらステラを取り返してからでいい。
「もう吹っ切れた。ユアンを呼べ、すぐにでもエデタージュへ行く」
「良いのですか?」
「何がだ」
それは、とアンジュは視線を彷徨わせる。
何が、とはもちろんアネーシャの事である。色々と後回しにするのは良いが、アネーシャをほったらかしにしていることはあまりいいことではない。アネーシャは思った通りに面倒な人間なのだ。だが、目の前のアゼルは本当に吹っ切れた―――というか吹っ飛んだというか、机を叩きながらもう良い知らんなどと拗ねた様な事を言っている。
「アゼル様拗ねてらっしゃいます?」
どうやって逃げ出してきたのか、ユアンがノックもせずに扉を開けて入って来ながらそんな事を言った。
「どこがだ!」
「いえいえ、まぁ、良いことだと思いますけれどね」
にっこりと、ユアンは笑った。少々子供っぽくも見える行動だが、一時を思えば可愛らしいものである。感情を表に出す―――表に出せる感情があるということは、ユアンにとってこの上ない喜びなのだから。
「ユアン、すぐにでもエデタージュへ行くぞ」
「え」
「いろいろごたごたしたことは全部後で考えることにした」
そもそも、ステラがいなければ話は前に進まないのだ。ステラがいなければごたごたすることもないわけだし、ステラが良いと言った時の先方の出方もわからない。唯一の懸念があるとすればアネーシャ本人だが、それももう追々で良いだろう。
「アネーシャ姫の事はきちんと考えておいた方が良いと思いますけどね……」
「何故だ?」
「どうしてアゼル様は訪ねて来てくれないのか、の一点張りですよ。薄々身代わりだった方に気持ちがあるのではないかと思っているようですし……」
「事実だ、言い訳するつもりはない」
「開き直ってらっしゃいますね」
ユアンは呆れたように半目になる。アゼルはついっと視線を逸らして、窓の外に目をやった。
「……まぁ、いいですよ。ステラ様がいないとどうしようもないっていうのは事実ですし」
「ですが、行くとなると確実にエデタージュ側の知るところとなりますよね?」
「我々だけで行くとしても……」
ちら、とユアンはアゼルを見る。アゼルは目立つのだ。
「ユアン様も十分目立ちますよ」
「いえいえ、そんなことはありませんよ」
「少なくとも、アネーシャ様が一瞬でもほだされるぐらいには美男子です」
「……誉められた気がしませんね」
誉めたつもりだったのですが、とアンジュは首を傾げる。ユアンは苦笑して、では誉め言葉として受け取っておきます、と礼を言った。




