35:ただ元に戻るだけⅢ
次の日、陽が昇って間もないぐらいにユアンはルートの家に向かっていた。場所はドーラが教えてくれた。アゼルは非常についてきたそうだったが、アゼルが来ればかどが立つ。本当ならば側近のユアンでもない方がよかったのだろうが、事情を知らない人間に任せられるはずもない。故にユアンは一人でルートの家に来ていた。
チャイムなどあるはずもなく、少し探した後に木製の扉を叩く。家中からは美味しそうな匂いが漂ってきていた。
「はい……」
出てきたのはくたびれた顔をした女性が一人。ルートの母親だろう。
「申し訳ございません、こちらはルートさんとご家族の方の家で間違いないでしょうか?」
「え、ええ……」
少し緊張したような返答なのは、ユアンが何をしに尋ねてきたのかわかっているからだろう。この辺りでユアンの様に身なりの良い者はいないから、出で立ちだけですぐにわかる。
「昨晩、アネーシャ姫にそっくりの少女がルートさんに連れられてきたでしょう?」
それは、質問と言うよりも確認に近かった。アネーシャ、という言葉を聞いた時にびくりと肩が揺れたのは、はたして思い当たるからなのか否か。
アネーシャと言う言葉を聞いてか、奥からルートが出てきた。少し陰鬱とした表情だ。
「そうですよ、俺と一緒に」
母親―――ミッテに代わってルートが答える。
「どこにいます?」
「……知らない」
なるほど、とユアンは内心で大きくため息をついた。ステラが大人しくルートについて行ったのは事を荒立てないためだと思っていたのだがどうやらそれだけではなく、アゼルから逃げるためという理由も多分にあったらしい。
「本当に知らないよ。顔が似てるだけあるんだな、突飛な行動はお構いなしってやつだ」
「……アネーシャ姫は平民と恋に落ちて何処へ消えたという噂だったのですが」
「そう見えるのだとしたら節穴らしい。アネーシャは“恋に落ちた”ということにして勝手に荷馬車に乗って、帰りたくなったと駄々をこねて足を骨折し、俺の母親に手酷く当たりながら今日まで過ごしてきたんだよ」
それは事実だ。嘘をつくには事実も要る。
「それで……同じようにステラも逃げたと?」
「そうじゃないのか?処罰が恐ろしいんだろう」
ルートにはそう見えたのだろうか、とユアンは思った。けれど、鼻を美味しそうな匂いがかすめてハッとする。
「随分豪勢なお食事ですね」
「作ってあったんだ。せめてもの罪滅ぼしにと。酷く当たってきたのは彼女ではないのに」
「―――わかりました、ご存じないということですね」
「ああ、知らない」
ユアンは朝早くにと謝罪を述べてから、ルート宅を後にした。いつ頃逃げ出したのかは知らないが、もう少し早くに来るべきだった、と後悔する。
「まぁ……行く場所は限られているでしょうけど……」
とりあえずは、エデタージュに帰ることだろう。本物が見つかったこと、そして己の処分を聞くために。




