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30:喜ばれる訪問Ⅲ

 こちらです、という言葉とともに開かれた扉の奥から、甘い香りが漂ってきた。ステラは知らず知らず笑顔になる。そこでは、計る、混ぜる、型に流す、焼く、という工程ごとに分担され、効率よく仕事が進められていた。扉の一番近くで仕事をしていた男性が一番に来訪者に気付き、振り返り何かを言おうとし―――目を丸めた。


「えっ!?」


 その言葉に、ドーラが怪訝な顔をする。


「どうかした?」

「あ、いえ、―――こちらには来られないのかと思っていたので……」

「王子様が、お妃さまの作ったものとあたしらが作ったものとで食感が違うとおっしゃってね。そうしたら、コツがあるんだと」


 ステラはきょろりと辺りを見回すと、作業している人たちに近付いて行って筆談で何かを伝えていた。それを型に流し、焼く作業へ持っていく。アゼルは焼き上がるまで何もすることがないので、腕組みをしたまま楽しそうにしているステラを見ていた。ステラは聞かれたことに丁寧に答えている。筆談のため時間はかかるが、アンジュが傍で先読みして言葉にしているのでさほど困ってはいなさそうだ。


「楽しそうですね」


 こっそりとユアンがアゼルに言った。一歩後ろに下がって傅く姿勢を崩さなかったユアンは、預かりの目がステラに向いているのを確認して半歩前に出ている。


「そうだな」

「アネーシャ様のお菓子は細部まで覚えていらっしゃるのですか?」

「……何が言いたい」


 その、楽しそうな口調に、アゼルは半眼になった。いいえ、別に、と笑いながら、ステラが焼き上がったプリンをこちらに持ってきているのを確認して再び半歩下がる。

 プリンを持ってきたステラは、食べてみてください、とアゼルに差し出す。アゼルはそれを受け取って口に運び、しばらく咀嚼した後に頷いた。


「これだな」


 その言葉を聞いて、ステラはくるっと工場の面々を振り返った。工場の面々はある者はメモを取りながらステラの楽しそうな顔を見ている。なるほど、と頷いている人が多いのを見ると、本当に少しのコツだったのだろう。


「これでもっと売り上げが伸びるだろうね」


 ドーラはそういって、大きく笑った。



 ―――アゼルたちが工場へ入ってきてすぐに声を上げた男。男は定時を少し過ぎたあたりで工場を後にし、村から少し離れた我が家へ向かった。扉を開いて一番に聞こえてくるのは、ヒステリックな叫び声だ。


「どうしてよ!!」


 がしゃん、と何かが割れる音がする。


「どうして言う通りにできないの!?」


 その声を聞いて、男は眉根を寄せてため息をついた。見れば、椅子に座った育ちの良さそうな美女が床に倒れた男の母親の傍にティーカップを投げつけている。


「全然美味しくないわ!!全然よ!!」


 そんなの当たり前だ、と男は思った。使っているものが違う。けれどそれを言えば、ならば馬車を呼べと叫ぶだろう。馬車を呼ぶお金など、あるはずがないということに考えも及ばない彼女は、当然の様に。だから男は言葉を飲んだ。言葉を飲んで、別の言葉を紡いだ。


「どうしたの、アネーシャ」

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