29:喜ばれる訪問Ⅱ
工場まで行く道すがらも、ステラはくるくると辺りを見て忙しなく、そして楽しそうだった。野花の可愛らしさに顔を綻ばせてみたり、川のせせらぎに耳を澄ませてみたり、その辺を闊歩している犬や猫などの動物に触れようと膝を折ってみたり。そうしてその度に、輝かんばかりの笑顔を浮かべるのだ。
「済まないな、本当にゆっくりで」
「いいえ、いいのですよ」
「だが、あちらも相当待っているのだろう?―――ユアン、先に行って伝えて来い」
「畏まりました」
ユアンはすっと腰を折ると、近くの民家の影から迂回して工場となっている建物の方へ向かっていく。ステラに見つからないように移動するという配慮が見えて、アンジュは僅かに口元を緩めた。
ようやく工場へステラが付く頃には、ユアンが先に行っていたこともあってか外へ出ている人はおらず、ステラに見つからないよう何食わぬ顔で合流していたユアンが一足先に工場内へ入る。すると、わっと中から歓声が上がって一気に勤めている人たちが出てきた。
「ようこそいらっしゃいました、アネーシャ様、アゼル様」
一歩出て挨拶をしてきたのは恰幅の良い女性で、預かりがその女性が工場を束ねている人物だと紹介する。
「ドーラといいます。束ねているって言ったって、そう大層なことをしているわけじゃないんですけどね」
「初めまして。貴女のおかげで仕事がスムーズなのだと預かりから聞きました」
謙遜した女性にアゼルが手を差し出すと、ドーラはアレッと驚いたような顔をしたが、おずおずとその手を取って握手を交わした。王族の人間が、何のためらいもなく下流階級の―――貴族でも何でもない―――人間に手を差し出し握手を求めるということがどれほど突飛なことかというのは、なんとなくわかったからだ。しかもそれに続いて第二王子妃も笑顔で手を差し出してきたものだから、ドーラの顔は笑顔なのか何なのかよくわからないものになっていた。しかも後者は高飛車と噂の姫君なのだ。
「―――認識を改めないといけないのかもね」
ぽつ、とそれだけ言うと、ドーラは仕切りなおすかのようによしと言って工場の中へ招き入れる。
工場の中は、ある意味で雑然としていた。しかし整理が行き届いていないのではなく、絶妙に働きやすいように配置されているのであろうことが、働いている人々の手元を見ていればわかる。
「こっちは入れ物を作っているんですよ。中身のお菓子はまた別の場所で作っています。さすがに、こんなに雑然とした場所でお菓子は作れないでしょう」
からからと笑って、ドーラは冷やしておいたプリンを取り出した。そうして、スプーンをつけてステラとアゼルに渡す。
「食べてみてください」
二人は受け取って、どちらともなくスプーンをプリンに刺した。そうして咀嚼した後、アゼルがぽつりと言う。
「……味が違うな」
「え?」
「……これが作ったのと味が違う。味というか……食感、か。このままでも十分おいしいが……」
ステラの作ったものを食べた後だと、どうしても劣る感が否めない。それを感じ取ったのか、工場内は少しだけざわつき始めた。今のままでも十分売れ行きは好調だ。しかし、劣ると言われていい気がするわけがない。
ステラはプリンをアンジュに手渡すと、代わりに紙とペンを受け取った。
『コツがあるんです』
「……コツ、ですか」
ステラはこくこくと頷いて、再びペンをとる。
『プリンを作っているところに案内していただけますか?』
「それは、もちろん」
ドーラに案内されてプリンが作られているところに向かう。本当はついて来たいのであろう働いている人々は、名残惜しそうにその背中を見つめていた。




