だいにわ
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三人仲良く手をつないでキャイキャイ騒ぐのが、いつの間にかマイムマイムに変化した頃、ようやく床に叩きつけられて気を失っていた三人のお爺さんが目を覚ました。
「おおっ、なにやらさわやかな目覚めが」
「……うーむ、確かに。このところの稽古で溜まっていた疲労が抜けたような気が」
「この部屋に来たときはいつも身体が軽くなりますなあ」
「それもこれも我が孫娘が愛らしいゆえじゃの!」
部屋に備え付けられた椅子にそれらしく座った状態で目が覚めたお爺さんたちは、口々にそんなことを言って、何が起こったのか覚えていないみたいだった。
……っていうか、メイドさん達はいつの間にお爺さん達を椅子に座らせたのかしら。
「……はあ。やっぱりいつも通りですのね」
「すごい、あれで平気なんだ……」
ボロ雑巾のようになっていた姿を見た身としては、ピンピンしているのが信じられない。
「ほんと……なんで神官長達平気なんだろう」
わいわいと盛り上がる三人を前に、シャルルちゃんは落ち込み、私は驚き、シイカちゃんは首を傾げるのだった。
◆
「……って、そうだ、神官長! 神官長!」
シイカちゃんは、何かを思い出したように声を張り上げた。
神官長と呼ばれたお爺さんは、背中まで届く白髪に学者をイメージしそうな白髭を蓄えている。
白いローブをまとっていて、その上に円と十字を組み合わせた模様が描かれた前垂れをかけている。
神官長はシイカちゃんの呼びかけに気づいてこちらを向いた。
「おお、シイカではないか。勇者召喚の儀、ご苦労だったな」
「あ、はい……ありがとうございます。……って、そうじゃなくてですね! どうして私を残してどこか行っちゃったんですか!?」
シイカちゃんが石室で一人ぼっちにされたことを恨みがましく言い募っていたけれど、残念なことに神官長の興味はすでにシイカちゃんから外れていた。
シイカちゃんに目をやった時に視界に入ったのだろう。彼の視線は私……を通りすぎてシャルルちゃんへと向いていた。
……あれー?
「いやあ、シャルル姫はいつも愛らしくていらっしゃる。どうですかな、やはり魔法防御結界を設置しては」
「神官長、その結界の防御は完璧なのだろうの」
疑問を呈したのは将軍と呼ばれていたお爺さんだ。白髪を後ろに流し、首の後ろ辺りで小さく結っている。髭はないけれど、三人の中で一番渋い顔つきをしている。サーコートとでも言うのだろうか、落ち着いた灰色を基調とした服に身を包んでいる。その体は服の上からでも年齢を感じさせない筋肉がついていることが見て取れる。
渋い顔から紡がれた質問が比較的まともに感じられたので、さっきとは違いまじめに考えて言っているのかな。
「む、まじめに考えていますのかしら?」
シャルルちゃんも私と同じ事を感じたようで、成り行きを見守っている。
「当然ですぞ、将軍。姫様自身と特定の人物のみを通過できるようにいたしますぞ」
「ふむ……神官長よ、その特定の人物とはもちろん?」
「わし等三人に決まっておりますぞ、陛下」
前言撤回だった。
「身の危険を感じますわ!?」
ドカッバキッゴギャッ!
聞くに堪えない音が部屋に響いた。
◆
「さて陛下?」
「シャルルよ……いつも通りお爺様と――」
「へ・い・か?」
「は、はい……何でしょうかシャルル様」
「よろしい。――さて、勇者様に事のあらましはご説明になりましたか?」
シャルルちゃんの鋭い眼光に身を竦めながら、陛下お爺さんは伺うようにシャルルちゃんを見て答える。
その姿には、金環のティアラをかぶった白髪頭も、豪奢なファーをあしらった緋色のマントも意味をなさず、怯えるライオンのようにすら見えた。
「……ません」
「なんですか、聞こえませんよ?」
シャルルちゃんは部屋の中央に立ち、眼前にお爺さん三人衆を正座させている。
「……この世界にも正座ってあるんだ」
「うんと昔に召喚された人が伝えたんだって」
「じゃあ、百年前に召喚された勇者様が伝えたのかな……」
「そうかもねっ」
私とシイカちゃんはシャルルちゃんの後ろで椅子に座っている。
普通は逆なのだろうけれど、すごい剣幕で三お爺さんを正座させていたシャルルちゃんがその時は振り返って、
「いいのですリリカ。あなたは国賓……そう、国賓ですの。そこの迷惑三馬鹿トリオジジイ……こほん、迷惑三人衆に比べてはるかに重要な人物ですのよ。気にせず座っていてくださいですの」
と満面の笑みで言うものだから断れなかった。
そんなわけだから、私とシイカちゃんはそろって椅子に腰掛け、事の成り行きを見守っているのだ。
「――説明していませんでした、ごめんなさい!」
「よろしい。……ですが、我が国に関するおおまかなことと、勇者召喚についての諸事はシイカがお伝えしたそうです。さて……」
「ひぃっ」
一国の国王――それも祖父を恐怖で平伏させるほどの怒気を発しているシャルルちゃんの視線が神官長へ向いた。それだけで神官長は小さな悲鳴を上げる。
こちらからリリカちゃんの表情は伺えないけれど、何か激しいものがシャルルちゃんの身体から立ち昇っているように見えた。
……ああ、シャルルちゃんの髪が波打ってるように見えるよ。
実際シャルルちゃんの豊かな髪は風もないのに小さくはためいていた。
「そういえば、なんでシャルルちゃんってあんなに力あるの?」
ふと、私はさっき見た光景を思い出して、声を潜めてシイカちゃんに訊いてみた。
それに対してシイカちゃんも声を潜めながら答えてくれた。
「シャルルちゃんは炎の魔法に適正があるの。だから髪の毛が赤いのね? 炎の魔法は、攻撃魔法も火力が高いんだけど、身体強化魔法が特徴的でね。適性の高い人は身体強化も強くなるんだよ」
「ああ、それであんなに力があるの?」
「そういうことだよっ」
なるほどねぇーと頷きながらシャルルちゃんの方を見直すと、神官長お爺さんがシャルルちゃんに平伏していた。
「ごめんなさいでした!」
「あら神官長殿、私は何も怒っていたりはしませんのよ?」
シャルルちゃんがそう言うと、神官長は平伏したままざざっと床を滑り、シイカちゃんの前に平伏しなおした。
「ごめんなさいでした!!」
「え、ええっ、ど、どうしようリリカちゃん!?」
「うーん……シイカちゃんの思うようにすればいいんじゃないかな?」
「一人にしてごめんなさい。説明とか丸投げしてしまってごめんなさい。許してくださいごめんなさい!」
神官長はシイカちゃんの前に平伏したまま謝り始めた。
シイカちゃんは、困ったように私を見て、シャルルちゃんを見て、
「…………分かりました。許します」
たっぷりと間を置いてから答えた。
「ありがとう……ありがとうございます」
神官長は、とても高位の役職にあるとは思えないしおらしさで平伏したまま元の場所へ戻っていった。下が絨毯とはいえちょっとホラーな動きで、私は内心引いていた。
そんな内心を知る由もなく、シャルルちゃんの折檻はついに将軍お爺さんに移ろうとしていた。
けれど、私は思っていた。将軍は他の二人に比べて比較的まともなのではないかな、と。
確かに二人同様暴走気味のところはあるけれど、国の大事なお姫様を守るためなら忍者みたいな従者がいてもおかしくはないのではないかなと私は思っていた。
けれども、私が口を挟むよりも先に、シャルルちゃんが将軍に声をかけた。
「さて将軍、お待たせいたしました」
「ハッ。待つのは慣れておりますゆえ……」
この人は常に一歩引いたように構え、落ち着いた発言をする。
……きっと忍者のメイドさんだってシャルルちゃんのことを思ってのことなんだよ。
私は声に出さずに思った。
「ええ。では訊ねますわ。今回えっと……ねえ、何回目だったかしら?」
「百二十五回目でございます、姫さま」
言葉を発想として言い淀み、シャルルちゃんは壁際に佇むメイドさんに訊ねかけた。
するとメイドさんは淀みなく何かの回数を答えた。
「今回で百二十五回目の忍びの技を修めたメイドの配置提案ですが、その意図するところをお答えになっていただけますわね?」
「ハッ。姫様の御身を影にひなたに守る者の存在は必要かと……」
「――本音は?」
「ハハッ。姫様の御身を影にひなたに見守り、その一挙一投足を報告させ三人で愛でるためにございます!」
激しく前言撤回だった。
……この人が一番ひどい!?
「そう……今回もやはりその理由でしたのね。わたくしは今回もまた同じ返答をいたします。その提案を却下致しますわ」
「ハハッ……」
「……さて」
引き下がった将軍を視界に収めながら、シャルルちゃんは小さく呟き。
その呟きに反応して三人が顔を上げた。
「判決を下しますわ」
「判決って……」
「これ裁判だったの?」
……判決死刑とか言い出さないよね。
「三人とも、今後一週間わたくしの部屋へ進入禁止ですの」
……あ、ゆるい?
と思えたのも一瞬だった。
「それはひどい!」
「あんまりじゃ!」
「年寄りいじめか!」
三人が口々に喚き始めたのだ。
「なお、この判決に従わなかった場合は一ヶ月わたくしとの接触禁止ですわ。また、一週間の間に部屋への侵入が認められた場合も同様の措置を取りますわ」
「この世界に神はおらぬのか……」
「神は死んだ……」
「おお、我らを救い給え……」
「はじめから守る気すらありませんの!?」
三人が三人ともこの世の終わりのような顔をして嘆き、シャルルちゃんもまた嘆き悲しんだ。
「これ、どうしたらいいの?」
「うーん……全然わかんない」
ひどい裁判があったもんだわ。
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誤字脱字等有りましたら報告していただけると嬉しいです。
>13.6.22 前書きと後書き、衍字消去。