だいいちわ
◆
「よしよーし。ほーら落ち着いてー」
「うえぇん……ぐすっ……ひっぐ」
誰もいなくなった石室で、私は白髪の女の子の頭を撫でていた。
……癒されるなあ。
だんだんと小動物を愛でているような気分になってきた私だった。
次第に落ち着いてきたのか、女の子の泣き声が治まってきた。
頃合いを見計らって、声をかけることにした。
「落ち着いたかなぁ? きみ、名前は言えるかな?」
「うぇっく……ひぐ……シイカ。シイカ・リリングラ……」
涙声で呟く女の子の声を聞き漏らさないように耳を澄ます。
ショックな事があって思考が鈍っているらしい彼女に、私は優しい声色を意識しながら質問をしていく。
「そう、シイカちゃんっていうのね。ここはどこなのかしら……?」
「ここ……ここは聖王国……サンクト・グレルモフュリオです……っぐす」
「そうなの……それで、今日はどうしたのかしら?」
「今日はね……今日は私が勇者を召喚する日だったの……」
「……勇者……召喚?」
幼い子供のようにぐずりながら言う彼女の言葉に、聞きなれない単語があった。
「聖王国の危機を救うために異世界から召喚する勇者……なの」
「そうなの……それで、あなたはどうしたの?」
こうやって話しているうちに、だんだんと落ち着いてくるだろうと考え、とにかく話し続ける。
その際、彼女をなだめるように背中をさすりながらだ。
「私……召喚したんだよ? 青い髪の勇者様……なのに、勇者様寝ちゃうし、神官長も将軍も陛下もいなくなっちゃうし……勇者様はお話を聞いてくれないし……」
……あ、なんか雲行きが怪しくなってきた。
うっうっ……と彼女はえづいていたけれど、ふと顔を上げると……私と目があった。
彼女の瞳は、髪と対照的な漆黒。
……わ、目がおっきい。
ふとそんなことを思った私の顔に、彼女の眼の焦点がしっかりと定まった。
「勇者様……起きてる?」
「うん、起きてるよ」
「私の話……聞いてくれる?」
「うん、ちゃんと聞くよ」
「良かった。あのね、えっとね――」
私の服をしっかりと掴み、至近距離で見上げるように話しかけてくる彼女を見ながら、私は思った。
……どうしてこうなったのかしら。
いや、私が話を聞いてなかったせいなんだけどね。
◆
女の子――シイカ・リリングラちゃんから話を聞いたところによると、ここは異世界なのだという。
世界に幾つかあると言われている大陸のうち、中央大陸と呼ばれる場所の中央に位置しているらしいサンクト・グレルモフュリオ――通称聖王国が私の呼ばれた国。
聖王国は代々に渡って周辺国を纏めあげてきた。その統治は国交を持つ国が呆れるほどに平和的で、それゆえにさしたる問題も起こらず平穏が続いていたという。
けれども、その平穏が崩れる時が訪れた。
中央大陸北部に魔王が現れたのだ。どこから現れたのかわからないこの魔王は、中央大陸にはびこる魔物や怪物を従え、周辺国を脅かしていった。
聖王国は、周辺国のひいては自国の危機を打破するため、魔王軍との全面戦争体制をとった。
戦局は聖王国連合側の勝利に終わるかと思われた。
事実、前線は一度魔王城に迫り、魔王をして戦場に出陣せしめた程だった。
しかし、聖王国連合は魔王を打破するに至らなかった。
魔王の首まであと僅かというところまで迫ったその時、聖王国連合に激震が走った。
――大陸南部の聖王国麾下の一国が独立を表明。自身をグラン・フェルデゴラン帝国と名乗り反旗を翻したのだ。
聖王国連合は魔王軍の打倒を切り上げざるを得ず、やむなく転進。
聖王国連合は魔王軍と帝国の二つを相手取ることになった。
帝国は短期間に周辺国をいくつも併呑し、その勢力を確固たるものにしていた。
戦力を二分することになった聖王国は、かろうじて前線を維持する程度の戦いしか出来ないようになってしまった。
そして今回、聖王国は戦局を覆す一手として勇者召喚を行ったのだ。
「――というわけだよ」
「そうだったんだ。ありがとう、シイカちゃん」
「うん。私の話、聞いてくれてありがとう」
どういたしましてというのも変なので、小さく微笑んだ。
シイカちゃんは私が最初思ったよりも歳が低いのかもしれない。
「そうだ、それで勇者召喚のことも詳しく聞かせてもらってもいいかな?」
「うんっ」
シイカちゃんは笑みを浮かべると勇者召喚について話してくれた。
聖王国は国の危機において勇者を召喚し助力を得るべしという国家訓があるらしい。
とはいえ、長く平和の続いた聖王国で実際に勇者召喚を行った機会は少なく、百数十年前に一度文化の停滞が長く続いた際に勇者を招いたという記録が残っているだけだという。
とはいえ、その勇者召喚の秘事を司り続けてきたのがシイカちゃんの家系なのだとか。
「でも、私は普通の女子高生だし、何の力もないよ?」
「ううん、大丈夫だよ――」
儀式によって召喚された勇者は、召喚に際して特別な能力を得るという。
「……そうなの?」
「うん、勇者様は綺麗な青い髪をしているから、きっと水の魔法の適性を手に入れたんだと思う」
「青い髪……?」
私の髪は、黒髪だ。多少光の加減で茶色く見えることもあるけれど、それでも青くはないはずだ。
私は高い所で結っている後ろ髪ではなく、もみあげのところに下ろしている髪を手にとって、視界に入れてみた。
「……うっそ、ほんとに青い!?」
「青い髪は水の加護の印……流れる川の水のように青い髪は、高い水との親和性を表しているんだよ」
「そうなんだ……。――これ、帰ったら染めないとダメよね……」
心持ち呆然としつつ、私はそうつぶやいた。
◆
さて、落ち着いた私たちは石室から出ることにした。
というのも、すっかりと調子を取り戻したシイカちゃんが、
「いつの間にかいなくなった神官長に文句言わないと気がすみません!」
と息巻いているからなのだが。
私としても国の偉い人にこれからの身の振り方を訊きたいと思ったので一緒に行くことにした。
私達は仲良く手をつなぎ、石室から外に出て行った。
いつ片付けられたのか、さっきおじいちゃん達がお茶をしていたガーデンチェアセットはいつの間にやらなくなっていた。
……元気になったみたいでよかったわー。
私はそんなことを思いつつ、周囲を見回しながら歩いていた。
よく「おのぼりの観光客」なんて言われている言葉の意味が分かった気がする。
歩き出してしばらくは廊下が続き、目に入る光景は何も変わらないのにずっときょろきょろしていたからだ。
「そういえば、勇者様が召喚されたときは困っちゃったな」
シイカちゃんは、私が改めてお願いしたこともあって親しげに砕けた言葉遣いで話しかけてくれる。
もはや彼女は私にとってこの世界初の友達になっていた。
「えー、どうして?」
「私が声をかけたらちゃんとお返事してくれたのに、どうしても会話が噛み合わなくて……どうしてかなって思ったら寝言だったんだもん!」
「あー……」
実は、その会話には覚えがある。
私には、寝起きのぼんやりした頭でも起こしに来てくれたお母さんと会話をする能力があるのだ。
しかもそれはちゃんと記憶に残る。
ただ、寝起きのぼんやり頭ということもあって、ほとんどそのまま二度寝に突入してしまうんだけど……。
「――ってわけなの。ごめんね?」
「あうぅ……。が、頑張って気にしないようにするよ!」
健気にもそう言ってくれるシイカちゃんに私はちゃんと謝っておいた。
ところで、
「私達は今どこに向かってるの?」
素朴な疑問だった。
シイカちゃんは何の迷いもなく歩いて行っているけれど、私はどこに行こうとしているのかもわからない。
「んーっと、とりあえず神殿から出ようと思って歩いてるんだ。このままもうちょっと行くとお城に続く通路に出るから、そこからお城に行って……あとは兵隊さんに聞けば大丈夫だと思う!」
……不安。
と思ってもどうしようもない。私はシイカちゃんにくっついてテクテクと歩いて行くのだった。
◆
「おおシャルルぅ~~! 何か欲しいものはないかのぅ。不自由はしておらんかのぅ?」
「大丈夫ですわ、お爺様。何も不自由などしていませんわ」
「そうは言ってものう。お腹は空いとらんか? おやつは食べたか? おお、喉は渇いておらんか!?」
「大丈夫、大丈夫ですわお爺様」
「ああ、服は足りておるか? 靴は? もし何か欲しいものがあったらじいじがなんでも買ってやるからのぅ」
「大丈夫……マジで、あっと、ほんとうに大丈夫ですわ」
「……なんぞこれ」
お城の兵士の方――随分と気さくだった――にシイカちゃんと一緒に案内された部屋にはいると、目の前には不思議な光景があった。
石室でお茶をしていた三人の内、一番豪華な服をまとったお爺さんが、私と同じか少し下くらいの赤い髪の女の子の周りをちょろちょろ動き回りながらしきりに世話を焼こうとしているのだ。
けれど女の子――おそらくそれがシャルルちゃんなのだろう――は困ったように「大丈夫」を連呼していた。
なんぞこれと疑問を口にしても仕方ないよね。
「ああもう、将軍も神官長も見てないで助けていただけませんの!?」
「ハッ、シャルル姫様、メイドに不満はございませんか? なんでしたら忍の技を修めたものをメイドとして――」
「姫様、どうせならこの部屋を完全に魔法で防御いたしますが、いかがですかな」
「いらないですわ!? 勘弁して欲しいですのよ――!?」
……なんぞこれ。
「あはは、シャルルちゃん三人にすっごく可愛がられてるから……」
「溺愛ってレベル超えてない? これ」
こちらに注意が向いていないことをいいことに、私は室内を見渡す。
室内といっても自宅の私の部屋なんて比較にならないほど広く、室内は柔らかいピンク系の色でまとめられていた。カーテンや天蓋付きのベッド、床に敷かれた絨毯なんかがピンク系で、可愛い感じだ。
気配を殆ど感じなかったのでびっくりしたけれど、壁際には黒いドレスに白いエプロンを着けた定番スタイルのメイドさんが数人並んで控えていた。
おそらくシャルルちゃんのメイドさんなのだろうけど、助けに加わる様子はない。
……いや、助けてあげないの!?
「んー、でもいつものことだし……それにそろそろ」
「そろそろ?」
シイカちゃんの言葉に首をかしげた所で、ブチッと何かが切れる音がした。
「……いい加減にしなさいですのよ――!?」
――ドンッバンッグシャッ!
絶叫とともに、何か重くて大きなものが三つ床に叩きつけられた。
「えー……」
叩きつけられたのは言わずもがな。おそらくこの国で一番えらいと思われるお三方だ。
大の大人を床に叩きつけるほどの力って……シャルルちゃんはスゴイ力持ちなのかな。
「シャルルちゃんはとっても力が強いんだよ!」
「……そうみたいだね」
「ハーッ……はーっ…………あら、シイカ。いらしていたんですのね。……あと、あなたは?」
「こ、こんにちは!」
荒くなった息を調えたシャルルちゃんはシイカちゃんと、その隣の私にはじめて気付いたようで声をかけてくれた。
私は反射的にお辞儀をしていた。
床に叩きつけられてボロ雑巾のようになった何かから目を離す意図もあったりなかったり。
「やっほ、シャルルちゃん。こっちは私の召喚した勇者様! えっと……」
「あ、シイカちゃんにも言ってなかったっけ? はじめまして、私は凛々花。雪凪凛々花。よろしくね、二人とも」
「私はシイカ! シイカ・リリングラだよ!」
「……なんでシイカが自己紹介していますの? わたくしはシャルル・ユル・グレルモフュリオ・スリンジャナですの。シイカのお友達ならわたくしのお友達ですわ。シャルルと呼んでいただいて構いませんの」
「ありがとう、シャルルちゃんっ。私のことも凛々花って呼んでね」
「――っ、え、ええ。よろしくお願いしますわね、リリカ」
私が笑いかけると、シャルルちゃんは顔が真っ赤になったけど笑い返してくれた。それを見てシイカちゃんも笑顔になった。しばし私たちは笑顔できゃいきゃいと戯れていた。
謁見シーンまで行くつもりだったんだけど……どうしてこうなった?
誤字脱字等有りましたら教えてください。