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光の翔君

作者:

「おい、(かける)、パン買ってこい! 苺ジャムとクリームのやつ!」

 (ひかり)ちゃんがまた買い物を頼んでくる。僕は怒られないうちに購買に走る。パシリのように思えてくるが、お金は後でちゃんと払ってくれるし、自分の昼食を買いに行くついでだと思えば、別に悪い気はしない。クリームパンと、苺ジャムのパン。忘れないように脳内で復唱しながら、財布を確認する。五百円玉が一枚と百円玉が四枚。僕の昼食を買っても十分足りるだろう。

 光ちゃんとは、家がしている合気道の道場で知り合う。光ちゃんの兄、光一さんが入門し、その練習を母親と見に来ていたのだ。小さい子供も特徴や家が近かったからだろうか、僕たちは直ぐに友達になった。だけど、ご近所さんだったもの五歳の頃までで、小学校に上がる前に光ちゃん家族は別のところ――歩いて十分の隣町――に引越してしまった。引越しの時に光ちゃんと泣きながら別れたのに、その週の日曜に会えたのを二人で笑いあったのが懐かしい。

 昔から元気いっぱいの天真爛漫な少女だったが、今では少し元気過ぎるというか……。光一さんの影響だろうか、少し言葉遣いや態度が悪くなってきている気がする。成績優秀で運動神経抜群。ここまでなら美形の青年を想像してしまいそうになるが、光一さんの顔はいかんせん強面(こわもて)なのだ。

僕は見慣れているから平気だが、初対面の人に、色々と誤解される――子供に泣かれたり、不良に絡まれたりすることが多々あるらしい。そのせいか、高校になってから性格が荒っぽくなった。その影響を光ちゃんも少なからず受けたらしい。光ちゃんは暴力や喧嘩はしないけどなー。小さな頃は優しかったのに、今の僕の扱いは見てのとおりだ。

 しかし、光ちゃんの根本は変わっていない。今でも授業は一度もサボらないで真面目だし、常識もある。困った人がいたら直ぐに助けに行く。

 閑話休題。

 購買でパンを買った僕は教室に戻る。その足取りは少し重い。光ちゃんに頼まれていたクリームパンがなかったのだ。

 光ちゃんは何だかんだ言って、代わりに買ったチョコパンを満足して食べてくれるだろう。だけど、少し寂しそうに食べる光ちゃんを見るのは、ちょっと嫌だ。トボトボと歩く僕の背中を誰かが少し強めに叩いた。突然のことに反射的に後ろを振り向くと、見知った少女が笑顔でいた。

「よっ、光さんの第二の舎弟!」

「あ、斎藤さん!」

 斎藤さんは、自称光ちゃんの第一の舎弟の同級生である。斎藤さんは下校中に不良に絡まれたところを光ちゃんに助けてもらったらしい。合気道を習っているとはいえ、そういう危険なことは個人的に辞めて欲しいんだけどな。人助けは悪いことじゃないから、注意しにくいんだよなー。

 斎藤さんは助けられて以来、憧れの人として付き添っている。何だか、悪い方向というか変な方向にベクトルが向いている気がするけど、黙っておこう。光ちゃんは舎弟じゃなくて同性の友達と思ってるらしいけど。

「どうしたんだよ、しけた顔して?」

 僕と斎藤さんは教室に向かいながら、話す。今の僕はしけた顔をしているのか。光ちゃんに頼まれていたパンが買えなかったことがそんなにショックだったのか。自分でも驚きの事実である。

「いや、光ちゃんに頼まれてたパンが買えなくてさ」

「何、光さんに怒られるのがそんなに怖いのか?」

「いや、光ちゃんなら食べてくれると思うんだけど、少し寂しそうな顔して食べると思うと、こっちまで悲しくなってきちゃうからさ」

 素直な気持ちを打ち明けると、明らかに呆れた顔をしながら大きな溜息を吐いた。

「あんたといい、光さんといい、もう溜息しか出ないわ」

「それってどういうこと?」

「自分で考えろ、馬鹿」

 と、斎藤さんは口を尖らせる。何か勘に障ることでも言っただろうか。

 教室に着いた僕達は光ちゃんと一緒に昼食を食べた。

「そういえば、知ってますか。最近、痴漢が出るらしいんですよ」

 口火を切ったのは斎藤さんだ。僕と光ちゃんはそんな話聞いたことがなかったから、首を横に振る。それにしても、痴漢か。世の中物騒になったものである。光ちゃんや斎藤さんも女の子だし、気を付けて欲しいものだ。特に光ちゃんは痴漢逮捕に乗り出しそうだから余計心配だ。

「痴漢? 詳しく聞かせてよ」

「はい、光さん。最近この学校の近く――光さん達の住宅地の近くで痴漢が出没するらしいんですよ。ここの生徒にはまだ被害が出てないらしいんですけど、仕事帰りの人とかが狙われてるそうです」

「その犯人の特徴は?」

 光ちゃんがいつになく真剣な顔で、斎藤さんの話を聞き始める。パンなんてそっちのけだ。嫌な予想が当たったらしい。出来れば警察に一任して欲しいんだが。

「すみません、そこまではちょっと分からないです」

 と、申し訳なさそうに斎藤さんは言った。

「斎藤さんも光ちゃんも気を付けないとね」

 と僕が言うと、光ちゃんは声を出して笑った。

「斎藤はともかく、私は大丈夫だよ! 逆に倒してやるよ!」

「光さん、もう少し素直になったほうが身のためですよ」

 斎藤さんは、吐き出すように言った。素直に? 斎藤さんの言葉に光ちゃんの視線が下に落ちる。その先にはパンがあった。

「あ! やっぱり頼んでたパンと違ってたのが気になってたの? ごめんね、頼まれてたパンが売り切れちゃっててさ」

「……あぁそうそう、いやそれなら良いんだよ。あはははは!」

そんな僕達を見て、斎藤さんは何故か溜息を吐いていた。



「翔、光ちゃんを送っていきなさいよ」

 合気道の稽古が終わり、光ちゃんの自主練に付き合っていたら八時半になっていた。外はもう真暗だ。光ちゃんは

「翔も疲れてるし、いいですよ」

 と断ろうとしたが、母さんの親切の押し売りに負けて、僕は光ちゃんを送ることになる。

「ごめん、翔。疲れてるのに」

 光ちゃんは申し訳なさそうに僕に謝ってくる。街灯が少なく、周りが暗いから余計落ち込んでいるように見える。

「いいよ、別に。それに夜道は危ないから。痴漢が出るかもしれないから尚更ね」

 そうだよそれそれ、と光ちゃんが頻りに頷く。

「痴漢出ないかなー、出たら私が捕まえてやるのにさ」

 光ちゃんは腕を回しながら、危険なことを言っている。確かに光ちゃんは強い。もし、痴漢が武器を持ってたり、不意を突かれたりしたら、どうなるか分からないのだ。正義感の強いことは悪いことではないけど、限度を考えて欲しい。

「それに今は翔もいるしなー」

 光ちゃんは笑顔で僕を見る。本当に困った時は僕頼りか。まぁそれだけ信頼されているということなのだろう。

「きゃーーーー!!」

 そう少しで光ちゃんの家というところで、聞こえてきた悲鳴にいち早く光ちゃんが反応する。僕より先に、光ちゃんは声の方に走っていく。その後を追うと、僕達と同じ学校の制服を着た少女が震えて座り込んでいる。僕達は彼女に急いで駆け寄る。

「大丈夫か、痴漢か!?」

 光ちゃんは彼女の肩を強く掴んだ。彼女は震えた手で僕達が来た反対の方向を指さした。見ると、分かりにくいけど、人影が見えた。

「分かった。翔、後よろしく!」

 光ちゃんはその人影を捉え、僕と彼女を置き去りにして、止める前に走っていった。僕も光ちゃんの後を直ぐに追いかけたかったが、彼女を置いていくわけにもいかなかった。

「立てますか?」

 僕は彼女の手を引いて、光ちゃんの後を追う。

 僕達は割と早く、追い付くことが出来た。どうやら痴漢は足が速くないらしい。光ちゃんに追い付いた時、光ちゃんは痴漢と向かい合っていた。僕が光ちゃんに声をかけると、光ちゃんは痴漢を睨んだまま、手招きする。その手に招かれて、僕が光ちゃんの傍まで行くと僕を前に押し出した。

「ここからはこいつが相手だ!」

「え~~~!?」

本当に、困ったときは僕頼りなのか。僕は溜息を吐き、光ちゃんを下がらせる。

「翔、そいつ警棒持ってるから気をつけろよ」

「もしかして、光ちゃん……?」

 見ると、光ちゃんは左腕を押さえていた。光ちゃんは、大丈夫大丈夫、と笑っているが、その顔は辛そうだ。

「まってて光ちゃん、直ぐにあの痴漢倒してくるから」

 僕は痴漢をゆっくりと近づいていく。痴漢も逃げても直ぐに追いつかれることが分かっているからか、こちらに向かってきた。

 警棒を振り上げて迫ってくる痴漢をいなす。体勢を崩した痴漢の右腕を掴み、踏み出した左足を足払いで払う。こちら側に倒れてくる痴漢を右で躱し、そのまま背中を取る。そして、倒れそうになっている痴漢を思い切り押した。僕は痴漢を下敷きにして一緒に倒れる。痴漢は右腕があらぬ方向を向きそうになっている。

「ぐぇ、痛い痛いイタタタタ!!」

「下手に動くと、ぽきんといっちゃいまいますよ」

 痴漢は締め上げられて、僕の下で足掻くが放すわけにはいかない。何をするか分からないし。それに光ちゃんを傷つけたのだ。ただでは置かない。本当に右腕くらい折ってしまおうかな。

「お、お強いんですね」

「翔は強いよ。段も私より上だし、本気で戦ったら勝てないし」

 二人が僕のことをなにやら話している。出来れば早く警察を呼んで欲しいんだけど。

 警察を呼んだ僕達は、痴漢を引き渡してから、経緯を話すために警察署まで行くことになった。勿論パトカーである。

「パトカー乗れんの!? うわ! 私初めてなんだけど」

「普通は乗らないよ」

 パトカーに乗っているというのに、光ちゃんのはしゃぎっぷりは溜息しか出なかった。



 痴漢撃退から次の日、僕と光ちゃんは校門で彼女に再会した。どうやら僕たちを待っていてくれたらしい。

「すみません、本当にありがとうございました」

 いやいやそれ程でも、と光ちゃんが僕の横で謙遜する。痴漢を撃退したのは僕のはずなんだけど。

「良かったら、今度お礼させていただけませんか?」

「え……?」

 彼女は顔を赤らめながら言った。お礼はなんて烏滸がましい。断りの言葉を言う前に行動に出たのは、光ちゃんだった。

「ちょっと、何言ってるんだよ!」

 そう言うと、光ちゃんは僕の首に腕を回し、僕を自分の方に強引に引き寄せた。

「翔は、私のだかんな!!」

 この日から、僕は周りから光の翔君と噂されることになったのは言うまでもない。

 これが斎藤さんに原因があることに気付くのは、もう少し後の話である。










<終>


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