側近の苦労
いつもより少し遅れて訪れた王の執務室にはそこにあるべき人の姿はなく、ふざけた置手紙だけが机の上に放置されていた。
「上等だ。あの馬鹿王が。」
凄絶な笑みを浮かべる親友に悠斗は遠くを眺めながら彼の人の冥福を祈った。
主上、今までお世話になりました。
私が貴方の面倒を見たことのほうが遥かに多かった気もしますが、翠蘭殿からの苦情に関しては私も悪かったなぁ、と少しは反省してます。
貴方のことは忘れません。
だからどうか安らかにお眠りください。
「それ、ある意味秀夜殿より酷いです。」
「おや、声に漏れていたかい?」
部下の呆れの混じった視線に微苦笑を浮かべる。
先ほどまで眦を釣り上げていた秀夜でさも眉をよせて微妙な顔をしている。
どうやら心の声が駄々漏れだったようだ。
「それで、主上からの文にはなんと書いてあったんだい?」
秀夜は思い出したように額に青筋を浮かべて拳をプルプルと震わせている。
だがそれも一瞬のことで、彼は次の瞬間にはそれはそれは綺麗に微笑んでいた。
あぁ、終わったな。
完全に据わった目をしている秀夜と見えるはずのない吹雪に今更ながらに自分のした質問に後悔した。
「しゅ、秀夜ではないか」
あはははは、と乾いた笑みを浮かべる主に秀夜はにっこりと笑った。
「それで主上、綺羅姫様のところにいらせられたということは執務はすべてお済ませになられたのですよね?」
綺羅はパチリと目を瞬いてその光景を黙ってみている。
謎かけに頭を悩ませていた最中に翠蘭が連れてきた新たなる客人はよほど恐いようだ。
そう言えばいつも冷静で凛としている翠蘭が彼を連れてきたとき少し戸惑っていたようにも思った。
にっこりと目の笑っていない笑みを向けられ悪戯のばれた子供のように冷や汗を流している男に綺羅は少し同情した。
だが、助け船を出すつもりはさらさらない。
それはどうやら彼のもう一人の側近も同じのようで綺羅と目が合うと申し訳なさそうに眉を下げるが、龍蘭と秀夜に向けられる視線はどこか楽しげだった。
「い、息抜きは必要「あなたの場合息抜きをしに行ったまま戻らないでしょう?」…。」
「俺だって、俺だって綺羅姫と話がしたかったのだ!!」
取りつく島もない鞭担当の側近に龍蘭はヤケクソになりながら主張した。
この返答はさすがに予想していなかったのか、側近二人はそろいもそろって間抜け面をした。
龍蘭は珍しい二人の表情になんだか勝ったような気がしてちょっぴり嬉しくなる。
「「……。」」
言い訳としてはあまりにも幼稚すぎるそれに秀夜と悠斗は頭を抱えた。
頭が痛い。
目の前で恥ずかしげもなくそう言いきった男はもう今年で20だ。
15で成人を迎えるこの国ではもちろんもう立派な大人に部類される年齢だ。
二人は一瞬この国の将来が本気で心配になった。
「主上、私は今無駄に張り切って仕事をしている吏部の処理で忙しいんです。」
「…知っている。」
唇を尖らせて子供のようにそっぽを向く龍蘭に秀夜はヒクリと口元を引きつらせた。
蓄積されていく怒気を吐き出すように深く息を吐く。
「分かっていらっしゃるならご自分のお仕事をなさってください。」
「・・・。」
「主上、今回は秀夜の言う通りになさったほうがよろしいかと。」
今まで黙っていた飴担当の男の言葉に龍蘭はチラリと視線をやる。
「書簡に埋もれた執務室で政務をされたいというのなら私共はかまいませんが。」
困ったように紡がれた言葉に龍蘭の顔色が青くなっていくのが分かる。
「綺羅姫、謎かけの答えは宴の前に聞きにくる。
だから、その、また、そなたの茶「主上?」……なんでもないデス。」
「では参りましょうか。」
結局、龍蘭の出した問題の答えは得られなかったが、あの兄に何かあったのなら誰かが知らせてくれるだろうと結論を出して、ずるずると引きずられるように退出していった龍蘭を見送った。




